オットセイの真似します
夏色花火
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俺はTwitterでオットセイをしている。
【パァンッパァンッ(ヒレを叩く音)うおっw パァンッ(ヒレを叩く音)おうっっおうおうおうおうおっwwwwwwwwおうおうおうおうおっうおうおっwwwwwwwwおうっwおうっwおうおうおうおうおっうおうおっwwwwwwwwパァンッパァンッ(ヒレを叩く音)うおっw パァンッ(ヒレを叩く音)おっw】(140文字)
俺はこんなツイートをして、日々自分がオットセイであることを世間に示している。
夏は暑い、一仕事終えて帰路につく。
ここまで暑いと、セミの鳴き声や額に溜まる汗さえもが部屋に冷房を点けろと急かしているように感じる。
俺がこの街に引っ越してきてから数か月が経った。
最近この街には、『神隠し』だとか『人を食べる妖怪が出る』だとか、そういう噂が流れていることを知った。恐ろしい所に引っ越してきてしまったと後悔したが、幸いにもまだ怪異の類には出会っていない。しかし、実際に被害者の報告がされており、自分も見えない何かに怯えるのは嫌な性分であるので近々引っ越しを検討している。
当然のことだが、世間の99パーセント以上の人々は俺のことを知らないだろう。
俺のアカウントをフォローしている数百人の人間も、Twitterでオットセイの真似をしている人間、という認識だろうし、それ以上俺について考えている者はいないと感じている。
俺はオットセイであるのだが、【自分自身の姿形が人に近しい】ことに大きな違和感を感じて生きている。
俺のツイートの意義には、そういった自身の境遇を省みて、自分の在り方を忘れない為の側面もある。
俺はオットセイであることに本当に真剣なのだ。
当然ツイートをするだけではない。
毎日食べるのはイワシやイカだけだし、ヒゲも伸ばしている。
そして何より、実際に『しっかり人を叩いて』いる。
ここが他の【フェイクオットセイ野郎(あざらしと呼んでいる)】との大きな違いだ。
今日もツイートをするために、町中で1人の若者を拉致してきた。
身元はわからないがいつものことだ。
当然、若者を叩くときもしっかりとオットセイの努めを果たす。
俺はオットセイなのだから。
『パァンッパァンッ(ヒレを叩く音)うおっw パァンッ(ヒレを叩く音)おうっっおうおうおうおうおっwwwwwwwwおうおうおうおうおっうおうおっwwwwwwwwおうっwおうっwおうおうおうおうおっうおうおっwwwwwwwwパァンッパァンッ(ヒレを叩く音)うおっw パァンッ(ヒレを叩く音)おうw』
この暴力は捕まえた若者が事切れるまで続く。
事切れるまでに大抵の人間が俺がオットセイだということを理解してくれる。
その時、初めてオットセイとしての生を得られる。
そうでなければ俺は納得してツイートができない。そのための大切な儀式である。
『なぁ、俺はオットセイだよな?』
若者に問いかけた。
若者は『違う』と言った。そんなことはあってはならない。
再度力を込めて叩き、オットセイであることをアピールした。
いつだっただろう、始めに俺がオットセイであることを否定したのは母だった。
だから母親を事切れるまで叩き続け、最期にはやっとオットセイであることを認めてくれた。本当に嬉しかった。
父は最後まで俺をオットセイと認めてはくれなかった。
非常に温厚で優しい父親だった。
しかし、母とは違い、俺をオットセイとして認めてくれなかった。
父は事切れた母を見ると刃物で俺に襲い掛かってきた。
俺にとってオットセイとしての生を認められないことは、良い父であること以上に耐え難いものであった。
事前に取り寄せていた銃で反撃し、刃物を取り上げた。
しかし、俺はオットセイなので刃物を持てない。
俺はオットセイだから、オットセイパンチで父を撲殺した。(オットセイは強いので)
タレント、アイドル、スポーツ選手、宇宙飛行士、消防士、なんだってそうだが、彼らはどんなに自分自身でその概念としての生き方を突き詰めようが、1人ではその名を冠することはできない。
