第120話「交渉決裂」

 交渉の席に付くなり、ディートリヒ王は厳かに抗議する。


「まず最初に、竜騎士団を我が国に駐留させていることは侵略に当たる。これは国主として、厳重に抗議する」

「用が済めば戻るさ」


 皇太子はせせら笑う。


「……帝国本国は、この事を知ってるのか」

「もちろんだとも。我が帝国は、いつでもアウストリア王国と戦争できる臨戦体勢を整えている。お好みなら、この場で一戦交える覚悟もある」


 まどろっこしい会話だ。

 我慢ができなくなったアナ姫が、腕まくりして飛び込んでいく。


 マヤがアナ姫あかんと、腰に巻き付いているがお構いなしだ。


「戦争の方がわかりやすくていいわね! やってやろうじゃないの!」

「だが、どうするつもりだアナストレア。余は確かに君には勝てないが、同時に倒されることもないぞ」


 剣姫の攻撃とて受け止められる。

 ジークフリートには、それを身をもって証明してみせたという自信があった。


「簡単よ。まずあんたを徹底的にボコって気絶させるでしょ。それから、毒の沼地に沈める!」

「なんだと……」


 さすがに、そこまでドSなことをやられるとは想定していなかったジークは顔を青くした。

 いかに神鎧しんがい青金の鎧ヴラウパルツァーといえど、そこまでされて生き残れるものかはわからない。


「それでも足りなきゃ、火口に突っ込んでその身体を煮えたぎるマグマに沈めてやるわ」

「……待て、アナストレア」


 王は、アナ姫をたしなめる。

 そんな挑発にのってホイホイ戦争されては困る。


「そ、そうだ。戦争になって、困るのは王国側であろう!」

「私は全く困らないわよ! あんたの首を、帝都の皇帝に叩きつけてやれば終わりよ!」


「アナストレア、待てというに」

「なによ。おじさま!」


「アナストレア、確かにお前は我が国の切り札だ。その戦闘力は一万の軍勢にも匹敵し、押し出せばその戦では負けないであろう」

「そのとおりよ!」


「だが、戦争はそれだけでは勝てない……」


 ディートリヒ王がそう言うと、ジークフリートはホッとした顔をする。

 ここで戦争を決断されて、アナ姫に毒の沼地やマグマに沈められても敵わない。


「そうだ。さすがは賢王ディートリヒだな。帝国の主力、竜騎士団は飛べるからな。王国が一つの戦で勝つうちに、帝国は三つの戦線を広げて二つの戦で勝つであろう!」


 かつて、アナ姫のような最強不敗の英雄王が大陸統一戦争を起こしたが、隣国の天才策士の策謀により、直接対決を避け続けて周りを攻め続けられ、ついには英雄王の王国が戦いに敗れたという故事もあった。

 ジークフリートは、その戦の再現をやると言っているのだ。


 最強の剣姫アナストレアがいても、王国の兵は帝国に比べて弱い。

 しかも、折の悪いことに王国はまだ軍政改革の途上であった。


 強引な中央集権化によって、門閥貴族の不満は高まっているし、最近では帝国との国境を守る北守砦において、王国軍のモンジュラ将軍が失脚する事件もあった。

 足元の揺らぐ王国の国内事情を考えると、とても戦争できるような状況ではない。


「それでだ。王国としては、皇太子殿の要請を前向きに検討しようと思う」

「おお、賢明な判断だ!」


 皇太子が嬉しそうに身を乗り出した。

 ディートリヒ王は、マゼラン宰相やアナ姫の両親である二人にも目配せしながら言う。


「ジークフリート皇太子は、我が姪であるアナ姫に婚約を申し入れたのであったな」

「そのとおりだ!」


「両国に縁が結ばれ、戦争を回避できるのであれば、それも悪い話ではないかも……」

「冗談じゃないわ!」


 ディートリヒ王の言葉をさえぎって、アナ姫が叫んだ。

 見るに見かねて、アナ姫の父親であるクロヴィスが止めに入った。


「アナ、陛下の話を聞かないか」

「お父様はいいの? こんな話を聞けと言われても納得いかないわ。私は結婚なんて……」


 ちらっと、アナ姫は物言いたげに、母親のオリヴィアと臨席していたケインを見た。

 オリヴィアは、察したように小さく微笑むとケインに尋ねた。


「ケイン様は、どう思います」

「俺ですか?」


 ケインは少し考えてから言う。


「アナストレアさんが可哀想だと思いますよ。上手く言えないんですが、結婚ってこんなふうに当人を無視して強引に決めることではないでしょう」

「ケイン!」


 アナ姫が嬉しそうに笑った。


「また貴様か! 一介の冒険者が、王侯の間に割って入るとは何様のつもりだ!」


 不満げにジークフリートが、ケインを睨みつけながら叫ぶ。

 ケインを守るように、使い魔のテトラと聖女セフィリアが立ちはだかった。


「ジークフリート皇太子。こんな強引なやり方は良くない。結婚を申し込みたいなら、もう少し相手の気持ちを考えたらどうなんだ」


 ケインは、ジークフリートが真面目に求婚しているのであれば、邪魔をしようなどとは思わなかったのだ。

 アナストレアはお姫様なのだから、帝国の皇子が求婚するのはそんなにおかしいとは思わない。


 ただ、そのやり方があまりにも酷すぎた。

 戦争を起こすと脅して結婚を迫るとは、ただの脅迫ではないか。


 ディートリヒ王は、苦しげに言う。


「ケインくん。申し訳ないが、これは王国と帝国との外交なのだ。貴族の娘であれば、結婚は当人の意のそぐわぬ相手であることもある」


 それは、貴族と平民の意識の違いでもあった。

 貴族の結婚は、家のためを考えて親が決める事が多いのだ。


 王族であるアナストレアともなれば、国のためを考えて決めることもある。

 アナ姫は言った。


「おじさまは、どうしても私にコイツと結婚しろっていうの?」


 確認するように言う。


「ジークフリート皇太子であれば、アナストレアの結婚相手としては申し分ない。アナストレアも、アウストリア王国の姫として聞き分けてはくれぬか」


 アナ姫は、興味を失ったように冷淡にディートリヒ王を見つめると宣言した。


「決めたわ。私はこの国をでていく」

「アナストレア!」


 ディートリヒ王たちが止める間もなく、アナ姫はその場から出奔しゅっぽんしてしまった。

 開いた口が塞がらないのは、アナ姫に逃げられたジークフリートだ。


「ディートリヒ王よ。これをどうしてくれる?」


 竜騎士団を動かし、せっかくここまでお膳立てしたというのに、これで済んでしまったらジークフリートは道化だ。


「アナストレアを説得するゆえ、すこし時間をくれぬか」

「いいだろう。その王の言葉を信じよう」


「助かる」

「三ヶ月待とう。それでも、アナストレアを嫁入りさせられないならば、帝国は王国に対して全面戦争を行う!」


「待て、それは……」

「剣姫アナストレアが余の嫁に来ればよし、そうでないならアナストレアという主力を失った王国に一戦仕掛けて攻め落とすのもよしだ。王よ、三ヶ月後にまたまみえるのを楽しみにしている!」


 ジークフリートは、一方的にそう言い残すと竜騎士団を率いて帝国へと戻っていった。

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