第123話「大陸最強の部隊を目指して」
一方、アナ姫を追ってケイン王国へと向かうケイン一行は、途中ドワーフの国に立ち寄る。
ジークフリート皇太子との戦闘で折れてしまった、青髪ツンツン頭のアベルの流星剣を直してもらうためである。
ケインの口利きで、バルカン大王を紹介してもらったアベルは不安そうに尋ねる。
「直るだろうか……」
「ワシを誰だと思っておる! ふん、まあいい。他ならぬ善者ケインの依頼だしな。隕鉄を使った剣とはなかなか面白いではないか。酒でも飲んで待っておれ、前よりいい剣にしてやるわい」
そうして物の一時間で、流星剣は折れた刀身が綺麗に直り、前より立派な見栄えになった。
アベルは、感激の声を上げる。
「ケインさんありがとう!」
「いや、礼ならバルカン大王に言ってよ」
ケインは紹介しただけだ。
アベルは、何度も大王に礼を言っていた。
それを鷹揚に受ける大王は、これからも流星剣の手入れをしてくれると請け負ってくれた。
名高い武具の手入れは、世界一の名工であるバルカン大王の仕事でもあり、道楽でもある。
相手が誰であろうと、自分が槌を振るうに足る仕事と認めれば引き受けてくれるのだ。
「おお、そうだケイン。あのやんちゃ姫のところにいくんだろ」
アナ姫のことを言っているのだろう。
ケインは「そうですね」と頷く。
「そろそろワシのところに来るように言っとけ、どうせ無茶な使い方ばかりしておるのだろうから、『
「はい、必ず伝えます」
ここにも、アナ姫を心配してくれる大人がいるのだ。
自分も力になってやらなければとケインは思う。
※※※
ケイン一行が、ヘザー廃地の街へと入るとアナ姫の特訓を受けていた獣人たちが、ケインに殺到した。
「助けて王様!」
「ケイン王、もう私たち、限界です……」
頑強な獣人たちが、みんな土に汚れてボロボロのヘトヘトになっている。
「何よ、まだスクワット千回も終わってないじゃない!」
ケインが尋ねる。
「アナストレアさん。一体、何をやったんだい」
「何って、ちょっと訓練を……」
ちょっと訓練で、獣人が泣き叫んで悲鳴を上げるはずがない。
マヤが尋ねる。
「一体何をやらかしたんか言ってみい」
「ただのウォーミングアップよ。腕立て伏せやスクワットを一万回ずつしろっていっただけで」
「一万回ってアホか! どう考えても無理やろ!」
王国兵士の訓練でも、百回もやれれば上等だ。
アナ姫なら、一分もあればできるとか言われても、神速の剣姫と同じことをやれと言われたら兵が死んでしまう。
この辺り、凡人の限界を知らないアナ姫の恐ろしさである。
「だって、まだ千回もやってないのよ。これじゃ、ほんとの訓練に進めないわ」
「せ、千回!」
アナ姫に尻を叩かれて千回近くやった獣人たちは、むしろかなり頑張った方といえる。
完全なオーバーワークだ。
見るに見かねた聖女セフィリアが、へたっている獣人たちに回復魔法をかけてやっている。
「アナストレアさん。千回はやりすぎなんじゃないかな」
ケインがたしなめる。
周りの獣人たちが、ブンブン首を縦に振っている。
「うー、でも一万回ぐらい軽くこなしてくれないと困るわよ。みんなには、ドラゴニアの竜騎士団より強くなってもらわないといけないんだから!」
そう言われて、マヤが気がつく。
「話はわかった。うちがアナ姫一人では戦争に勝てへんって言ったから、ドラゴニアの竜騎士団に勝てる戦力を作ろうとしたんやな」
アナ姫に不用意なことを言うべきではなかったと、マヤはため息をつく。
ドラゴニアの竜騎士団は、本国に五千も六千もいるのだ。
たった百人の獣人を特訓で少しばかり強くしたところで、勝てるとも思えない。
「ちょっと、そこの駄虎!」
「テトラだ!」
「何でもいいわよ。うちの獣人隊って、冒険者ランクで言うとどのくらいよ」
「うーん、我がAランクなので、平均してCランクくらいだろうか」
「じゃあ、全員Aランクになってもらうわ」
「な、何を言ってるのだ」
「テトラ。あんたは、まずSランクになりなさい」
「あるじ、あいつ怖い!」
「アナストレアさん、それは無理があるんじゃ……」
ケインが説得しようとする。
「これは、あんたたち獣人にもいい話なのよ。ドラゴニアの竜騎士団にも勝る戦力となれば、獣人の国は独立できるわ」
その言葉に、みんなの獣耳がピクリと動いた。
「独立……」
「獣人の国が?」
「そうよ。あんたたちは、王国に支配されて悔しくはないの?」
「そりゃ、悔しいですよ」
「王国の横暴な役人や兵士がいなくなってくれれば、どれほどいいか……」
