第149話「山の恵み」

 いつものようにクコ山に入ったケインは、所定の薬草を集め終えて一息つく。

 休憩といっても、普段なら倒木にでも腰掛けて水を飲んでいるだけなのだが、今日は弁当を持ってきている。


「これはまた、豪勢だ……」


 今朝、冒険者ギルドに寄ったときに受付嬢のエレナさんに呼び止められて、恥ずかしそうに渡してくれたものだ。

 弁当箱にたっぷりと詰まっていたのは、ソーセージがパンに挟まっているホットドックだ。


 茹でたほうれん草が添えられたタラのムニエルまで入っている。

 とてもありがたいのだが……。

 

 ここでケインがもう一つ取り出したのは、サンドイッチの包みである。

 こっちは、家を出るときにセフィリアが持たせてくれたものだ。

 

「ありがたいけど、とても食べきれないよなあ……」


 弁当がかぶってしまうとは思わなかった。

 せっかくのご厚意だから、できるかぎりいただこうと思ったのだが……。

 

「ふう。どっちもとても美味しいけど、やはり食べきるのは無理か」


 いつもなら、いくらでも食べてくれるテトラが狩りに一緒に付いてきてくれているのだが、こんな日に限って留守である。

 テトラは現在、アウストリア王国から独立した獣人の国の女王をやっており、その仕事に出向いてるのだ。

 

 最初はケインに王様をやってほしいと獣人たちは頼んできたのだが、さすがに二国も面倒みきれない。

 それならばと、ケインの使い魔である聖獣人のテトラにお鉢が回ってきた。

 

 あくまで暫定的な措置で、いずれはテトラの子供ができたら、その子に正式な王になってもらおうと獣人の族長たちは話し合っていた。

 なんで正式な王がテトラの子供なのか、ケインにはよくわからないが、そこは獣人たちなりの考えがあるのだろう。

 

「しかし、食べ物が余ってるなんて贅沢な話だ」


 弁当のことだけではない。

 アルテナの加護があるお陰か、クコ山では今年は山菜やキノコが大豊作であった。

 

 いつも群生してる場所があるのだが、高級食材のアミガサタケもたくさん見つかったし、倒木に生えているヒラタケやブナシメジに至っては、もう取り切れないほどだった。

 まるで、山全体が食べ物の宝庫のようだ。


 天然の甘味である、ラズベリーやブラックベリーもどっさりと採れた。

 教会の孤児院の子供たちの大好物なので、持っていってやればどれほど喜ぶだろうと嬉しくなり、調子に乗って気がついたときにはカゴいっぱいに採りすぎてしまった。

 

「うーむ、どうしたものか」


 さすがに、こんなにたくさんは抱えて持っていけない。

 手間になるが一旦荷物を置いて、山のふもとまで往復して運ぶかと思ったそのときだった。

 

「あるじ!」


 ガサゴソと音がして、草むらから真っ白いもふもふのたてがみの聖獣人が飛び出てきた。


「ああ、よく来たね。ちょうどテトラのことを考えていたところだよ」

「そ、そうなのか! あるじが我のことを……」


 テトラが縞柄の尻尾を立てるのは、機嫌の良い証拠だ。

 いつものように機嫌よくケインの胸に飛び込んで来るかと思ったら、テトラがもじもじと恥ずかしがってこっちに来ない。


 どうしたんだろう。

 食べ物でもあれば元気になるかと、ケインは荷物から弁当の残りを差し出した。


「サンドイッチが余ってしまったんだけど食べるかい」

「もちろん食べるのだ!」


 テトラがケインの差し出したタマゴとハムのサンドイッチに飛びついて、もきゅもきゅ食べ始める。

 可愛らしいものだ。

 

 いつものテトラだなと、ケインは安心する。

 これで弁当も片付いて、少しは荷物が軽くなったとケインが笑ってみていると、テトラに遅れて獣人の戦士が二人飛び出てきた。

 

「やあ、ワッサンにリグルじゃないか」


 二人は、ケインもよく見知った獣人たちだった。

 身体の大きな熊獣人ワーベアーの槍使いのワッサンと、犬獣人ワードックの女戦士リグルである。


 もとはCランクであった二人も、いまや竜殺しの称号を得ている戦士だ。

 特訓中にケインの供回りとして活躍した経験を買われて、種族の代表者として女王テトラの護衛役を務めるまでになっている。


「王様、お久しぶりです!」

「うん。今日はどうしたのかな」


 そう尋ねるケインに、ワッサンが背負っていた大きなビーストボアーをどっこいしょと下ろしてみせる。


「王様、見てくださいよ。俺たちで、この大猪を狩ってきたところです」

「獣人の国に運ぶんですよ」


「こりゃすごい大物だ。三人ともご苦労様だね」


 テトラは形だけの女王という話だったが、そうみんなに呼ばれてしまうと責任感が芽生えたのか、こうしてときどき獣人の国の食料調達に協力しているのだ。

 ちなみにケインはまったく気がついていないが、使い魔のテトラが護衛についていない間は、持ち回りで黒鋼衆が密かに周りを警護している。


 魔の谷での食料調達を終えて、途中にクコ山に立ち寄ったという形だが、ようは三人ともケインに褒めてもらいにきたのである。

 ワッサンも、リグルも、尻尾を振ってケインに近づいてくる。

 

