第179話「女王アリスティリアの歓待」

179.


 ケイン王国のケインの港から豪華客船に乗り込み、向かう先はアルビオン海洋王国。

 ふと、ケインは追尾している小型船に気がついてマヤに尋ねる。


「小さな船がついてきてくれるんだね」

「ああ、あれはアルビオン海軍が誇る高速戦闘艦や。国賓としてケインさんを招いてるんやから護衛を出すのは当然やね」


 アナ姫が魔王ダスタードを倒したことによって、エルンの街のあたりのモンスターの活動は抑えられている。

 しかし、その反作用なのか遠方の海の魔物は却って活動を活発化しており、護衛の軍船は必要であった。


「なるほど、ありがたいことだ」

「外洋に出るとは言え、短い船旅やから心配はいらんと思うんやけどね」


 そのマヤの発言がフラグになることもなく、向こう岸のグレートアルビオ島が見えてきた。


「海ひろーい!」


 ノワが大きく手を広げて、甲板をバタバタと走り回って、はしゃいでいる。

 その後ろを、聖獣人のテトラが走って追いかけている。


「ノワ! あんまり走ると危ないぞ!」


 テトラは、すっかりノワの保護者役が板に付いてきた。

 それを見て、ケインも笑う。


「ノワがはしゃぐのは無理もないな。俺もこんな豪華な船旅は初めてだから」


 この前にちょっと海に出た時は戦争だったから、ゆっくり景色を楽しんでいる余裕もなかった。

 エルンの街の近くからほとんど出たことのないケインには、何もかもが珍しく見える。


「来てよかったわねケイン」


 そういうアルテナは、船の船首に身を乗り出して潮風に吹き飛びそうな白い帽子を手で押さえている。

 旅行に行くために新調した、白いワンピース姿がよく似合っている。


 幼馴染のアルテナと、こうして夫婦になって一緒に旅行にいけるなんて……。


「ああ、そうだね」


 ケインは、アルテナを背中から抱きとめて一緒に潮風を感じる。

 こうして豪華客船の船先で滑るように流れていく風景を見ていると、まるで二人で空を飛んでいるような心地になる。


 マヤさんがせっかくの新婚旅行だから、アルテナと二人の時間を作ったほうがいいと言ってくれていたから、しばらくこうしているのもいいかもしれないとケインは思う。

 二人で目をつぶって、しばし空中飛行気分を楽しむ。


「お父さーん!」


 後ろからノワが駆けてきて、ケインの背中にどんと抱きついてきた。


「あはは、ノワも景色を見るか」


 ケインは、抱きついてきたノワを抱き上げて高いところから景色を見せてやる。

 それに、アルテナも寄り添って三人家族になる。


 ノワの面倒を見ていたテトラは、申し訳無さそうに頭をかく。


「主、申し訳ない。邪魔をしてしまった」


 テトラにしては、やけに気を回してくれている。

 もしかしたら、マヤさんにアルテナとケインに気を使って二人にしろと言われているのかもしれないとケインは苦笑する。


「いや、テトラもあまり気にしなくていいよ。ノワも、そろそろ退屈しているところだろう」

「お船楽しいよ!」


 そう言って笑うノワをみて、ケインは本当に来てよかったと思う。


「そっか、そうだね。こんなに平和な船旅なら、いくらしてもいいな」


 そうこうしているうちにも、ケイン達を載せた豪華客船は滑るようにたくさんの商船や漁船がひしめき合う賑やかなアルビオンの港に入って行った。

 港の桟橋では、すでにアルビオン海洋王国の騎士団を引き連れた、女王アリスティリア・アルビオンが使節を連れて待ち構えていた。


     ※※※


 女王アリスティリアは、アナ姫と同じく高貴な血筋でありながら剣士としても一流の腕を持ち、海神ティティスに加護を受けし、三本目の神剣『黒風の騎士剣ハリバーン』の使い手でもある。

