第158話「大規模建造計画」

 バッカニアの飢えたる民を満たすには、食料をただ配るだけでは済まない。

 特に体力のない飢えた子供や老人にいきなり重いものを食べさせてはいけないと、ケインたちは雑穀を使い、蕎麦粥や麦粥、オートミールなどにして食べさせている。


 もちろん体力がある人には、ガンガン肉を焼いているのだが……。


「なんでお前らが船員に混じって食べとんねん!」


 魔女マヤが、バシンバシンと、テトラとアナ姫の頭を叩いていく。


「だって、そこに肉があったから!」

「あったら食べるのだ!」


「お前らはどこの登山家や! ただでさえ島の食料が足りてへんって言っとんのに減らしてどうするんや。食いたかったら、自分の分は魚でも釣ってくるんや!」


 仕方がないと、二人で本当に釣りに行こうとするので、おいおいとマヤは慌てて止める。

 食い物に関しては、冗談が通じないので困る。

 

 そこに、バッカニア海賊の頭目バルバスと、首領のバレルとアンカがやってくる。


「マヤ殿。これだけあれば、当面の食料は十分だ。ほんとに、よくぞバッカニア島を救ってくれた!」


 老いたせいか、涙もろくていけないと笑いながら、バルバスは目に涙を浮かべて礼を述べる。


「礼なら、ケインさんにでも言っとき。うちらはあくまで手助けしただけで、王としてバッカニアを救う決断をしたのは、ケインさんやからな」


 今も、大鍋で粥を作ってはせっせと配っているケインを見て、バルバスはかぶりを降る。


「ケイン陛下には、礼では済まない。まさか手ずから民に食事を作り、分け与えてくれる王がいるとは、バッカニア島の伝説として子々孫々まで語り継ぐつもりだ」


 バルバスは、決意を持ってそう言う。

 付き従うバレルとアンカも、「ケイン王のためならば命もいらねえ!」と声をそろえた。


「ほうほう、そりゃ元海賊が殊勝なこっちゃな。じゃあ、食うもん食ったら、しっかりと仕事をやってもらうで」

「もちろんだとも。マヤ殿の指示通り、木材の切り出しはすでに進めさせているが」


 バッカニアの島やその北側の島々には、枯れた森と呼ばれる未開地が広がっている。

 不思議なことに、枯れたナラやモミの大木が、まったく腐らず何千年も密集して生えているのだ。

 

 古代樹と呼ばれるそれらは、ヘザー廃地で起こった神々の戦争に巻き込まれてそうなったとも伝えられているが、最初から立ち枯れているので生木と違い乾燥させる手間もいらず、切り出してすぐ材木として使える利点がある。

 そんな森があるから農地がなかなか広げられないという事情もあるのだが、そのまま材木として売ったり、船の材料としても使われる島の宝でもある。


「じゃあそれを使って、さっそく船を五百隻ほど都合してくれるか」

「五百隻! い、いや。無理を言うな。どんな小さな船でも、そんな数をいきなり揃えるのは不可能だ」


「できるだけ大きい船に見えたほうがええな」

「大きなって、無茶苦茶だ! ワシらは恩を返すために、それこそ寝ずにでも働く覚悟はできているが、そんな数を作るのにどれほどのときがかかるか。それに、そんなにたくさんの船があっても乗組員が足りないではないか」


「乗組員はいらんで」

「それは、一体どういうことだ?」


 まるで、マヤの言うことは賢者の謎掛けのようだ。


「船に見えたほうが・・・・・・って言ったやろ。遠目から船に見えたらなんでもええんや。ハリボテを浮かべるだけで十分やで」


 海賊の頭目バルバスも、アルビオン海軍を相手になんどもやりあった海の男だ。

 マヤの言葉に、そうかと納得する。


「なるほど、ダミー船を作るわけか。それならワシも昔やったことはある。大型船で牽引すれば、乗り手もいらないというわけだな」

「ふふ、バッカニア海賊団とアルビオンの無敵艦隊との戦績は、しっかり調べさせてもらったで。最強海軍を相手に何度も引き分けてるやなんて立派なもんやないか」


「しかし、ここまで大規模の作戦は初めてだ」


 ダミー船で五百隻もの数の艦隊を見せかけようとは、古今聞いたことがない策略だ。

 古来には、ハリボテの城を建てて敵を騙した一夜城の伝説があるが。

 

 マヤの軍略は、いわば敵を欺く海の一夜城を築こうというのだろう。

 こちらが囮とすれば、おそらく本命の戦力は別にあるのだろうが、そこまではバルバスもあえて聞かなかった。


 もとよりバルバスには、ダミー艦隊を率いて囮となって海の藻屑になる覚悟がある。

 それだけの恩を受けたのだからあとは、ケイン王のために命をかけて働くだけだ。


「既存の戦力を合わせて、五百隻の大艦隊が現れたように見せつけてくれればええんや。あとは、うちらがなんとかするから頼む。ケイン王国海軍、司令長官バルバス殿」


 マヤは、海軍式の敬礼をしてみせた。

 ケインの許可はすでに取ってある。

 

 バルバスたちはマヤから辞令をもらうと、誇らしげに敬礼を返す。


「委細承知した。せっかくだ、偵察されても容易にばれないぐらいの幻の大艦隊を作ってみせよう!」

「ハリボテやけどな」


 そう言い合い、声を張り上げて二人は笑い合うのだった。

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