第160話「アムステルの大海戦」
アルビオン海洋王国は、最終通告を拒絶したベネルクス低地王国に対して、宣戦を布告。アルビオンの誇る無敵艦隊五百隻は、一路ベネルクスの首都アムステルに向けて進撃を開始した。
「敵軍は、陸上のみですか。ケイン王国にはまだ海軍がない?」
世界最大規模のガレアス船、クイーン・アリスティリア号の舳先から、首都アムステルの様子を眺める女王アリスティリア。
「ケイン王国に海軍は一応ありますが、バッカニアの海賊から引き継いだ数十隻程度のものです。ケイン率いるアルテナ同盟軍は、アムステルの街に陸上兵力を出したのみだそうです」
「ふうむ」
「数十隻程度の海賊船が出てきたところで、物の数でもありませんよ」
楽観論を語るランスロットに対して、見えない敵の動きに神経を尖らせる女王アリスティリア。
女王の忠実なる騎士は、心配のし過ぎだと落ち着かせる。
「アウストリア王国海軍の動きは、思ったよりも早いようですね」
今回の主敵はアウストリア王国海軍二百五十隻だ。
鈍重なアウストリア海軍に比べ、船の速度においてもアルビオン海軍は勝っている。
高速船の偵察によって、敵の艦隊の動きは筒抜けであった。
「そちらも心配ご無用です。全てはこちらの手はず通りに進んでおります」
女王の腹心、騎士ランスロットは必勝を確信している。
注意を促す女王アリスティリア。
「油断はなりませんよ。艦隊戦では勝てたとしても、敵には私と同じ神剣の使い手が二人もいるのですし……あの霧、動きがおかしくありませんか」
ふいにそう言って怪訝そうな顔をする女王に、ランスロットは応える。
「この季節、海峡に霧が出ることはおかしいことではありませんが」
ランスロットが、そう言い終わる間に、こちらの艦隊に近づいてきた怪しげな霧がさっと晴れる。
そこから、大規模の艦隊が続々と姿を現した。
「ランスロット、敵艦隊です!」
「もうアウストリア王国の海軍がきたんでしょうか。早すぎるし、数も多すぎる。おい、提督何をしているか! 敵艦隊に向けて全軍回頭だ!」
霧に乗じて、突如現れた敵の大艦隊。
どこの敵かと、目を凝らして女王は驚く。
「ランスロット。あれはアウストリア王国軍ではありませんよ、あの国旗はどこのものなのです!?」
「女王陛下、あれはケイン王国海軍のものです!」
バカなと、震え上がるランスロット。
物見の報告を待たずとも、敵の総数はほぼ無敵艦隊と互角の数に見える。
ケイン王国の海軍がここまでの規模の艦隊なら、これまでの作戦は水泡に帰す。
「このままでは、挟み撃ちにされますね……」
「女王陛下! ケイン王国があれほどの数の船を集められることなどありえません! こんなことはありえない!」
動揺するランスロットを、女王はなだめる。
「しっかりなさい、ランスロット。あなたがうろたえてどうしますか」
「し、失礼しました」
「敵には対処せねばなりません。ここは、私の出番でしょう」
早々に奥の手を使わざる得なくなったことは口惜しいが、目の前の現実には対処しなければならない。
「皆の者! 女王陛下が、奇跡を起されるぞ! 旗艦クイーン・アリスティリア号の前の船は、道を開けよ!」
女王陛下は、美しく長いプラチナブロンドの髪を海風になびかせながら舳先へと進む。
そうして、船の先端に一人立つと、神剣
まるでその姿は、伝説の英雄王のようだった。
女王の勇姿に、無敵艦隊の船員三万から、大きなどよめきがあがる。
「海神ティティスよ。我が願いに応え、仇なす敵を討ち滅ぼす勝利の風を巻き起こしたまえ!」
女王アリスティリアは、そう叫ぶと高らかに振り上げた
その瞬間に、凄まじい突風が巻き起こる。
いや、それは突風どころではない。
竜巻、大竜巻、いやこれは、黒々ととぐろを巻く
これぞ、神剣
その威力は、まさに一撃必殺。
突如現れたケイン王国海軍五百隻は、全てを呑み込む奔流の渦に巻き込まれて、一気に海の藻屑となった。
「ふう……」
女王が息をついて神剣を鞘に納める。
途端に、「うわぁああああ!」と、無敵艦隊全軍から感激の叫びが上がった。
海神ティティスに愛されし乙女に栄光あれ!
女王アリスティリアの治めるアルビオンこそが正義であり、絶対に敗北することなどありえないのだ!
「女王陛下、お疲れ様でした! 肝を冷やしましたが、これであとはアウストリア王国海軍さえ打ち破れば、勝利は揺るぎない!」
三万の海兵が勝利の熱狂に打ち震えるなかで、ただ女王アリスティリアだけが冷めていた。
「ランスロット、東方には『勝って兜の緒を締めよ』ということわざがあるそうですよ」
女王アリスティリアは、そう注意を促す。
本来なら、先程の必殺の一撃はアウストリア王国の海軍に向かって使うはずのものだったのだ。
いかに神剣の力とはいえ、大規模な使用には限度がある。
この日のために、アリスティリアがずっと溜め続けてきた力を早々に使ってしまった。
あの場面で使うのがもっとも合理的であったとは、女王自身も思ってはいるが。
どうも、罠に嵌められたような気持ちの悪さを感じる。
「心配は無用です。女王の活躍で士気はこの上なく上がっております。数に劣るアウストリア王国海軍など、我々がコテンパンに叩いて見せましょう!」
「兵士はそれでいいでしょうが、将であるあなたが冷静さを欠いてどうしますか」
騎士ランスロットは女王の策士を務められるほどの俊英であり、近衛騎士団長に海軍大臣を兼ねているほどの文武ともに優れた配下だが、将としては血気にはやりすぎる。
いかんせん、まだ若いのでどうも腰のすわりが悪いのだろう。
何事も過度に反応してしまい、実戦で予想外のことが起きると浮足立つのが欠点だが、そこは女王が補えばいいところではある。
アルビオン海軍は、将である騎士ランスロットが暴勇を振るい、総帥である女王アリスティリアが慎重になりすぎるぐらいでちょうどいいのかもしれない。
「さようですね。引き続き敵を警戒せよ!」
女王に何度も言われて、ようやく指揮官席に腰を落ち着けてそう命じるランスロットであったが、急に船が揺れて「な、なんだ!」と、腰を浮かす。
旗艦クイーン・アリスティリアの船の足が、急に止まってしまったのだ。
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