山奥に籠り修行を続け、最高峰の肉体を手に入れた格闘家がいたとしても、下山して社会に認められなければ格闘家という名がつかないように。
俺がどんなに優れたオットセイであったとしても、社会が俺をオットセイと認めない限り、俺はオットセイではないのだ。
それを理解してから、俺はこうやって毎日納得してツイートができるよう、人を拉致しては叩いている。
この人間社会では拉致した人間を野に帰せない仕組みになっている。これは拉致される側にとってつらい取り決めだと思う。
この社会では拉致された人間が警察に駆け込むだけで、俺の所業が現行犯として処理され、俺は犯罪者になってしまう。
俺は犯罪者ではなくオットセイなので、そうならない為に拉致した人間は殺害しなければならず、『いつかオットセイの仲間達へ届け』という想いで処理した死体を海へ還すことをするに至っている。
この法律の在り方は、現代社会の抱える闇と言わざるを得ない。
社会は人間以外の生き方にももっと目を向けるべきなのだ。
そうこう思いを巡らせている内に、若者は『どうしたら家に帰してくれるのか』、『何が目的なのか』といった的外れなことを問いかけてきた。
人間は殴られるとおかしなことを言うものだ。オットセイに人間の言葉は通じないということを暴力よって忘れてしまっているのだろう。
俺には叩き続ける以外の目的はない。
何故なら俺はオットセイであるのだから。彼はその証左であるにすぎない。
そこに目的だとか、家に帰すだとか、そういった概念はない。
彼は全然わかってくれていないので、仕方なく再度問いかける。
『俺は、オットセイだよな?』
彼は遂に『そうだ』と言った。
しかし、彼は俺に人語で助けを乞うている。
ここには大きな矛盾がある。この矛盾に俺は何度も苦しめられてきた。
オットセイとしての責任を持って力を込めて人を叩けば、俺のオットセイらしさから誰もが徐々に俺をオットセイと認めるのだが、一方で人語で俺に助けを乞うという事は【俺が人間であると認識】していないと行われないことだからだ。
疑心暗鬼に陥る。冷房が効いた部屋で、嫌な汗が流れるのを感じた。
『俺はオットセイだよなぁ!!!!!!!!』
大きな聲を出した。
『パァンッパァンッ(ヒレを叩く音)うおっw パァンッ(ヒレを叩く音)おうっっおうおうおうおうおっwwwwパァンッパァンッ(ヒレを叩く音)うおっw パァンッ(ヒレを叩く音)おうっっおうおうおうおうおっwwwwパァンッパァンッ(ヒレを叩く音)うおっw パァンッ(ヒレを叩く音)おうっっおうおうおうおうおっwwww』
ありったけのオットセイとしての声を張り上げた。
これ以上彼の返答を待ちたくなかった。
俺は頭の中の疑念をかき消すように、無我夢中でオットセイパンチをお見舞いした。
『パァンッパァンッ(ヒレを叩く音)うおっw パァンッ(ヒレを叩く音)おうっっおうおうおうおうおっwwwwパァンッパァンッ(ヒレを叩く音)うおっw パァンッ(ヒレを叩く音)おうっっおうおうおうおうおっwwwwパァンッパァンッ(ヒレを叩く音)うおっw パァンッ(ヒレを叩く音)おうっっおうおうおうおうおっwwww』
気が付くと彼は事切れていた。
どうやら彼は俺のことをオットセイだと認めてくれたようだ。
気持ちが晴れるのを感じる、今、俺の生が復活した。
死体の処理に取り掛かった。深夜の海は気持ちが良い。
これはきっと俺がオットセイであるから感じる海へのシンパシーだ。
いつか俺も海へ還る。
しかし、それは今ではない。
海へ還る為に俺は立派なオットセイになる。
携帯を取り出す。
【パァンッパァンッ(ヒレを叩く音)うおっw パァンッ(ヒレを叩く音)おうっっおうおうおうおうおっwwwwwwwwおうおうおうおうおっうおうおっwwwwwwwwおうっwおうっwおうおうおうおうおっうおうおっwwwwwwwwパァンッパァンッ(ヒレを叩く音)うおっw パァンッ(ヒレを叩く音)おっw】(140文字)
ツイートボタンを押した。
明日も無事に呟けるように、精一杯日々を生きるのだ。
オットセイの真似します 夏色花火 @WkTera
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