第121話「王国の真意」

 なんと、そのままディートリヒ王と王国の重鎮たちはケインの家にやってきた。

 いきなりこんな珍客を迎えて、ケインはどうしようかと迷っていると、お付きのメイドたちがテキパキとお茶やお菓子の準備をしてくれてホッとする。


「うああ、これはワシの青磁器ではないか!」


 アナ姫の父、赤髭の烈将クロヴィス・アルミリオンが悲鳴を上げた。

 ケインの家で普段遣いされている青磁器を見てビックリする。


 アナ姫が引越し祝いと称して、大公爵家から勝手に持ってきたものだが、はるばる東方セリカンより贈られた、小皿一枚でも金貨十万枚はくだらない国宝級の品物なのだ。

 クロヴィスの大事なコレクションであり、アルミリオン家の至宝でもある。


 なくなったと思ったら、こんなところにあったのかと大騒ぎしている。


「あなた、うるさい」


 こちらはアナ姫の母親、妻のオリヴィアに頭をペンと叩かれてクロヴィスがシュンとする。


「し、しかし……」


 オリヴィアは、大男のクロヴィスが騒いだので驚いているケインたちに、ごめんなさいねと謝って再度注意する。


「大の男が、皿一枚で大騒ぎして恥ずかしいとは思わないんですか。あなたは、どうせしまいこんでろくに使いもしなかったくせに」

「こ、これは、はるばる東方セリカンから取り寄せた貴重な青磁器なのだぞ。こんな使い方できるわけがなかろう!」


「ハァ、なさけない。だから、アナに愛想をつかされるんですよ」

「そんなことを言われても……」


 もとは一介の騎士から大英雄になって、大公爵にまで成り上がったクロヴィスと、王妹おうまいのオリヴィアとは感覚が全然違うのだ。


「じゃあ。あなたは、あれを見てどう思いますか」

「うわああ、ローズウッドの長椅子を雨ざらしだとぉ!」


 ケインの家のテラスに置かれた長椅子を見て、またクロヴィスが絶叫する。

 あの長椅子も、アルミリオン家の至宝であった。


 遥か南の島より輸入された世界一の銘木めいぼくであるシタンは、そのバラのような香りからローズウッドと呼ばれ、国王の玉座にも使われるほど珍重されている材木だ。

 言うまでもなく、アナ姫が勝手に大公爵家から持ち込んだものだ。


「見るところはそこではないでしょう。私は、ケインさんが生きた物の使い方をしているということを言いたいのです」


 長椅子の上で、孤児院の子どもたちが遊んでいる。

 猫耳のミーヤが、小さい子どもたちにお花で作った冠や首飾りをかけてあげているところだった。


「あんな使い方をして、子どもが銘木に傷でも付けたらどうする!」

「それが小さいというのですよ。あなたも王国の烈将なら泰然たいぜんとなさい。あの椅子だって、屋敷の奥でホコリを被っているより、今の方がよっぽどいいに違いありません」


「そうはいってもなあ……」


 オリヴィアに文句を言うこともできず、やきもきしているクロヴィス。

 赤毛の烈将などと呼ばれても、怖い嫁や娘にはかたなしであった。


「善い人ですね。あの子も、なかなか人を見る目があるじゃないですか」


 オリヴィアは、すっかりケインの人柄が気に入ったようだった。

 こっちの騒ぎはさておき、テーブルについて紅茶を飲んでいるディートリヒ王に、魔女マヤが尋ねる。


「アナ姫を皇太子ジークフリートの嫁にやるちゅう話ですが、陛下にどんなお考えがあるんかお聞きしてもよろしいでしょうか」

「うむ……まあ、帝国の考えは見えすいておるな。我が姪を嫁に取れば、我が方の最大戦力を手中に収めることもできる」


 アナ姫は王族であり、アルミリオン大公爵家の令嬢でもある。

 戦争するまでもなく王国の力をそれで取り込めると考えているのだろう。


「……ですが、帝国で大人しく嫁をやっている姫様ではありますまい」


 そう口を挟んだのは、王の知恵袋であるマゼラン宰相だ。


「宰相は、アナ姫が帝国でなにかやらかすって考えておられるんでしょうか」


 確かに、懐に爆弾を抱え込むようなものかもしれない。

 アナ姫に日夜困らされているマヤにとっても、それなら納得できる。


 しかし、宰相の予想はそれを遥かに超えるものだった。


「私は、姫様がいずれ帝国の女帝になると考えております」

「なんやて! しかし、それは……」


 マヤはそう言われて考え込む。


「ドラゴニア帝国の国是は、力ですよ。あのジークフリート皇太子よりも、アナストレア殿下は遥かにお強い。姫様が皇族となられれば、いずれは帝国内で権力を掌握して、皇太子を押しのけて女帝になると私は見ておるわけです」