 しかし、今日の女王は剣士としてではなく、高貴な女性として華やかな装いをしていた。


「ケイン様、そしてケイン王国使節御一行様。ようこそいらっしゃいました」


 そう女王アリスティリアがケインの前で深々と頭を下げると、豊かな胸元に思わず周りの視線が集まる。

 もちろん意識してやっているのだ。


 上品さを失わない程度にところどころ肌の露出度が高い、女の武器を生かしたドレスである。

 アナ姫が怖い顔でジロッと睨み、「色気ピンクおばさんを思い出す……」とか、ぶつくさ言っている。


「……えっと、女王様。こちらこそ歓迎いただきありがとうございます」


 ぼやっとしているケインの背中を、宰相のマヤがつっつくので、自分が代表として挨拶すべきなのだとわかったケインは慌てて頭を下げる。


「歓迎の宴には、まだ時間がありますが……」

「女王陛下。先に交易の話を済ませてしまおうやないか」


 そう楽しそうに言うマヤに、女王の近衛騎士団長にして海軍大臣の重責も務める若き騎士ランスロットがムスッとして言う。


「女王に対して、なんと失礼な!」

「ランスロット。やめなさい。マヤ宰相、交易の話でしたらこちらも望むところですわ」


 ケイン一行を、自らの居城へと招く女王アリスティリア。

 国家の指導者たる、女二人の戦いが始まる。


「アルビオン海洋王国もアルテナ同盟に加わるんやから、交易は関税なしで行うちゅうことでよろしいな」

「ええ、もちろんです」


 先の戦争に破れたアルビオン海洋王国は、それについては事実上拒否権がない。


「そこで、うちの国の新商品を売らしてもらおうと思って、今日はこんなものを持ってきたんですわ」


 机の上に置かれたのは、白磁器のポットとカップが一式揃っている。

 いわゆるティーセットだった。


「これは、白磁器ですか?」

「ああ、うちの国で作った白磁のティーカップや」


「ケイン王国では白磁器が作れるのですか!」


 ケイン王国にはドワーフの職人がいるため、ガラス器が作られることはすでに情報を得ていた女王アリスティリアであったが、白磁器があるなんて話は初耳だ。


「何も驚くことやあらへんやろ。土を焼くだけの器や。そりゃまあ釉薬うわぐすりなんかの工夫はあるんやけどね」


 その白磁器のための土が、遠く東方セリカンでしかないのだ。

 そのため、西方地域では大変貴重な品となっている。


 最近、この辺りでは東方の陶磁器が大ブームになっているのだ。

 これほどの上質のティーセットであれば百万、いや二百万ゴールドでも買う商人はいるだろう。


「これをうちらは、新しいブランドで売り出そうと思っとるんですわ。こういうのは、ちゃんと王宮に話を通しといたほうがええやろ。だから、まずこの一式は女王陛下にプレゼントさせてもらいますわ」

「ケイン王国では、これをいくらで販売するつもりなんですか」


「まあ、最初は十万ゴールドやね」

「十万ゴールド!」


 高いのではない。

 むしろ、白磁器なら十万ゴールドでも安いのだ。


 相場の十分の一の値段である。

 セット価格でなく単品ならもっと安いのだろう。


 これならば、好事家の大商人や大貴族でなくとも、中堅どころの商人や貴族でも無理をすれば買えてしまう値段だ。

 近頃はアルビオン海洋王国でも、富裕層の間でベネルスク低地王国から輸入している紅茶を飲む習慣ができている。


 このティーカップは、おそらく飛ぶように売れることだろう。


「そんな値段で売られてしまっては、我が国の富が……」


 大陸の北に位置するこのアルビオン海洋王国は、寒く貧しい。

 このグレート・アルビオ島は、一年中どんよりとした雲が居座り、冷たい雨が降り続くので小麦はあまり育たない土地柄だ。


 多くの民が大麦やライ麦で食べ繋いでいるこの島国で、豊富にあるのは羊毛と亜麻くらいのこの島国から富が流出すればどうなるか。

 青い顔をした女王アリスティリアは、立ちくらみを覚えた。


「ちょっと、マヤさん」


 そんな女王アリスティリアの様子を見かねたらしいケインが、マヤに何か相談している。

 二人は、後ろの方でボソボソと相談し、「ケインさん相変わらずお人好しやなぁ!」という、マヤの声が聞こえてくる。


 女王アリスティリアは決心する。

 そうだ、やはり交渉の鍵はケイン王だ。


 宰相のマヤには、付け入る隙きを見いだせなかった。

 しかし、あの優しげで朴訥そうな王であれば……。


「ランスロット」


 女王は、かたわらの忠実な騎士を呼びつけてこちらも内緒話を始める。


「そんな、女王……」

「ちょうどいい機会ではないですか。いいからやるのです」


 苦悶の表情を浮かべるランスロットを言い含めると、ケイン達も内緒話が終わったようだ。

 マヤは開口一番言う。


「まあ、交易の話はこれぐらいしときましょうか。アルビオン海洋王国の方にも、一方的な損はさせへんようにサカイの街の商会に話は付けておきますんで、女王も心配なさらんように」

