第二章「願いと救援と」
第154話「同盟会議」
ケイン王国宰相マヤの召喚により、ケイン王国首都ケインヴィルで、二回目となるアルテナ同盟会議が招集された。
同盟各国の主だった族長や王が集まる会議に新たに出席したのは、ベネルクス低地王国の王ベルナルトと、バッカニア海賊の頭目バルバスであった。
今回の議題は、新たにベネルクス低地王国を同盟に加えること。
そうして、無主の地であったバッカニア島をケイン王国の領地となった報告である。
まずは、壇上にベネルクスの王ベルトが立ち、ベネルクス低地王国が置かれている危機的状況と、アルビオン海洋王国の脅威を説明する。
そうしてベルトと一緒に、盟主であるケインも「よろしく頼みます」と頭を下げた。
司会として会議を取りまとめるのは、宰相のマヤの仕事だ。
「ベネルクス低地王国を加えるということは、海軍強国のアルビオンと事を構えることになると思うんやけど……」
海の権益の問題は、エルフやドワーフたちにはイメージしにくい話だろう。
協力を得られるか微妙なところだと思っていたのだが、マヤが心配するようなことはなかった。
ドワーフの大王バルカンと、エルフの女王ローリエは二人とも笑顔でベネルクスの加盟を認めて、保護を約束する。
「もちろんかまわん」
「私も問題ないと思います。海の問題では、後方支援ぐらいしかできませんけど」
エルフやドワーフの族長たちにも、異議はなさそうだ。
何らかの利害調整は必要かといろいろ考えていたマヤは、拍子抜けした。
さっきから黙っている獣人たちの代表にも尋ねる。
「獣人の国はどうなんや」
「我らは、あるじの手足だ。決定には従うのみ!」
「いや、ケインさんの使い魔のテトラは、それでええかもしれんけど」
「皆もあるじの言うとおりでいいよな!」
テトラが、そう言うと獣人の長老たちも、そのとおりだと口をそろえた。
しつけが良くできている。
「なんや、お人好しばっかりやな」
アルビオン海洋王国の脅威を説明して、説得する手はずが無駄になってしまったと呆れるマヤにバルカン大王は髭を手でしごきながら言う。
「善者ケインには、みんな世話になっとるんだから、助けを求められたら応えて当然だろう」
重鎮であるバルカン大王がそういうのだから、否やという人はいない。
「そうか。アルビオンに対しては、うちが必勝の策を持っとるから安心してや」
マヤが話をそうまとめると、次の議題に移る。
「じゃあ次は、バッカニア島の海賊をケイン王国の支配下に収めたことやな。こっちのほうは早急に解決せなならん問題があるんやけど……」
マヤがそう言いかけるのを、ケインが手で制して立ち上がり言った。
「俺は、バッカニア島の一万の窮民のために、食料支援を行いたいと思う!」
バッカニアが海賊となってしまったのも、飢えた島民を食わせんがためだったという。
島の貧しい状況は、今も何も変わっていない。
今後、海賊行為ができなくなれば、島は飢餓に襲われることになる。
ケインはそれを聞いて、すぐに救援に動く事を決心した。
幸いなことに、今年に入ってからアルテナ同盟の地域では、まるで古の森の加護が広がったかのように食料の増産が続いている。
アルテナの加護だとすれば、それにも神意がある。
「これは、バッカニア島の民を救えというアルテナの願いだと思うんだ……」
そう言うケインに、これは自分の役割だろうと、マヤがあえて反論してみせる。
「ケインさん。国の運営を任された宰相の立場として言わしてもらうけど、ケイン王国かて豊かなわけやないんやで、増産された食料は、売りに出して生活向上のために使うって手もある」
「みんなに我慢してもらうことになって申し訳ないが、バッカニア島はもうケイン王国なのだろう。だったら、自国の民を救うのは国の責任だと思う」
ケインがそう力強く言うと、黙って聞いていたバッカニア海賊の頭目バルバスは、突然泣き崩れた。
「うぁあああ!」
「いきなり、なんや……」
マヤとしては、ケイン王国の方針を示して各国の援助を引き出そうとする茶番のつもりだったのだが、バルバスがいきなり吠えるように叫んで泣き出してしまうとは思ってもみなかったので驚く。
一体、何が老海賊バルバスの琴線に触れたのか。
バルバスに、二人の首領バレルとアンカが駆け寄る。
「親父!」「ボス……」
「うう……すまないお前ら、とりみだしてしまった」
ケインの前にひざまずいたバルバスは、涙ながらに語り始める。
「ケイン陛下、心から感謝する。ワシは、バッカニア島の元領主だったのだ……」
かつてアルビオン大島の北部には、バッカニア島を領地として含むガーランド王国という小国があった。
ガーランド本土には、木材が少なく造船技術も発達していなかった。