 マゼラン宰相に言葉に、ディートリヒ王もしかりと頷く。


「我が姪、アナストレアが女帝となれば、戦わずして王国は勝てる」


 これが、大宰相マゼランと賢王ディートリヒの予想であった。

 なるほど、いきなり進駐してきて勝手なことを言ってきた帝国側の申し出を飲んだのは、そういう真意があったのか。


 確かに王国ですら、アナ姫を統制できてるとはいい難い。

 それで、マヤは毎回苦労させられているのだ。


 あの帝国ですら、アナ姫を内に抱えて上手く制御するのは不可能であり、取り込んだつもりがその圧倒的な戦闘力に飲み込まれてしまうだろうと。

 確かにあり得る話ではある。


 もちろん王国側も、そうなるようにアナ姫に足りない智謀などは、人材を付けて補うつもりなのだろう。

 王国の意思がそうならば、王の顧問官であるマヤも、当然アナ姫に付いて行って尽力せねばならないのだが。


 そんなに王国にばかり都合よく事が運ぶだろうかと、マヤは怪しむ。

 こちらの予想など、簡単に覆してしまうのがアナ姫であるとマヤは知っている。


「我が養父、大賢者ダナにこの事を伝えて、賢者会議で検討させてもらってもええでしょうか」


 マヤの故郷サカイには、大賢者ダナを始めとして、ちょっと変わり者だが優れた頭脳を持つ七賢者たちがいる。

 これだけの大事なのだから、在野の賢者の意見も聞くべきだろう。


「おお、願ってもない申し出だ。だが、魔女マヤよ。眼の前の戦争を避けるためにもアナストレアの嫁入りは決定事項だ」

「はい、それはあんじょうやります。アナ姫の行き先も、見当はついとりますよってに」


 そう言って頭を下げるマヤに、王は満足げに頷いた。

 マヤは、ケインにも声をかける。


「ケインさん。悪いんやけど、一緒にアナ姫のところに行ってくれへんやろか」

「結婚話を無理に勧めるのは、アナストレアさんが可哀想に思うんだけど……」


「アナ姫の行き先は、おそらくケイン王国や」

「そうなのかい?」


 マヤの目配せに、聖女セフィリアが頷く。

 実はケインに追いかけて来てほしいのだから、そこしか行きようがないだろうと、長い付き合いの二人にはわかっている。


「無理に結婚しろと説得してくれとはもちろん言わへん。うちもどうしたらいいか迷ってるんや。話がどう転ぶにせよ、ケインさんが行かな話にならん。戦争は絶対避けなあかんし」

「それもそうだね。わかった、一緒に行くよ」


 こうして関わった以上、ケインは自分にできることをするつもりだった。

 夫のクロヴィスを叱っていたオリヴィアは、ケインの前まで行くと、手を握って頼んだ。


「ケインさん。娘の事をよろしくお願いします」

「はい、わかりました。できる限りのことをしてみます」


 こうして母親から頼まれたからには、アナストレアの力になってやらねばとケインは思う。

 クロヴィスがそれを聞いて慌ててやってくる。


「お、おい、オリヴィア。娘を頼むってどういう……」

「あなたは黙ってなさい」


「ワシは認めんからな! そもそもアナはまだ十五だ。嫁入りの話など早すぎ、ぐおおお!」


 オリヴィアの鋭い肘打ちを食らって、クロヴィスはその場に悶絶する。


「ウフフ、この人は気になさらないでくださいね」

「は、はぁ……」


 なるほど、あのアナ姫のお母さんだなあと、ケインは微笑むオリヴィアを見て思うのだった。

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