 獣人たちの社会には、独特のスキンシップというものがある。

 こういうときは、目上の者が頭を撫でて褒めてやるのだ。

 

「よしよし、二人ともがんばったね」


 ワッサンの硬い毛皮を力強くワシワシと強めに撫でて、リグルの柔らかな毛皮は優しく撫でてやる。

 しばらく一緒に修行してたので、獣人たち扱いも慣れたものだ。


 嬉しそうに撫でられていたが、ケインは二人の手足に擦り傷ができてることに気がつく。


「おや、リグル。怪我をしてるじゃないか」

「い、いえ。こんなのかすり傷でして……」


 その程度の治療なら、ケインはお手の物だ。

 すぐに薬草をすり潰して、リグルやワッサンの傷ついた腕や足に塗って手当する。


「王様、こんなの唾つけとけば治りますよ」

「小さい傷から毒が入って病気になったりすることもあるんだよ。ちゃんと薬草で手当てしておいたほうがいい」


 二人が褒められて、怪我の治療までしてもらってるのを見て、サンドイッチを食べていたテトラが慌てて割り込んでくる。


「あ、あるじ! 我も手当して欲しいのだ」

「手当といっても、テトラは怪我はないみたいだけど」


 聖獣人であるテトラの身体は丈夫過ぎるぐらいなので、この程度の狩りで傷を負ったりはしていない。


「えっと、じゃあ……足に少し痺れがあるのだ!」

「そうか、ちょっと見てみよう。疲れたのかもしれないね」


 ケインは、疲労回復の効果がある薬草をすりつぶして、テトラが痺れたという太ももに塗ってやる。

 すると、いきなりテトラがおかしな声を出した。


「ひゃうっ!」

「えっ、どうしたの?」


「く、薬が効いてきただけなのだ」

「そんな激しい効き目はないはずなんだけど、大丈夫かな」


 気休め程度の薬なのだがと、ケインは逆に心配になる。

 うーんと、確かめるようにケインがテトラの太ももをさすってやると、その度に「ふうっ、くうっ……」とテトラは唸って、するっと縞々の尻尾がケインの腰に巻き付いてくる。

 

 ケインに巻き付いて、さらにバタバタと激しく上下してる虎の尻尾を見るに見かねて、ワッサンが口を出す。

 

「王様。俺が言うのもなんなんですが、テトラ様をもうちょっとこう、女としてみてあげるというのはどうですかね」

「えっ、どういうこと?」


 いきなりそんなことを言われて、ケインは不思議そうな顔をする。

 実は、近頃テトラの様子がおかしいのには理由があったのだ。

 

 テトラは、獣人の族長たちに「ケイン様との間に子が生まれたら、獣人の国の王にしましょう」と言われてから、変に意識してしまっているのである。

 じれったいので、もうそれをケインに教えてしまおうとするワッサンの口を、顔を真っ赤にしたテトラは飛びついて塞いだ。


「コラ! 余計なことを言うな!」

「んぐぐぐ!? んぐっ!」


 人並み外れて図体の大きい熊獣人であっても、聖獣人のテトラに押さえ込まれては堪らない。

 ワッサンは顔を真っ青にして、のたうち回っているが一向にテトラの手は剥がれない。


 滑稽で笑ってしまいそうになるが、このままだとワッサンが落とされてしまう。

 ケインは、すぐリグルと顔を見合わせると、二人でテトラを落ち着かせてワッサンを助け出してやった。

 

「はぁ、王様助かりましたよ……」

「お前が変なことを言おうとするからそうなるのだ!」


 なんだかよくわからないが、獣人たちも大変なんだなあとケインは眺めていて、そうだと思い出す。


「いま食べ物をたくさん採ったところなんだよ。ついでに、持って行ってくれないか」


 ケインが籠いっぱいに集めてきた食料を見せると、リグルが喜んだ。


「私たちは、野菜はちょっと苦手ですが、果物や肉厚のキノコならば好物ですよ!」

「そりゃよかった。キノコ汁にすると美味しいよね」


 ケインがそう言ったので想像したのか、リグルがぺろりと舌なめずりして、いやいやと頭を振るう。


「しかし、王様が手ずから取られた貴重な食料を、何の対価もなくもらうわけには……」

「とても一人では食べられないんだから、もらってくれると助かるよ」


 むしろ、こんなに運びようもないし、もらってくれないと困るとケインはキノコのたっぷりはいった籠をリグルに渡す。


「あ、あの……」

「もらってくれる人が喜んでくれるなら、それが何よりの対価だよ」


 ケインの人の良い笑顔につられて、リグルも微笑んで茶色の尻尾を揺らす。


「はい! 王様からのいただき物だと、皆に言い聞かせて感謝していただきます!」

「いや、そんな大げさに考えなくても、ああそうだ。セフィリアから怪我の治療に使える回復ポーションもたくさんもらってたんだった」


「いえ、そこまでしてもらうわけには!」

「また君たちが怪我したらいけないからね」


 そう言われると、リグルも断れず押し抱くようにポーションを受け取る。


「王様、それではありがたく……私どもでできることでしたら、なんなりとおっしゃってください」

「その気持ちだけで十分だよ」


 持ってる物をすぐ人にあげてしまうのは、相変わらずのケインであった。

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