そこで、バッカニア島に豊富にある木材で船を作って、本土の食料と交換して上手く回っていたのだ。
アルビオン海洋王国に侵略されて、ガーランド王国が滅びるその日までは……。
「ガーランド王国はアルビオンに取り込まれたが、ワシらバッカニアの民はそのまま置き去りにされて切り捨てられた。木材も造船技術もアルビオンは不足しておらず、保護を求めても断られたのだ」
人口ばかりが多く貧しいバッカニア島は、無用の者として無視された。
「そんなことがあったのか」
ケインは、老いたバルバスの手を取って立ち上がらせる。
「それから、ワシらがどれほどの苦汁をなめたか。民を食わすために、ワシらは海賊をやるしかなかった。いや、しかたがなかったなんて言い訳だろうな……ワシらは、率先してアルビオンの商船を襲った。ワシらを見捨てたアルビオンを憎んでいたからだ!」
ケインは無言で、バルバスの叫びを受け止めた。
会議の会場が静かになった。
「誰からも見捨てられたバッカニアの民を、あんたは助けると言ってくれた。ワシは、肩の荷が降りたよ。もう、ワシらは海賊はしなくていいんだな」
「ああ、これからはバッカニアの民にも、まっとうな仕事を与えられると思う」
アルビオン海洋王国と敵対してしまったケイン王国には、軍船が足りていない。
それでなくても、商船ももっと必要だ。
バッカニア島の持つ、操船や造船の技術はケイン王国にとっても十分に価値がある。
「それを聞いて安心した。ケイン陛下、ワシの首を取ってくれんか」
「何を言い出すんだ!」
「バッカニアが海賊をやってきたのは事実。それに何の処置もせんでは、誰も納得せんだろう。頭目であるワシが、ケジメを付けなきゃならん」
そう頭を下げるバルバスの隣で、軍服を着たカイザル髭のアンカも悄然と頭を下げた。
「ボスがそう言われるのならば、私も首を差し出そう」
丸い樽のようなバレルは、泣きはらした顔で迫ってくる。
「王様! 親父を殺しちゃいけねえ、代わりに俺の首で勘弁してくれ!」
「ちょっと待ってくれ。俺は誰も殺すなんていっていない」
ケインは、焦ってそう言う。
ベネルクス低地王国のベルト王が、即座に申し添えた。
「バッカニア海賊の罪、我が国としては恩赦してもいいと考えている。こうしてベネルクスも同盟にも加えてもらったのだから、過去のことは水に流そう」
「ベルト王、ありがとうございます!」
ケインは我がことのように喜ぶが、バルバスはそのまま床にしゃがみこんだままで言う。
「ケイン陛下。それでも、アルビオンはワシらを許すまいよ。ワシは、あんたの足かせになりたくないんだ」
マヤが考え込んで言う。
「確かに、アルビオン海洋王国がバッカニア海賊の被害を一番受けてたから、それがケイン王国の傘下に入ったら難癖は付けてくるやろうなあ」
決断するのはケインだと、マヤは言っている。
ケインは、決意を持って厳かに頷いた。
「……わかった。バッカニアのバルバスさん。それに、アンカさん、バレルさん」
ケインに呼びかけられて、悄然とした三人の海賊は「はい」と応える。
「誰も死なせはしない。君たちは、それぞれ腕のいい船頭であり戦士なのだろう。どうか生きたまま、俺たちの役に立って欲しい」
「しかし、ワシらは……」
「バルバスさんは、そのままバッカニアの船団の取りまとめを頼みますよ。俺たちにも考えはある。どうか、あとは俺たちに任せて欲しい。ともかく、まずはバッカニアの民を救うために食料集めをしましょう」
ケインがそう言うと、「あるじの命令だ、食料集めをがんばるのだ!」とテトラが叫び、獣人たちがわーわー湧き立ち初めた。
エルフの女王ローリエも静かに微笑むと、傍らにいる七部族会議の代表者アーヴィンに言う。
「アーヴィン、わかってますね」
「もちろんです。偉大なるエルフの国が、獣人たちには負けてられませんね。なんとしても、食料をかき集めて船に満載してみせますよ」
アーヴィンは傲然と微笑み、自らの仕える女王に一礼する。
「他ならぬ善者ケインの頼みだ、ワシらドワーフも協力してやるから大船に乗ったつもりでおるんだな」
笑ってそういうバルカン大王に、アーヴィンはピシャリという。
「ではバルカン陛下は、しばらく酒を控えてもらいますか」
「なんだと!」
「酒造りに使う穀物や果物も食料に回したいので」
「ぬう、致し方あるまい。早く食料問題を解決せんと、ワシらのほうが先に干上がってしまうわい」
やれやれと肩を落とすバルカン大王の姿に、和やかな笑い声が広がる。
こうしてアルテナ同盟のすべての国が、バッカニアの民を救うために温かい支援を申し出るのを見て、海賊の三首領はもはや声もなく泣き崩れるのだった。
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