「じゃあ、強くなりなさい! 私があんたたちを強くしてあげるわ。したいことがあるんなら、自分の力で成し遂げるべきなのよ!」
獣人たちに王国からの独立を呼びかけるアナ姫に、マヤがビックリする。
「アナ姫、何を言っとるんや。仮にもアウストリア王国の王族やろ!」
「もうあんな国、捨てたわ! 私は勝手なことを言う王国の言いなりになんか絶対ならない! みんなはどうなの!」
アウストリア王国の王族であるアナ姫が、国を捨てたと言ったのだ。
その情熱は、獣人たちの心に火をつけた。
「お、俺はやるぞ! もう悔しい思いはしたくない!」
「将軍、私たちは独立したいです。もう一度、訓練をお願いします!」
あまりに厳しい訓練に、逃げようとしていた獣人たちが、もう一度やる気になった。
やることなすこと無茶苦茶だが、やはりアナ姫は天才なのだ。
ここを煽れば、人が闘志を燃やすというポイントを本能的に理解している。
「よーし、その意気よ! 獣人の国の独立、この神速の剣姫アナストレアが請け負ったわ!」
この独立の流れに、王国の高級官僚でもあるマヤは危機感を感じる。
「なんちゅうことや。ケインさん、なんとか言ったって……」
「俺も、アナストレアさんの言うことは基本的に間違ってないとは思う。獣人たちが虐げられてる現状をなんとかできないかとずっと思っていた」
それは、この前の旅でつぶさに見てきたことだ。
支配される獣人たちは、駐留する王国軍によって何度も苦渋を強いられている。
獣人たちの生活をなんとかしてあげたいと思っていたのは、ケインも同じだった。
「なんや、ケインさんまで! またうちだけ悪者なんか!」
もうマヤは、このパターンは懲り懲りだった。
「マヤさん、今の王国のやり方も良くないんじゃないだろうか。間違いがあるなら、正しく改めるべきだと思うよ」
古の森の南側に住む獣人たちを力で支配している王国のやり方も、アナ姫に無理やり結婚を押し付けるのも良くはないとケインは思うのだ。
それに獣人たちが住んでいるのは、ケインがよく知っているキッドが治める領地だ。
国王陛下だって、話せばわからない人ではないだろう。
もう少しまともなやりようがあるはずだと、ケインにも思えた。
アナ姫は、ケインに駆け寄って高らかに叫ぶ。
「みんな、王であるケインも認めてくれたわ!」
自分たちの王が、獣人の国の独立を考えてくれていると大歓声があがる。
獣人たちのやる気は、なおいっそう高まった。
「よーしやるぞ!」
「俺たちの力で、独立を勝ち取るんだ!」
「テトラ、あんたはどうよ」
「我は、あるじに従うのみ!」
「じゃあ、セフィリアは?」
「ケイン様がそうおっしゃるなら、私も手伝いましょう」
流れは完全に、獣人の国を独立させる方向に向かってしまった。
アナ姫の結婚問題だったのに、どうしてこうなった。
「どうなのよマヤ。あんたは王国と、私たち、どっちの味方なの?」
マヤは、頭をかきむしると叫んだ。
「ああ、なんでこうなるんや。うちかて、今回の陛下のやりようは良くないと思ってたわ! こんなん
「じゃあ、マヤも協力してくれるのね?」
「……現実的なラインとしては、まず自治権の獲得や。それくらいなら、交渉でなんとかなるかもしれん。うちかてケイン王国の宰相なんやろ。冗談半分で受けたつもりやったけど、外交のプランを考えてみるわ」
「マヤ!」
「でも、帝国軍はどうするんやアナ姫。帝国は、三ヶ月後に戦争を開始するって言ってるんやぞ」
「帝国軍にも、王国軍にも負けない、大陸最強の部隊を作るのに一週間もあれば十分だわ!」
一週間はメチャクチャすぎるので止めてくれと、なぜかケインに視線が集まる。
「アナストレアさん。もうちょっと時間をかけよう……」
「そう、じゃあ一ヶ月にしましょう。一ヶ月で、みんなをAランク冒険者の実力まであげてみせる! 帝国の野望を打ち砕いて、王国からの独立を勝ち取るのよ!」
帝国と王国による戦争を喰い止め、王国からの獣人の独立を勝ち取るため、ケイン王国は正義のために立ち上がったのだ。
その評判を聞いて獣人の村々から続々と戦士たちが集まり、最初は口減らし目的だったケイン王国の獣人隊は、すぐ千人を超えた。
本来は関係ないドワーフたちまでが、同じ国に住む者だからと武具を用意し、エルフたちも食糧の支援をしてくれた。
どうしてこうなったと、マヤでなくても言いたいが、一度動き出した人の流れは止まらない。
これが、ドラゴニア帝国とアウストリア王国、大陸の二大国家がアナ姫を怒らせた結果であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます