第155話「超獣退治」

 瘴気の吹き溜まり、魔の山の奥深くで、新しい魔獣の支配者が生まれようとしていた。

 Sクラス魔獣ビーストベアーの超変化、超獣ビーストベアールーザー。

 

「グウオォォォォ!」


 魔の山を震撼させる獰猛なる叫びに、争い合っていた他の魔獣たちも、ついに恐れおののき逃げ惑う。

 だが、支配者からは逃げられない。

 

 その豪腕が振るわれるたびに、他の魔獣は超獣の餌となっていった。

 向かってくる魔獣は喰らい、逃げる魔獣は追って喰らい。

 

 やがて、他の魔獣を全て喰らい尽くしてしまう。


「グウオォォォォォォォォ!」


 食っても食っても、まだ足りない。

 暴虐の超獣に最初に芽生えた知性らしきものが感じたのは、貪欲なる飢え。

 

 喰いたい、もっと喰いたい。

 世界全てを喰らいつくそうとする魔獣の本能によってか、その巨体はゆっくりと人里へと向かっていく。

 

 その超獣の力はSクラスを越えて、災厄級。

 このまま放置されれば、世界に災厄をもたらす悪しき存在になる……はずであった。

 

     ※※※


 白虎の聖獣人テトラが不機嫌そうに叫ぶ。


「なんだ! なぜ魔獣が少ないのだ!」

「これは、取り尽くしてしまったんじゃないですかね」


 テトラの側近である犬獣人ワードックのリグルは、呆れたように言った。

 魔の山は、魔獣を倒せるだけの力を持っていれば、吹き出る瘴気がカロリーへと変わる無限の食料庫という見方もできる。

 

 しかし、それにだって限度があるだろう。

 ケインのために食料集めを続けるテトラたちは、調子に乗って狩りすぎたのだ。


「そんなのダメなのだ! もっと肉を探すのだ!」


 肉扱いされる魔獣も可哀想なものだなとリグルは苦笑する。

 あの地獄のようなアナ姫の特訓を耐え抜き、邪竜デーモンドラゴンにすら勝ち抜いた今の獣人戦士団にとっては、たしかにそう言う余裕がある。


 だが、ここは昔から瘴気深いと怖れられる魔の山である。

 自分は側近として用心しようと、リグルは心を引き締める。

 

 任務を遂行しようと焦って、さらに魔の山の奥へと進撃しようとするテトラの前に、斥候に先行していた熊獣人ワーベアーのワッサンが転がるように逃げてきた。


「テトラ様、大変だ! なんかよくわからねえけど、すげえでかい魔獣がでましたぜ!」

「おお、でかしたのだ!」


 すでに、そのすげえでかい魔獣の姿が遠目に見える。

 巨大な肉! と、テトラの瞳が輝いた。


「いや、尋常じゃないっての!」


 遠目で眺めるだけでは、その巨体さがわからないのだ。

 間近で見てしまったワッサンたちは、震え上がって逃げてきたのだ。


 邪竜デーモンドラゴン、いやこの大きさは、あの邪竜帝王カイザーデーモンドラゴンロードにすら匹敵しそうだ。

 もはや、Sクラス魔獣どころの騒ぎではない。


「あれは、いかにテトラ様と私たち戦士団でも厳しそうね」

「剣姫様に応援を頼むか?」


 ワッサンとリグルがそんな相談をしているのに、獣人の国の女王(代理)であるテトラは一人で突っ込んでいく。

 

「あ、テトラ様!」

「無茶だっての!」


 しかし、時すでに遅し、大きい肉と叫びながらテトラは突っ込んでいった。

 立ち向かう超獣ビーストベアールーザーの方は、新しい餌食の出現に喜びの声をあげる。


「グウオォォォォォォォォ!」


 支配者に小細工はいらぬ。

 その恐ろしい豪腕を奮って、テトラを叩き潰そうとした。


「グウ!?」


 手加減したつもりはない。

 超獣の方だって、テトラの強さはなんとなく察していた。

 

 だから全力。

 全力で取るに足らないはずの小さき獣を、押さえつけたはずなのに。

 

 なぜ、自分の腕は動かない。

 

「こいつは、生きのいい獲物なのだぁ!」


 そのまま、超獣はテトラに腕を掴まれてひっくり返された。

 超獣の巨体が地に叩きつけられて、山が震える。


「グフゥ!?」


 ありえぬ。

 生まれてこの方、超獣は最強の支配者であった。


 その豪腕と鋭い爪を振るうだけで、どんな魔獣だって潰すことが出来た。

 あらゆる獣は、この魔獣の王にその身を餌として差し出さねばならぬ。

 

 それなのに、なぜこいつは殺されぬのだ!


「グウアァァァァァァァァ!」


 身を起こした超獣は、激怒して吠えた。

 そして、再びテトラを滅多打ちにする。

 

 だが――


「お前の全力は、そんなものなのか、なのだ!」


 超獣の全体重を乗せた痛恨の一撃を、テトラは受けきってニヤッと笑ってみせた。


「グワァ!?」


 ばけもの。

 超獣は、ようやく気がついた。

 

 自分が、理解不能の怪物を相手にしていることに。

 この世界には、上には上がいることに。


 ――ブシュ


 テトラの容赦ない裂爪裂波れっそうれっぱによって、超獣の腕が切り飛ばされた。


「グワァ! グワァ!」


 誇り高き魔獣の支配者が戦意を喪失し、哀れにも逃げ惑う。

 これまで超獣が狩ってきたか弱き魔獣たちのように、逃げ惑い。


 そして喰らわれる。

 弱肉強食、それは獣の世界における唯一普遍の真理。


「やった! これであるじに褒めてもらえるのだ!」


 慌てて追いかけてきた獣人戦士団が見たのは、四肢がバラバラにされた超獣。

 そして、それだけで小山ほどもある超獣の頭の上で、勝利の咆哮ほうこうを上げる。

 

 一人の美しい白虎人であった。


「とんでもないわね、私たちの女王様は」

「ああ、すげえ」


 こうして世界の災厄は、食料を求めたテトラによって人知れず解決されたのだった。

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