第124話「特訓開始!」

 獣人の戦士団が続々と現地入りする中、ケインは訓練メニューを現実的なものに切り替えた。

 二十年冒険者を続け、様々な職種の冒険者を見続け、孤児院の子どもたちに訓練した経験もあるケインの指導は的確であった。


 生ぬるいと将軍であるアナ姫が文句を言うかと思えば、指導者として活躍するケインを見て、満足げなのでみんなホッとする。

 アナ姫の悪魔のような訓練の後では、ケインの優しい指導は神様のように見え、獣人たちはみんな地獄から救われたと感謝した。


「じゃあ、私は港の方で新しい訓練の準備をしてくるからあとから来てね」


 アナ姫が機嫌よく言って先に行く。

 訓練の準備という言葉に一抹の不安をいだきながらも、ケインはみんなに呼びかける。


「よし、じゃあみんな港まで行こう。冒険者には持久力も大事だから、ちょうどいい訓練になる」


 重い武具を身につけたままでの行進訓練であった。

 いつにも増して張り切っているケインは、後に続く者たちに気を配りながらテキパキと動く。


 その献身的な姿に、獣人たちは感嘆の声を上げる。


「王様はやっぱりすごいな」

「ああ、あんなに動いても息を切らしていない。さすがはケイン王だ」


 ヘザー廃地はやたら無駄にだだっ広いので、無類の体力を誇る獣人たちでも港まで行くのに息が切れる。

 そんな中で、見事に群れ全体を率いたケインに獣人たちは感服した。


 ケインの動きがいいのは、装備している剣や鎧がミスリル製で軽く、さり気なく後ろから聖女セフィリアが回復魔法をかけているからでもあったのだが。

 Dランクとはいえ、冒険者として山歩きを二十年してきた成果でもあった。


 ケインが積極的に訓練に参加しているのは、もともとが真面目な性格ということもあったが、前の戦闘で守られてばかりだったからでもある。

 アルテナから神剣を授けられた自分にも、何かやるべきことがあるに違いないと、ケインはそう考えているのだ。


 もともと地道な訓練は、ケインのもっとも得意とするところだった。

 獣人たちを訓練して強く鍛えようとする剣姫アナストレアも、やり方はもうちょっと考えたほうがいいとは思うが、間違ってはいないとケインは考えている。


 厳しい世界で生き抜くには、何よりも自活して生きる術を持たなくてはならない。

 底辺冒険者として長らく生きてきたケインは、そのことをよく知っている。


 自分を慕ってくれる獣人たちのために、できる限りのことをしてあげたい。

 その純然たるケインの善意は、ともに身体を動かす獣人の戦士たちに強く伝わった。


 この短い時間で、獣人たちは本当の意味で、ケインの兵となったのだ。


「みんな、ゴールだよ」


 やがて、目的地であるケイン湾が見えてきた。

 良港になる可能性を秘めながら、まだほとんど整備も進んでいない港も、ケインの港と呼ばれている。


 獣人たちが口々に、ケイン湾だとかケインの港だとか言っているのを聞いて。

 何にでも自分の名前をつけるのは、恥ずかしいから止めてもらおうとケインは思った。


 そう言っても、いい名前が思いつくわけでもないのだが。


「お父さん、おつかれさまー!」


 なんと、港ではケインの娘であるノワが待っていた。

 厳しい行進訓練のあとに身体を休めるべく、飲み水や食べ物なども用意されている。


 どうやらノワと一緒にいる魔女マヤが用意してくれていたらしい。


「ああ、ありがとうノワ。みんな、喉が渇いているだろうけど、運動後に水を飲むときはゆっくりとね」


 獣人たちに、一気飲みしないようにやんわりと注意する。

 ケインも、ノワが差し出す水を噛んで含めるようにゆっくりと飲む。


 身体を激しく動かした後に、がぶ飲みすると良くないことを知っているのだ。

 ベテラン冒険者らしい細やかな配慮であった。


「お父さん、美味しい?」

「ああ、一息ついたよ。これは、ルルドの聖水だね」


 口当たりが良く、ほのかな甘味があって疲れ切った身体に染み渡る。


「うん、飲んでも身体にいいって」

「そうか。こんな良いものを送ってくれているローリエさんに感謝しないとな」


 食事の用意もできていて、港の工事現場に用意されているバーベキューセットで肉を焼き始めているが、そこに一味付け加えるエルフの粉も古の森から運ばれたものだ。

 肉の焼ける香ばしい香りが、食欲をそそる。


「お父さん、ノワの焼いたお肉」

「ああ、美味しいよ。ありがとう」


 本来なら、みんなヘトヘトになって食事など喉が通らないはずだったのだが、ルルドの聖水の効果なのか、みんな元気に旺盛な食欲を見せた。

 厳しい訓練も終わり、和気あいあいとした空気でみんながホッとしたそのときだった。


「みんな、揃ってるわねー!」


 遠くからでも聞こえる、よく通るアナ姫の声。

 そう、これはアナ姫の指示した訓練なのだ。


 行軍だけして終わりになるわけもない。

 しかし、声はすれども姿は見えず、みんながキョロキョロと辺りを見回してもアナ姫の姿はどこにも見えない。


 ようやく、一人の獣人が叫んだ。


「あの船の上だ!」


 なんと、ケイン湾の真ん中に大型のガレー船が停泊していたのだ。

 乗組員が二百人も乗れるような、ロングシップだった。


「アナ姫ェ、今度は何をやらかしてきたんのや!」


 血相を変えて飛行魔法で飛んでいったのは、マヤである。

 もし、他国の船を適当に拉致ってきたりしたら戦争になってしまう。


 本当はアナ姫だってそこまで無茶はやらないのだが。

 マヤに、それぐらいやりかねないと思われるあたりが信用のなさであった。


「大丈夫よ。ほら、よく見て。捕まえたのは海賊船だから」


 マストには、ボロボロになったドクロマークの旗がたなびいている。

 よく見れば、船にもアナ姫にやっつけられた海賊たちの死体が散乱していた。


 船を漕がされているのは、海賊に捕まって無理やり働かされてる水夫たちなのだが、もちろんアナ姫の言うがままに港まで漕いできている。

 アナ姫に逆らったら、海賊に逆らうより恐ろしい目に遭わされるのは明白なので、水夫たちも必死だった。


「しかし、海賊船なんてよく見つけたもんやな」


 広い海で小さな海賊船を見つけだすなど、ほとんど不可能に思えるが。

 アウストリア王国領の盗賊を絶滅させたアナ姫なら、やってのけてもおかしくない。


「ドラゴニアの竜騎士を倒さなきゃいけないんだから、演習にちょうどいい相手だと思って」

「どういう意味や……」


 アナ姫が指差す方向を見て、マヤは絶句する。

 水平線から姿を現したドクロマークの旗をたなびかせる大量の船団は、ドラゴンならぬ船首に竜の彫り物がされた大型のドラゴンシップ!


 アナ姫に味方の補給船を拿捕されて、怒り狂った海賊船団が十数隻もケイン湾に攻め込んできたのだった。

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