「そう願いたいところですわね」


 王国同士の会談が一段落して、お土産としていただいたティーセットで早速紅茶が淹れられて、女王が自ら作ったという蜂蜜を使ったお菓子が振る舞われる。

 場が和んだところで、騎士ランスロットが「ところで……」と話を切り出す。


「実はちょっと困ったことがありまして、」


 騎士ランスロットの話では、最近首都アルビオンの街の北にあるウォールの丘に、伝説の赤竜が出現して暴れまわって民を苦しめているというのだ。


「伝説の赤竜か。そんなもんまで復活したんやね」


 マヤも、アルビオンの赤竜の伝承は聞いたことがあった。

 近頃この辺りは魔素の流れが安定しないせいかトラブル続きなので、伝説の赤竜が復活して悪さをしてもおかしいとは思わない。


 騎士ランスロットは勢いこんで言う。


「ぜひ私と一緒に、ご高名な『高所に咲く薔薇乙女団』の力もお借りして、竜退治していただきたいと思うのです!」


 それに、マヤが疑問を呈する。


「しかし、そちらの女王陛下も神剣の持ち主やろ。赤竜一匹ぐらいなんとかなるんちゃうか」

「女王が国を離れるわけには……」


 マヤにそう言われてしまって、騎士ランスロットは少し困った顔をする。

 それに、女王アリスティリアがすかさず言う。


「私の神剣『黒風の騎士剣ハリバーン』は、海の上でないと効力が弱いのです。ですから、海竜ならともかく、赤竜はちょっと……」

「なるほど、相性が悪いちゅうわけやね」


 話の筋は通っている。

 何か、企んどる臭いと思ったマヤの勘は外れたようだ。


「いいじゃないマヤ。どれほど強いか知らないけど、竜の一匹くらいさっさと倒してくるわ」


 しばらく暴れておらず、退屈しているらしいアナ姫は、竜退治となったらすぐ快諾した。


「……せやね。ここはさらにアルビオン海洋王国に貸しを作っておくのもええやろ」


 そこで誰かが、マヤの服の袖をクイックイッと引っ張る。


「……マヤ」

「大丈夫や、セフィリア。誰も忘れとらん。忘れとらんからな」


 最近出番がなくて、口数も少ないため忘れられがちなセフィリアである。

 こうでもしないとみんなに忘れ去られそうである。

 

 ああ、不憫可愛いとマヤは目を細める。

 可愛いセフィリアを愛でて元気が出たマヤは、高らかに言う!


「アナ姫と、うちと、セフィリアで、その竜退治やろうやないか。ああそうや、ついでやからテトラも来てや」


「我もか? 竜とやれるなら腕も鳴るというものだが」

「テトラも美少女やからな」


 違う意味で、テトラも戦力として期待しているマヤである。

 美少女パーティーで戦うのは、マヤの道楽でもあるのだ。

 

 このままなし崩してきに、パーティーに入れてしまおうとしているフシがある。

 話は決まったと、『高所に咲く薔薇乙女団』の三人とテトラは、騎士ランスロットの案内でウォールの丘に向かうことになった。


「あの、俺達は……」

「ケインさんたちは、城でのんびりしといてや。赤竜くらいアナ姫一人でも楽勝やけど、うちらが付いとるから」


 女王アリスティリアも言う。


「そうですよ。ささやかながら宴の用意もいたしましたし、ケイン様は我が国の大切なお客様ですからぜひ歓待させてください」

「そうですか、じゃあそうさせてもらおうかな」


 竜退治にケインがついていっても足手まといになるだけなので、そのあたりはケインもわきまえている。


「では、きゃっ」

「大丈夫ですか?」


 女王アリスティリアは、わざとらしく長いドレスのスカートの裾を踏んで、ケインに豊かな胸をむにゅっと押し付ける。


「どうしたんや、アナ姫。いくで」

「ああ、なんでもないわ」


 露骨な女王アリスティリアの不埒な動きにムスッとしたアナ姫だが、ケインの嫁であり女神であったアルテナと娘のノワがついているので、滅多なことはないだろうと竜退治に向かう。

 それを手を振って見送った女王アリスティリアはニッコリと笑うと、入念な化粧直しに入るのだった。

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