第141話「約束」
アルテナ同盟軍、総勢五万三千五百の軍勢が古の森を出たところで、千五百ほどの人族の軍勢が姿を現した。
よもや侵略を狙う帝国軍が、ここまで迫ってきたのかと思ったが、違うようだ。
「おーい、ケインさん!」
集団の先頭で手を振っているのは、流星の英雄(自称)アベルと、Aランクパーティー『流星を追う者たち』のメンバーだ。
「アベルくん、これはいったい……」
「みんな、ケインさんの同盟に賛同して手助けしに来たんだよ!」
どうやら、アベルが呼びかけてエルンの街周辺で義勇軍を集めてくれたらしい。
先頭を固めるのは、エルンの街の冒険者ギルドのメンバーが多い。
「戦争が起こっては、冒険どころではないからな。我らも義を持って助太刀いたすぞ」
そう言ったのは、Cランクパーティー『熊殺しの戦士団』を率いるランドル。
そうして、その隣で覆面の大剣使いも頷く。
「……」
目立って参加するのは、立場上マズいと思ったのだろう。
冒険者たちの後には、クコ村やトチ村、ギザ村など、ケインに助けられた村々の人々が続く。
「いまこそケインさんに恩を返すときだろうと、そう思ってな」
「私どもも、ケイン様のために働きますぞ!」
「ありがとう、みんな……」
感謝するケインよりも、笑みを深めたのはマヤであった。
「これは、心強い味方やな」
「そうだね。本当にありがたいことだ」
呼びかけたアベルも、同盟の盟主であるケインも、王国の村々が同盟軍に参加するという重要な意味がわかってないのだろうなとマヤは思う。
戦争といえば貴族が行うもので、領主に強制されたわけでもないのに、王国の民衆が自らの意思で戦争に関与するのは、これが歴史上初めてのことだ。
その事実は、封建体制の足元を揺るがしかねないもので、王国に強烈なインパクトを与えることになるだろう。
これは全て、民衆より生まれ求められた英雄、善者ケインの看板がなければ成し得なかったこと。
ここまでケインを盛り立ててきたマヤは、自分たちが歴史を動かしつつあるのだという実感に、喜びを隠し切れなかった。
「ケインさん……」
そう遠慮がちに声をかけたのは、冒険者ギルドの受付嬢エレナだった。
戦闘には向いていないエレナまで付いてきたら危険だ。
「今から行くのは戦地ですから、エレナさんは付いてきちゃ危ないですよ」
「少しだけ、お話できませんか」
アベルが連れてきた王国の義勇兵を同盟軍の陣に加えるさなか、木陰で二人は話をする。
「エレナさんも、ギルドで冒険者の取りまとめで尽力していただいたようで、ありがとうございました」
「本当は私、ケインさんを止めたかったんです!」
「エレナさん……」
「ずっと前から心配だったんです。みんながケインさんに期待を押し付けて、ついに戦争を止めるなんて危険なことに……」
エレナは、碧い瞳に涙を浮かべている。
あたふたとケインは、荷物を探してハンカチを差し出した。
「あ、あの……」
「ごめんなさい。みんなが頑張ってる時に、勝手なことばかり言って、でもケインさんが無理してるんじゃないかってずっと心配で」
受け取ったハンカチで涙を拭くエレナ。
「分不相応なことをしてるとは、自分でも思ってます。でも、これは俺にしかできないことみたいだから、最後までやり抜こうと思います」
ケインは、装備している
アルテナが、ここまで導いてくれた道なのだ。
「なんだか、ケインさんがどんどん遠くに行って、もう戻ってこないんじゃないかと思って、私……」
「これが終わったら、エルンの街に戻りますよ。だからエレナさんは、街で待っててください」
アルテナが眠る土地から、自分が離れられるわけがない。
そう微笑むケインに、エレナは潤んだ碧い瞳を輝かせる。
「本当ですか!」
「もちろんですよ。俺の戻る場所は、あの家しかありません。それに、俺がいなくなったら誰がギルドに薬草を納めるんですか」
「それでは、私はケインさんのお帰りをずっとお待ちしてます。あの家で!」
人々の祈りと共に、ケインが率いるアルテナ同盟軍は進む。
しかし、その時すでに帝国軍と王国軍が睨み合っている国境、北守城砦では恐ろしい災厄が巻き起こりつつあった。
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