第三章「海の平和」
第159話「海の女王」
アルビオン海洋王国の女王、アリスティリア・アルビオンには夢があった。
それは、アリスティリア一代で見る夢ではない。
今は亡きアリスティリアの父、先王エドワードはアルビオン大島を統一に成功した。
女王は、それを足がかりに世界の海に出て、豊かな大海洋国家を作り上げようとしている。
豊かな穀倉地帯を有するアウストリア王国や、広大な領土を誇るドラゴニア帝国に比べ、大陸の北に位置するこのアルビオン海洋王国は、寒く貧しい。
短い春、夏、秋、そして長く厳しい冬。
「また、雨ですか……」
アルビオン海洋王国の女王、アリスティリア・アルビオンは、窓を眺めてため息をつく。
一年中どんよりとした雲が居座り、冷たい雨が降り続くので小麦はあまり育たない。
大麦やライ麦で食べ繋いでいるこの島国で、豊富にあるのは羊毛と亜麻くらいだ。
だからこそ、アルビオン海洋王国は、海に活路を求めた。
交易を盛んにして、南の豊かな土地へと乗り出した。
最強の海軍を作り上げ、海外に属国や植民地を得て、はるか東方へまで交易路を伸ばした。
南方や東方との交易はアルビオンに巨万の富を与え、女王の夢はさらに膨れ上がる。
北海の制海権を握り、地域の交易を独占するのだ。
そうすれば、アルビオンは大陸の二大国家にも並ぶ海洋大国となり、二度と民を飢えさずに済むだろう。
「女王陛下。密偵の報告が入りました。やはりアウストリア王国は、海軍を出撃させる準備を整えているようです。その数は、二百五十隻にも及ぶとのこと」
女王の前にひざまずいたのは、近衛騎士団長にして、海軍大臣の重責も務める。
一番の腹心、新鋭の騎士ランスロットだ。
「なぜです。王国は、帝国との戦で疲弊し戦費がまかなえなかったはず」
「サカイの街の商人たちが費用を負担したようです。アルテナ同盟に参加している『賢者会議』が取りまとめたとか」
「また、ケインですか……」
思わず、女王の握る剣の柄に力がこもる。
憂い顔の主人に、忠臣は硬い表情で頭を下げた。
「ケイン率いる同盟は、バッカニアの海賊どもを配下にして着々と力を付けてきています」
「ベネルクス低地王国のほうはどうなのです」
「ケインが味方となってからは、態度を硬化させております。こちらの最後通告を降伏に等しい条約など結べぬと、拒絶してきました」
「やはり、戦争しかないのですね」
できれば、外交で片を付けたかった。
女王自身も戦などにはでたくないし、戦争などしても国が疲弊するばかりだ。
今更考えてもせんないことだが、大陸を二分する帝国と王国が長期の戦争をやってくれれば、アルビオンの無敵艦隊は何ら支障なく世界の海を支配できたのだ。
それを止めたのもケインであれば、こうしてアルビオンの庭である北海の制海権を揺るがしかねないのもケインだ。
巷では、大陸に平和をもたらした善王などと呼ばれているようだが、女王アリスティリアにとっては、魔王よりも厄介な存在であった。
しかも、そのケインは善神より四本目の神剣を授かり、神剣の持ち主である剣姫アナストレアを部下にしているとも聞く。
北海の海では、無頼の海賊やモンスターがまるでケインの手下であるかのように、アルビオン船籍の船だけを襲うのだ。
このままでは、こちらが海を支配するどころか、いずれアルビオンはケイン王国によって滅ぼされるのではないかと恐ろしくなる。
頼りになった父王もいなくなり、もう誰も助けてはくれない。
今度は私がやらなければと、女王アリスティリアは小さくつぶやく。
決断の時が迫っていた。
「女王陛下、今の状況では時は敵の味方です。このまま放置しておけば、バッカニア海賊を吸収したケイン王国の海軍が増長を始めるでしょう。そうなれば、制海権の維持も難しくなります」
「やるからには、必ず勝たねばなりませんよ」
その言葉を待っていたと、騎士ランスロットは喜々とした表情で応える。
「必勝の策は、すでに立案しております。ベネルクス低地王国への侵攻は見せかけにすぎません。無敵艦隊を持ってベネルクスの首都アムステルを強襲し、アウストリア王国海軍をおびき寄せて撃退しましょう」
「そうすれば、もはや北海に敵なしということですね」
「御意に! おそらく善王ケインや剣姫アナストレアは妨害してくるでしょうが、海ならば勝てます。こちらには、無敵艦隊五百隻の戦力が、そしてなにより我が海軍には、海神ティティスより加護を受けた陛下がいらっしゃるのですから!」
ランスロットは、女神を見るような顔で女王アリスティリアを仰いだ。
女王こそ、海神ティティスに加護を受けし三本目の神剣、『
陸の上では、神速の剣姫の
それゆえ女王陛下の親征において、アルビオンは常に無敗。
女王アリスティリアさえいれば、我らは無敵だ。
その強い思いは、アルビオン軍人の全てが抱いている確信である。
そうして今こそが決戦の時だ。
今一度、ランスロットは静かに女王に出陣を促す。
「女王陛下、船の用意はすでに整っておりますれば……」
軍船が二百二十隻、武装商船が百九十隻、随伴する輸送船が二十四隻、その他小型の随伴艦を合わせての計五百隻。
海洋王国アルビオンの海軍力を結集した大艦隊は、すでに港で出撃の時を待っていた。
「わかりました。では、参りましょう」
「御意!」
女王アリスティリアは父王より受け継ぎし、腰の神剣
祖国の運命をかけた、未曾有の艦隊戦が今始まる。
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