第157話「バッカニア島到着」
そろそろバッカニアの港につくので、マヤはみんなを呼びにいったのだが、船室の扉に張り付いて聞き耳を立てているアナ姫とセフィリアを見て、怪訝そうな顔つきになる。
「お前ら、一体どうしたんや……」
ギロッと目を剥いたアナ姫が振り向くと「しー!」と、人差し指を口に当てる。
「はぁ?」
マヤが呆れているとギーと船室の扉が開き、中からケインがでてきた。
「みんなどうしたの?」
アナ姫たちが慌てて言う。
「な、なんでもないわよ!」
セフィリアが先に船室の中を覗き込んで、ゴクリと息を呑んだ。
アナ姫や、マヤもそれにつられて覗き込む。
濃厚なラベンダーの香りが立ち込める船室。
そこには、ベッドにうつ伏せになって肩を震わせている、あられもない姿のテトラがいた。
「あるじ……」
あられもない姿というか、裸のような格好をしているのはいつもどおりなのだが、今回はいつもとはわけがちがう。
あるじの名を呼んで、肩で息をするテトラはいつになく艶っぽかった。
全身がラベンダーのアロマオイルでツヤツヤのスベスベになっていた。
なにか激しい運動をした後のように、滑らかな白い肌には玉のような汗が浮かんでいる。
恍惚とした表情のテトラは、濡れた碧い瞳で呆けたように虚空を見つめている。
なんというか、これは見た目だけだと完全に事後だ。
「いいいい、一体っ、何があったのよ!」
慌てて尋ねるアナ姫に、ケインは平然とした顔で答える。
「マッサージしただけだけど」
ご褒美にそうして欲しいとテトラに頼まれたのだ。
だから、ケインはそんなことでいいのかと、鎮静効果のある爽やかな香りのラベンダーオイルを使って、言われるがままに肩や太ももの凝りを軽く揉みほぐしてあげたのだった。
「ままま、マッサージってどこを触ったのよ!」
「どこって……凝ってるて言うから、太ももとか、あと尻尾とか、手足の肉球かな」
「に、肉球!?」
予想外の答えに、アナ姫は目を丸くする。
尻尾や肉球を揉むと、獣人の女はこんなに悩ましげな感じになってしまうのだろうか。
焦るアナ姫に、ケインも怪訝な表情で「ふーむ」と、首をかしげて言う。
「確かに、テトラの様子は少しおかしいよね。最近、頻繁に手足の凝りを訴えているし。本人はすごく良くなったって言うんだけど、聖女様も見てあげてくれないかな」
そう言われて、テトラの様子を調べたセフィリアは、ポツリと呟く。
「ケイン様、このマッサージに、問題があるかも」
「えっ」
普通にしたつもりだったのだが、何か自分のやり方に問題があったのかと、ケインは驚く。
「検証の必要がある、私にもあとで……」
「ちょっと、セフィリアだけずるいわよ!」
じゃれあってる二人の様子に、何をやっているのかとマヤは呆れて笑う。
「アナ姫、マッサージなら、うちがいくらでもやったるのに」
「私はケインにしてほしいの!」
「おやぁ、大胆やなぁ。おっさんのねちっこいテクニックのほうがええんか」
これがええんかと、マヤがやらしい手つきで手をクネクネさせると、アナ姫は顔を真っ赤にした。
「何よ、その言い方! ち、違うわよ、そう言う意味じゃなくて!」
「わかったわかった。そないに焦らんでも、食料輸送は今回で終わらへんからな。今後も継続的に必要なんやから、次回の勝負はアナ姫が本気だして、ケインさんにたっぷりとご褒美もらえばええやろ」
話をすり替えられたことにも気が付かず、そのとおりだとアナ姫はポンと手を打つ。
「それがいいわね! 今度は、うちの領地からも食料をたくさん供出させましょう。エルフの国に勝つぐらいね!」
また、アルミリオン大公爵家の執事が聞いたらショックでぶっ倒れそうな無茶を言っている。
それで胃を痛めるのは自分ではないし、ケイン王国の国力があがるだけなので問題ないと、マヤは余裕の表情でパンパンと手を叩いて話を戻す。
「はいはい、じゃれるのはそこまでや。ケインさんも、そろそろバッカニア島に着くで」
「早いね、もう着いたのか」
この辺りは、海流も荒いはずなのに船室にいたら気が付かないほど揺れが少なかった。
北海を知り尽くしているバッカニアの元海賊たちの操舵技術が、かなり高いことを示している。
マヤの計算では、彼らの持つ技術力こそが、今後の戦いを勝利に導く鍵となるはずである。
「これから、バッカニアの島民にはひと仕事してもらわんといかんからなあ」
待望の食料が届き、歓声を上げているバッカニアの民を舳先から眺めて、マヤはニンマリと笑うのだった。
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