第4話 不思議なメダル

「やっぱり勧誘は断って正解だったな」

 私は廊下の掲示板に貼られた一枚の紙を見て頷いた。

 昇降口のすぐそば、つまり全校生徒の一番目のつくところに掲示板がある。

 生徒会からのお知らせ保健だよりや、年中張ってある『部員来たれ!』という謎の部活勧誘の貼り紙。

 掲示板を占拠しているのは、大体そんなところだけど、隅の方に妙に目立つフォントでこう書かれた紙が一枚。

 そこには、『学校一の美少女の驚くべき恋愛遍歴』という見出しに、うちの中学でも美少女と騒がれている女子の顔写真が貼られている。

 写真の下には、その美少女が保育園の頃にモテモテで近所のお兄さんたちから、いつもお菓子を貢いでもらっていたこと、小学校では六年間で男子生徒をフッた回数は千回。

 そんなことが淡々と書かれていた。

 これは本人が話したことなのだろう。

 でも、なんというかその……。

 ぶっちゃけ死ぬほどどうでもいい新聞だった。


 これじゃあ新聞部が把握されないどころか、新聞も読む人はいないよ。

 これなら他の文化部に入ったほうがマシ。

 九重先生の笑顔写真があきらめきれずに新聞を見にきたけれど。

 この活動内容は惹かれない。

 幽霊部員としならいいけれど、それで写真がもらえるんだかわからないし。

「写真はあきらめよう」

 そう自分に言い聞かせてその場を立ち去ろうとした時。

 足元に何かが落ちていた。


 百円玉くらいの大きさの金色のメダル。

 私はそれを拾い上げ、よくよく見てみる。

 てっぺんには、小さな金具がついているから、メダルじゃない。

 キーホルダーの飾りの部分だけが取れて落ちたのかな。

「落し物箱に入れておこう」

 そう思って、職員室へ急ぐ。

 職員室の前には、『落し物箱』というものがあり、机の上に平たい箱があって、そこに落し物を入れておく。

 学校で落とし物をした時は、真っ先にその『落し物箱』を確認するのだ。

 ただ、財布やスマホ、家の鍵なんかはそこに入れずに念のため、担任の先生や生活指導の先生に預けることになっている。


 私は落し物箱にさきほどのメダル(ではないけど)を入れようとしてやめた。

 金色に光るコインのようなそれは、落し物箱に入れると異様に目立つ。

 もし、これが高価な物だったら、他の生徒に盗まれてしまうかもしれない。

 でも、そんな高価な物を学校に持ってくるだろうか。

 そう思って私は、ブローチのキューちゃんのことを思い出す。

 

 キューちゃんは私のあこがれているブランド『ジュー・スプーン』のブローチだ。

 三年前に叔父さんにプレゼントしてもらって、ずっと大事にしてきたけれど。

 あれも、まあまあ高い。

 私が買うとなれば、お小遣いを貯めるよりもお年玉で買うことになるだろう。

 そんな高価なものをスクールバッグにつけているのは、お気に入りだし目につきやすいからで。

 キューちゃんをもし落として、落し物箱に入っていたらその価値を知る人が盗んでいくかもしれない。


 まあ、つまり。

 これは箱に入れずに、先生に手渡ししたほうがいいな。

 うんうん、そうしよう。

 もちろん担任の九重先生に渡そう。

 先生に話しかけるきっかけができちゃった。

 なんてラッキー。


「えっ? 落とし主を探す? 私がですか?」

 私がそう聞き返すと、九重先生が黙って頷く。

 先生に落し物を届けに行ったら、例のメダルのような物をしばらく見てから先生はこう言った。

『奈前が落とし主を見つけてみるってのもいいんじゃないか?』

 なぜ、そんな提案をしてきたのかは不明。

 でも先生の頼みなら断れないなあ。

 そうは思うものの、不安要素が一つ。

「あの、これ一階の廊下に落ちていたんですよ。だから、落とし主は全校生徒の誰かだなんて範囲が広すぎません?」

「それなら大丈夫だ」

 先生はそう言うとマグカップに口をつける。

 いいなあ、私あのマグカップになりたい。

 そんな変態的なことを考えていると、先生がこう続ける。

「実は、これ、うちのクラスで見たことがある」

「えっ? じゃあ、誰が持っていたのか知ってるんですか?」

「いや、それはわからんのだが……」

 先生はそう言うと、明後日の方向に視線をそらす。


 あれ、おかしいぞ。

 先生、嘘ついてないか?

 九重先生はとてもまじめでたまーに茶目っ気もある良い先生。

 でも、不器用で嘘が下手でもあるのだ。

 そして今、先生はたぶん嘘をついている。


「まあ、そういうわけで、うちのクラスの誰か、ということさえわかれば後は簡単だ」

「それもそうですけど」

「もし、落とし主を見つけたらジュースを奢ってやるから」

「やります!」

 私は即決して、職員室を後にした。


 ご褒美が先生からのジュースの奢りだなんて!

 そんなの神棚に飾っておくレベルだよ!

 しかも、先生からジュースを奢ってもらう時にまた話せる。

 自動販売機の場所によっては二人きりで!

 ああ、想像しただけで夢の世界に旅立てる。

 よし、こうなったら絶対に落とし主を見つけるんだから。

 私の能力があれば三秒で見つかる。

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