第140話「アルテナ同盟結成!」
約束の期日まで、みんなは各地を回って同盟への説得を粘り強く行った。
そうして一ヶ月後、約束通りエルフとドワーフは会合の地である国境線の村へと集まった。
おりしも帝国では軍を国境線へと集める動きが活発化しているという。
それに対し、ドワーフの国が集めた軍勢は戦士主体の三万。
エルフの国は弓兵主体の軍勢を二万。
ケイン王国は、獣人戦士が主体の軍にフランベルジュ傭兵団や黒鋼衆を加えて、三千五百の軍勢をかき集めた。
これだけの兵力が一つとなれば、大軍勢でぶつかり合うであろう帝国と王国の間でも十分にキャスティングボードを握れるはずだ。
大軍が動くということで、村の周りでは兵糧や物資を満載した馬車が次々と連なり、まるで祭りのような活況になっている。
首脳陣である族長たちが続々と集まる会場で、ケインはやってきたアーヴィンを見て驚いた。
「アーヴィンさん、どうされたんですか?」
アーヴィンが、腕に巻いている包帯に血が滲んでいた。
「いや、たいしたことじゃありません」
傍らにいたエルフの女王ローリエが説明する。
「アーヴィンは先程までずっと説得にあたってたんですが、反発する村人に切りつけられてしまったんです」
「ええ! 何があったんですか?」
「国境の村では、ドワーフとの争いで家族を失った人もいますから……。それでもアーヴィンは一歩も引かずに、『あなたのような人を、これ以上増やすつもりなのか』と説き伏せてしまいましたよ」
「そうでしたか。アーヴィンさん、ありがとうございます」
アーヴィンは、「この程度のことは、本当になんでもありません」とつぶやいて、恥ずかしそうに苦笑した。
長年の宿敵であるドワーフとエルフを調停するのは、生半可な覚悟ではできないことだ。
一番難しい説得にあたっていたアーヴィンに、どれほどの苦労があったのか。
ケインは、頭の下がる思いがした。
アーヴィンはバルカン大王やケインに誓ったとおり、意見の取りまとめという大役を命がけで成し遂げたのだ。
「そういう立派なところを、シルヴィアお姉様が居る時に見せられたら評価も変わったと思うんですけどねー」
「ローリエ陛下、からかわないでくださいよ」
そう言って笑い合う二人に、ケインも微笑む。
ドワーフの側もバルカン大王が到着して、そろそろみんな揃ったなというあたりで、いきなり空から魔女マヤの声が響いた。
「ケインさん、心強い味方を連れてきたでー!」
何だあれはと、みんなは空を見上げてざわめく。
マヤが連れてきたのは、空を浮遊する老賢者の一団だった。
会場の真ん中に降り立ったのは、七人の老賢者。
「マヤさん、この人たちはもしかして……」
「お察しの通りや。サカイの賢人会議も、この同盟にオブザーバー参加させてもらうで」
それぞれが魔術の粋を極めた魔術師であり、その頭脳は世界最高とも噂される
どこの国にも仕えず、在野にいて時には国の危機を救い、時には王に助言を与える生ける伝説である。
彼らは、意外にもそれぞれが
大賢者たちは、ローリエやバルカン大王にも挨拶してまわり、そして最後にケインのところにもやってきた。
「ほぉ、あんたが善者ケインか。娘がお世話になっとるな。賢人会議の代表ダナ・リーンや」
「あなたが、あの伝説の大賢者ダナ様ですか」
ダナ・リーンは、まさに大賢者にふさわしい風格の長い白ヒゲを垂らした老人である。
澄み切った瞳は全てを見透かすようで、いたずらっぽい微笑みはどこか子供のようにハツラツとしている。
「ハハ、どうも『伝説の大賢者ですか』なんて聞かれたら、そうやでとは言いづらいなあ」
「お父さん、自分らのことを賢人会議って自称するのも、ちょっとあれちゃうか?」
半笑いのマヤが、思わずツッコミを入れる。
「そりゃそうや。でも、自分らのパーティーに『高所に咲く薔薇乙女団』なんて御大層な名前付けとるやつに言われとうないなあ」
