第148話「海洋の安全」

 神速の剣姫アナストレアと万能の魔女マヤは、ケインの港から沖合に出ていた。

 大量のモンスターが出現して、ケイン王国の交易船が危険に晒されたという報告を受けてのことだ。

 

「今日は、セフィリアは来ないの?」

「ああ、なんか今日は他に用事がちゅうことで……それ、どうやっとるんや?」


 アナ姫が、船も使わずにバシャバシャと海の上を走っている・・・・・・・・・


「ああ、これ? 足が沈む前に次の足を下ろせばいいでしょ。マヤはできないの?」

「できるかそんなもん!」


 神速で足を動かせると、船はいらないようだ。

 世界各地に残る、降臨した女神が海の上を歩いたという伝説は、もしかするとこんなふうにやっていたのだろうかとマヤは一瞬考えて。

 

 まさか、そんなことはないだろうとブンブンと頭を振るう(こんな感じで神様がバシャバシャやってたらイメージ台無しだ)。

 しかし、相変わらずアナ姫はやることが人間離れしている。

 

 魔法で浮かさないで済むから楽なので、マヤは気にしないことにした。

 すぐさま、海洋性の魔物たちの群れが見えてくる。


 交易船よりもずっと大きな海蛇に、触手を得意げに振り回してるイカの群れである。

 ざっと見ただけで大きいのが十数匹に、雑魚が百匹近くいる。


 良港になりえる湾がありながら、ヘザー廃地がこれまで見捨てられていたのは、こういう海洋性のモンスターの巣窟になっていたという理由もある。

 海の魔物は、まず船を破壊してから人間を襲うので、熟練の冒険者でもかなり厄介な相手だ。


大海蛇シーサーペントに、大王イカやな。あんなのに襲われたら船なんか一溜まりもないで」

「それにしてもすごい数ね。めんどくさいわ」


 しかし、そのモンスターの脅威も、海を走り回るアナ姫にとってはめんどくさいだけで済んでしまう。

 むしろ、アナ姫を相手にしなきゃならないモンスターの方が可愛そうなぐらいだ。


「全部潰さんでええで。いつものように、脅かして西側の海に追い払ったらそれでいいんや」


 ケインの港にモンスターが近づかなきゃそれでいいのだ。

 むしろ、商売敵しょうばいがたきであるアルビオン海洋王国の方に流れていってくれれば、経済戦争で優位に立てるというものだった。

 

「そっか、まあ適当に暴れてくるわね。これもケインのためだし、内助の功ってやつよね」

「いや、そりゃどうやろか……」


 ケインに好印象を与えたいなら、家で料理や家事でもしていればいいと思ったのだが、よく考えればアナ姫にはそんな女子力はない。

 だからといって戦闘力を見せても、何のポイントにもならないと思うのだが……。

 

 ケイン王国の管理運営を任されている宰相のマヤには、こっちのほうが都合がいいので黙っていることにした。


「張り切っていきましょう!」

「せやな!」


 マヤが杖を振るうと、火炎陣の魔法が炸裂する。

 海の上で炎の爆発が起こり、細かい雑魚が次々と爆風で弾き飛ばされていく。

 

 そこにアナ姫が突っ込んでいって、炎でも倒せない十数メートルもある大海蛇シーサーペントに飛びついて、頭からズバッと叩き切った。

 蛇には発声器官がないので、叫び声はあがらない。


 身体を真っ二つにされた大海蛇シーサーペントがのたうちまわって、ザッパンザッパンと海が荒れ狂う。

 モンスターもバカではないので、強敵の気配を感じ取って対応しようとしたのだが、あまりに遅かった。

 

 アナ姫に向かって触手を伸ばした大王イカは、その瞬間に大きな頭をグシャッと砕かれていた。

 

 ズバッ、グシャッ、ズバッ、グシャッ――

 

 そんな一方的な殺戮が繰り返されるうちに、海洋モンスターの群れ全体が敗走を始める。

 

「あ、ちょっと。あっちじゃなくて、向こうに逃げなさいよ!」

「アナ姫、うちが魔法で誘導するから大丈夫やで」


 マヤが小器用に、炎球ファイヤーボールを叩き込んで、群れの流れをコントロールする。

 後からアナ姫たちを追いかけてきたケイン王国軍の船が、後ろから矢を射掛けてさらに雑魚を倒していくが、まあこれはおまけのようなものだ。

 

 彼らの役割は、アナ姫たちが倒したモンスターの死体を回収することだ。

 小さなサイズの海蛇やイカは、普通に美味しく食べられるのだ。

 

 あまりにも育ちすぎてしまった大王イカは不味くて食べられないのだが、港まで牽引して細かく砕き、乾燥させて粉末にすれば畑の肥料として使える。

 ケイン王国は人口増加で食料は常に不足気味なので、資源は余すところなく使おうがモットーである。


「これでしばらく肉には困らないわね」

「せやな、イカ焼きも乙なもんやで」


 できればタコの化物も出てくれると、好物のたこ焼きが食べられるんだけどなあと思うマヤであった。

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