第153話「ベネルクス低地王国の危機」
突然土下座し始めたベネルクス国王ベルトに、ケインは慌てる。
「ベルト殿、どうか頭を上げてください」
「お話を聞いていただけるか」
「もちろん聞きますよ」
「ありがたい。実は我が国は、かなり困った状況に陥ってまして……」
ベルトが話し始めた、ベネルクス低地王国の危機とは、対岸にあるアルビオン海洋王国に軍事的に脅されているというものだった。
アルビオンは、世界最強の海軍を誇る海軍国家だ。
アルビオンの誇る無敵艦隊の軍勢に沿岸を包囲されては、ベネルクスは交易ができず干上がってしまう。
これまでも、アルビオンから脅しを受けてきたベネルクスであったが、この地域最大の大国、アウストリア王国の保護下に入ることで凌いできた。
それが今回に限って、アウストリア王国が援軍を出し渋っている。
「どうしてアウストリア王国は、援軍を出してくれないんですか」
「それは、おそらく先のドラゴニア帝国との争いのせいでしょう……」
ケインのおかげで世界大戦は避けられたものの、全国に兵を展開させた戦費は国家財政に重くのしかかっている。
金がないから、ベネルクスが如き小国のために、牽制の海軍を出せなくなったというのだ。
このままでは、北海の制海権をアルビオン海洋王国が握ってしまう。
「そんな事情があったんですか」
ケインにも無関係な話ではない。
国際情勢とは複雑なもので、陸で大国同士の
「そこで小国同士が助け合うアルテナ同盟の話を聞きました。こんな状況になってから助けを乞うのは、恥を知らないと言われても仕方がないのですが、どうか我が国も同盟の傘下に置いて守ってはくれないでしょうか」
ケインは少し考え込んだ。
小国を大国の侵略より救うのは、アルテナ同盟の意義に叶っている。
すぐに助けてあげたいのは山々だが、同盟として動くとなればドワーフやエルフ、獣人の国とも相談しなければならない。
また、海軍相手に何ができるのかとも考えてしまう。
だがそれでも、こうして一国の王が膝をついて頼んでいるのだ。
見捨てる訳にはいかない。
「俺ができることはなんでもしましょう」
「ありがたい、そのお言葉だけでもここまで来た甲斐があります」
だが、言葉だけでは人は救われない。
それは冒険者であったケインが一番よく知っている。
ケインがどうしたものかと真剣に悩んでいると、外から声が聞こえた。
「ケインただいま。お客さんが来てるんだって?」
バタバタと応接間に飛び込んで来たのはアナ姫だ。
他国の王が来ているというのに、まったく物怖じしない。
それもそのはずで、大国アウストリア王国の王族であるアナ姫は実質的に小国の王より立場が上なのだ。
しかし、礼儀というものはある。
「ちょっと、アナストレア殿下。相手は他国の王様なんですよ。それにただいまってなんですか、ここは殿下の家じゃないですよ」
そう言って、追いかけてきたエレナがアナ姫を止めようとする。
「あら、残念だったわね。この家はケイン王国の王宮でもあるんだから、
「ケインさん、こんなこと言わせてていいんですか!」
「ただいまでいいんじゃないかな。おかえりアナストレアさん」
ケインとSランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』の三人もすっかり仲良くなった。
いまではケインは、三人とも自分の娘のように思っているぐらいだ。
「やった! ほら、ケインは良いって言ったわよ」
「ケインさん。殿下をあんまり調子に乗らせると、あとで困ったことになりますよ」
「あんたこそ、さっきからなにを主婦気取りで偉そうに取り仕切ってるのよ」
「私はケインさんに家事を任されてますから!」
わーわー騒いでる二人に苦笑すると、ケインはアナ姫たちに続いて入ってきたマヤに声をかけた。
「マヤさん、また俺に知恵を貸してくれないだろうか」
そう言われて、マヤは魔法の杖を握りしめてフッと笑う。
「もちろんや。うちはケインさんの宰相やって言ったやろ。それに、ベルナルト・ベネルクス三世陛下。お久しぶりやね」
大賢者ダナの養女であり、大国アウストリアの相談役でもあるマヤは、ベネルクス国王とも面識がある。
「これは、久しいな。魔女マヤ殿」
「ベルナルト陛下が何を困っておられるのか、何を考えて宰相のうちを通さずにケインさんと交渉しようとしたのかも、だいたいわかっとるで」
そう言われて、ベルトは肩を落とした。
「……お恥ずかしいかぎりだ。だが、ケイン殿のほうが私より何枚も上手であった。そちらの申す条件はすべて飲むから、なんとか助けていただけないだろうか」
「ほう、陛下がそこまでおっしゃるんか。こちらとしても同盟にベネルクス王国を取り込むんは望むところやけど、それええんやな」
これよりベネルクス王国は、同盟の盟主であるケイン王国に従属するということだ。
ベルトは覚悟を決めてうなずいた。
「マヤさん、なんとかベルト王を助けてやって欲しい」
ベルトの側に立って、マヤに頼んでくるケインに、マヤは驚きを隠せない。
国際情勢はだいたい把握しているが、なんでこうなったのかまではマヤの卓越した知性でもわからなかった。
「しっかし、ケインさんには毎回驚かされるわ。なにをどうしたら、食えへんことで有名なベルナルト陛下をこんな風に屈服させられたんや」
「いや、屈服とか言われても、俺はベルト殿を助けてあげたいだけだから」
何もわからないままに、交渉を上手く進めてしまったのか。
マヤは、バッカニアの海賊を取り込んだ報告をしにきたのだが、ベルトがケイン王国に保護を求めてきたなら、上手く繋げられるかもしれない。
「ケインさんは、やっぱり面白いな。さて、それじゃみんな、今回はアルビオン海洋王国の野望を打ち砕くで!」
マヤがそう杖を掲げて叫ぶと、話もろくにわかってないアナ姫やセフィリアも「おー」と拳を突き上げる。
「あ、でも私もこの熊鍋食べたい!」
せっかく話がまとまったのに、アナ姫がそんなことを言い出す。
「アナ姫ェ……いまうちが、カッコよく話をまとめたところやん」
ずっこけるマヤを見て、エレナは微笑みながら熊汁を配膳し始めた。
「皆さん帰ってきたばかりです。腹が減っては戦ができぬという言葉もありますでしょう。マヤさんもお食事になさってはいかがですか」
「しゃあないな、食ったら行くんやで!」
「わがっ……んぐ。わかったわよ」
アナ姫とセフィリアはもう、もぐもぐと食べ始めてしまっている。
なし崩し的に、食事会が始まってしまった。
「まったく。なんでこう毎回、この子らは締まらん感じなんやろ……」
「マヤも食べなさいよ。これ、すっごい美味しいわよ」
「はぁ、まあええわ。どのみちケイン王国だけで決定できる話やないから、ここはまずは同盟会議を招集するべきやろな」
自分もどっかりとソファーに腰を落ち着けたマヤは、各所に送るための手紙をしたため始めたのだった。
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