「名前には箔を付けるんが大事やって言ったんは、お父さんやんか!」
そういって、大賢者ダナとマヤは父娘は笑い合っている。
なんだか、
大賢者ダナは、とても不思議な人であった。
ケインは、マヤも父親の前だと子供っぽくなるのだなあと微笑ましく思う。
「さてと、我々賢人会議を快く同盟に迎えてくれて感謝するで」
真面目な顔をして、そう提案する大賢者ダナ。
「お力添えは、大変ありがたいことです。でも、アウストリア王国の大賢者であるあなた方がこっちの同盟に参加してもよろしいのですか」
今回の動きは、帝国の侵攻を止めようというものだが、必ずしも王国に味方するというわけでもないのだ。
王国の側が侵略戦争をしようとしたら、同盟はもちろん止めるつもりである。
「もちろん、かまわんさ。うちの娘に聞いたら、ケインさんも王国民って話やんか。それでも、王国が間違ったことをしたら、それは正さないかんと思わへんか?」
「そのとおりです!」
ケインが思ってることを、しっかりと言葉にしてくれる。
やはり、この人は大賢者なのだとケインは思った。
「だからうちら賢人会議は、王国の官位は受けんのよ。まったく、このアホ娘はあれほど注意せいって言ったのに、あの陰険宰相に簡単に取り込まれよって」
「せやかてお父さん!」
大賢者ダナの前では、魔女マヤも形無しである。
「ケインさんも、宰相に取り込まれんように気をつけてな。ディートリヒ陛下は、肝心な時にあかんたれになるだけで悪い人間ではないが、マゼラン宰相は喰わせもんやからな」
「ありがとうございます」
大国の宰相が自分など相手にするとも思えないが、大賢者ダナが自分を心配してくれたのだ。
ケインは忠告を心に刻む。
会談の中央にいる、バルカン大王がケインを呼ぶ。
「善者ケイン。全員揃ったことだし、そろそろ盟約を取り結ぼう。中央に来てくれ」
「え、俺は端っこでいいんですが……」
「今更何を言っとるか。おぬしが言い始めた同盟だろうが」
「そうですよ。まずケイン様が、最初に署名してくれないと始まりません」
バルカン大王と、ローリエに呼ばれてど真ん中に座らされるケイン。
盟約は単純明快だ。
弱きを助け強きをくじく。
エルフ、ドワーフ、獣人のみならず、ケインたちやサカイの七賢者も署名していく。
思いを同じくする者ならば、誰でも加われる。
あらゆる大国の横暴に対して、協力して事に当たる攻守同盟である。
「この盟約の名前は、どうすればいいかの」
「ケイン同盟でいいと思いますー」
ローリエがそう言い出したので、ビックリする。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。さすがに、俺の名前は困りますよ」
「だって、ケイン様が盟主ですよ。そうじゃないと、収まりつきませんよ」
困ったなと左右を見回すと、聖女セフィリアと目があった。
手に持って差し出しているのは、善神アルテナの神像である。
なるほど、そういうことか……。
「アルテナ同盟にしましょう!」
「おお、なるほど。おぬしを加護する、善神の名か!」
「いい名前ですね。こうしてエルフとドワーフが長き争いを止められたのも、善神アルテナ様の導きということでー」
アルテナの名を冠した同盟が大戦争を食い止めて、多くの人に感謝されればまた信仰心を集めることもできる。
絶妙のアイデアを思いついてくれたセフィリアに、ケインは感謝した。
「よし、これにて盟約はなった!」
「それではこれより、侵略戦争を起こそうとする帝国に対抗して軍を起こしましょうー!」
万雷の拍手の中で、みんなの心は一つにまとまった。
ついに、アルテナ同盟が世界の危機を止めるために動き出したのだ。
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