第二章「アナ姫出奔」
第122話「ケイン王国強靭化計画」
アウストリア王国を出奔した剣姫アナストレアは、二度と国に戻らぬ覚悟でケイン王国のあるヘザー廃地へとやってきた。
荒涼たる荒野だが、ドワーフたちが住んでいる地下ダンジョンを中心に、地上部分にも簡素ながら住居も立ち並び、耕作地も徐々に広がっている。
前は最果ての地って感じで寒々しい感じだったのに、こうなると活気があるように見えるのは不思議である。
空気は澄んでいて、空は青々と晴れ渡り、この国の前途を照らしているようだった。
「うん、いい国ね!」
呪われた不毛の大地と言われたヘザー廃地だが、ルルドの聖水で土を清めると耕作地として使えることがわかったのだ。
そこで、善神アルテナの
ちょうど、エルフの国からそのルルドの聖水を運んできた商隊がやってきているところだった。
まだ村と言っていい規模のケイン王国で、一番大きな建物がキャラバンの集まる交易所だ。
「なんだ。土臭い匂いがすると思ったら、ドワーフの国からも商隊が来ていたのか」
「なんじゃと、この森臭いエルフが偉そうに!」
先に入っていたドワーフの商隊と言い争いになる。
こうして、ケインの国を通して交易をするようになっても、エルフとドワーフは仲が悪い。
長年争いを続けてきたため、そうそう仲直りできるわけもない。
「まあまあ、お互いの物品を交易するんだから、喧嘩しないでくれ」
なだめるのは、ケインの直属という意識がある獣人たちだ。
百人の戦士たちだけでなく、最近はケイン王国が住みやすいと聞いて、徐々に獣人の移民が集まってきている。
「仕方がありませんね。ここはケイン殿の顔を立てましょう。鉄の道具だけは、ドワーフのものを使うしかありませんからね」
「こっちも、ケインさんの国で諍いを起こすつもりはない。ふん、エルフも酒と食い物だけは、悪くないものを作るからのう」
「森の都では、鉄の道具や素材がまだ足りません。宝石のアクセサリーも、最近は人気がありますからもう少しいただきたいですね」
「ワシらが欲しいのは何より美味い酒じゃ。つまみになるような食い物も、もっとたくさん持って帰りたい」
こうしてお互いに足りないものを注文できるので、帝国の商人を介して取引していたときよりも効率的だった。
こっちでの取引が活発になるように、手数料も安くしてある。
徐々にケイン王国で生産され始めているガラス製品や陶磁器なども、交易所で売れてきている。
いずれ良い品物ができたら、港を作ってアウストリア王国にも出荷する予定であった。
しかし、すぐ言い争いを始めようとするエルフとドワーフの世話は大変だ。
「この国の善王ケイン殿は、我らが尊崇するハイエルフのお血筋ですけどね!」
「何を抜かすか。ケインさんを王と定めたのは、偉大なるバルカン大王じゃぞ。どう考えてもこの国は、ドワーフの側じゃろ!」
「まあまあ……」
寄ると触るとこの調子のエルフとドワーフを、獣人が間に入ってなんとかなだめる。
これで、この国のバランスは成り立っていた。
「うんいいじゃない。みんながケインを評価してるってことね!」
活気のある交易所の様子を眺めて、アナ姫は、満足そうにしている。
「それで、アナストレア将軍は何の御用でいらっしゃったんですか」
アナ姫は、ケイン王国の民に将軍と呼ばれている。
獣人の戦士たちは、特にアナ姫の恐ろしさを目の当たりにしているので、刺激しないように気をつけている。
「あ、そうだったわ。あんたたち獣人の戦士に用があってきたのよ」
「はい、なんでしょう」
「ちょっと戦士隊を全員集めてくれない」
「了解しました。しかし、何をされるおつもりなんですか」
「ただの訓練よ」
そう聞いて、素直な獣人たちはわらわらと集まってきたのだが、アナ姫がやることが普通の訓練なわけがなかった。
ざわついている獣人たちにアナ姫は宣言する。
「はーい。みんな集まったわね。じゃあこれからあんたたちにはちょちょっと訓練してもらって、大陸最強の部隊になってもらいます!」
「大陸最強だと?」
「アナストレア将軍は、一体何を言ってるんだ?」
アナ姫が何をやろうとしているのかはともかく、その思いつきに巻き込まれる獣人たちは大変である。
ついに、地獄の特訓が幕を開けた。
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