第156話「食料調達完了」

 食料で満載になった十数隻の輸送船が、今まさにケインの港からバッカニア島に出港しようとしてる。

 ケインは、食料を運んできてくれたエルフの国の代表アーヴィンにお礼を言う。


「食料の調達、ありがとうございました」

「いえいえ、まさか獣人の国に負けるとは思いませんでしたが」


 船の積み荷の過半数は、山のように積まれた超獣の肉であった。

 山のような穀物と野菜を運んできたのに、まさかテトラたち獣人に負けるとは思わず、エルフの女王ローリエは悔しがっている。


「アーヴィン、だから私はもっと供出しようって言ったのにー」

「すみません陛下。しかし、これ以上はなんとも……」


「アッハッハ! 賭けは、我の勝ちなのだ。これであるじのご褒美は、我がいただいたのだ!」

「うー!」


 アウストリア王国の協力を取り付けるついでに、テトラが狩ってきた肉を加工する塩や胡椒を運んできたアナ姫も悔しがっている。


「マヤ! だから、私も狩りに行きたいって言ったじゃない!」

「しょうがないやろ。アウストリア王国の協力を取り付けるには、アナ姫が必要やったんやから!」


 いつの間にやら、食料集めはケインにご褒美をもらえる賭けの対象にされていたらしい。

 そんな話はケインは初耳なのだが、自分が頼んだという経緯もあるのでノーとは言えない。

 

 テトラへのご褒美とやらは、ケインが用意しなければならないらしい。

 一体何を用意すればいいのやら。


 それはそれとして、ケインは責任者として皆をねぎらう。

 一番食料を集めて勝利したテトラだけが頑張ったわけではない。

 

 マヤたちが持ってきてくれた塩や胡椒がなければ、超獣の肉を干し肉にして保存することもできなかったところだ。

 ケインとしては、褒美を渡すならみんなに渡したい気分である。

 

 特に今回はかなり頑張ってくれたのに、ローリエに責められているアーヴィンは懇ろにねぎらうことにした。


「ローリエさん。アーヴィンさんは、よくやってくれたんだからそんなに言わないであげてよ」

「ケイン様がそういうなら、しょうがないですねー」


 狩ってこれる肉とは違い、穀物や野菜はすぐさま増産できるというものではない。

 これほどの量を工面して集めるには、相当苦労したのだろう。

 

 為政者の苦労というものを、ケインも近頃はわかり始めている。

 アーヴィンは、秀麗な眉を顰めて言う。


「ケイン殿。実を言えば、今回の件は反対したかったのですよ。ケイン王国でも食糧増産に成功しつつあるとはいえ、まだ建国したばかりで、足元は不安定でしょう」

「それはおっしゃる通りだと思います。アーヴィンさんにまで、ご心配をおかけしてすみません」


 むしろ現実主義者のアーヴィンとしては、苦言を呈したいところだったのだ。

 しかし、一度は敵対した自分にそう言われても、素直に謝ってみせるケインの姿を見て、やはりこの人には勝てないなとアーヴィンは肩をすくめた。


「あなたが女王であったなら、このような考えなしの援助はおやめくださいと、おいさめしたところです」

「それはどういう意味よ、アーヴィン!」


 口を尖らせてムスッとするローリエに、アーヴィンは苦笑して続ける。


「……ですが、この私自身が、ケイン殿の善意に助けられてここにいますからね。あなたが言う無茶なら叶えてみたいと、そう思ったのですよ」

「ご助力感謝します」


 ケインとアーヴィンは、打ち解けた様子で手を取り合い、笑い合った。

 その近くでは、ケイン王国の宰相であるマヤが、各地の情報を集めていた黒鋼衆の首領クロガネから報告を受けている。


「なるほど、やっぱりそうやったか。引き続き、敵の動きを探るように頼むで」

「ハッ!」


 テトラやローリエが食料集めに奔走する一方で、マヤたちSランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』の三人は、アウストリア王国の協力を取り付ける外交や諜報を優先して動いていた。

 バッカニアの食料問題も深刻だが、ベネルクス低地王国を狙っているアルビオン海洋王国への対応もしなければならない。


 マヤへの報告を終えたクロガネは、部下に運ばせてきた荷車を運び込み、ケインにも頭を下げた。


「やあ、クロガネさん久しぶり」

「御屋形様。わずかばかりですが、我が領地でも食料が取れましたので献上します」


 ケイン王国の候爵となったクロガネは、自分の領地で故郷の作物を育てていたのだ。

 アルテナの加護なのか、エルフの国から運ばれてきた聖水の効果であろうか、荒れ地でも不思議と作物は育つようになってきた。


 小麦とともに、故郷の米や小豆など珍しい作物もある。

 

「これは助かるよ。ありがとう」

「御屋形様。これは、桜餅という我々の故郷の菓子なのですが」

 

 お一つどうぞとケインに手渡されたのは、葉っぱに包まれた薄紅色のお餅であった。


「とても美味しいね」

「お口にあったようで何よりです。ハハッ、こんな西の果てで、故郷の作物が作れるとは夢にも思いませなんだ」


「そうか。領地経営も上手く行ってるようでなによりだよ」

「これもひとえに御屋形様と、善神アルテナ様のお力のおかげでしょうな。荒れ地だというのに、故郷から持ってきた桜の苗までもが力強く芽吹きまして」


「桜?」

「ええ、その桜餅を包む葉っぱが生える樹木を、桜というのです。春には、桜の木が薄紅色の美しい花を咲かせます。見事に花が咲きましたら、御屋形様もぜひ花見にいらしてください」


 そう言って快活に笑う老人は、かつては日陰者の暗殺者であったとは思えぬほど、穏やかな顔をしていた。


「それは、楽しみだ。ぜひ見に行かせてもらうよ」

「それまでには、御屋形様に拝領した領地を少しでも立派な土地にしてみせますよ」


 果たして、暗殺者が慣れぬ耕作などできるものかと思っていたが、やってみれば面白いものだった。

 ようやく安寧の地を得た安心もあり、黒鋼衆の表情は皆明るい。


「ケインさん。そろそろ船がでるで!」


 マヤが呼んでいる。

 すでに港からは食料を満載した輸送船が、次々と出港している。

 

 最後の船にもたっぷりと食料を積み込むと、ケインたちはバッカニア島へと旅立つのだった。

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