第125話「アカハナ海賊団殲滅」
十数隻のドラゴンシップを率いるスキンヘッドの海賊の首領、アカハナは怒り狂っていた。
「畜生、どこの国の海軍だ!」
首領アカハナはその異名の通り、大きな赤鼻をしている。
アカハナ海賊団と聞けば名前こそユーモラスだが、バッカニアと呼ばれる北海の海賊でも極悪非道で知られる無法者の集団だった。
二メートルを超える体格のある恐ろしげなアカハナの異相を見て、笑える者などいない。
アカハナたちは、これから商人の船を襲いに行こうとした矢先に、補給船のロングシップが一隻奪われるという事態に見舞われた。
「船長! あの船、ヘザー廃地の湾に入っていきますぜ」
見張り台に登った船員が叫ぶ。
「ヘザー廃地だと。あそこは誰もいない無人地帯のはずだろ」
無法者の中では、多少頭の切れる参謀格の副長デコスケがすかさず答える。
「船長。ヘザー廃地は、最近新しい国ができたそうですぜ。おそらく、港もできたのかと」
「ほう、あんなところに国か。そこの連中がこんなふざけた真似をやったのか」
「そうに違いありません。舐められないように、徹底的に潰しておくべきでずぜ」
調子よく首領に答えるデコスケ。
陸では有名な神速の剣姫アナストレアだが、海ではまだその脅威は広まっていなかった。
それでもSランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』が関わる国だと知っていれば絶対近づかなかったであろうのに、デコスケもそこまでは知らなかった。
よくよく考えれば、ロングシップの逃げ足が異常に速かった(アナ姫も漕いでいたため)など、怪しい点もあった。
しかし、そこは無法者の集まり。
残念ながらデコスケは、その異常さに気が付かなかった。
その中途半端な知恵は、アカハナに
「よーし、俺たちの恐ろしさをたっぷりと教えてやろう。野郎ども、徹底的に奪え! 殺せ!」
新しい国の開拓地となれば、奪える品物はあるだろう。
なければ、住民をさらって船を漕ぐ奴隷にでもしてやろうとアカハナはほくそ笑む。
アナ姫の誘いに乗った哀れな海賊たち。
総勢二千五百人は、首領アカハナの威勢がいい掛け声に応えて、意気揚々とおどろおどろしいドラゴンシップを港に乗り上げて、次々に突入していった。
※※※
迫りくる海賊に、水夫が戦闘に巻き込まれるのを避けるため、魔女マヤが慌てて船ごと陸へと浮上させて逃した。
アナ姫のやらかしの面倒を見るのは、自動的にいつもマヤの仕事になる。
「あーもう、またどうせこんなことになるんやないかと思っとったわ!」
空飛ぶロングシップから、ぴょんと飛び降りるとアナ姫は獣人たちに叫ぶ。
「さあみんな、まず手始めにあいつら海賊を片付けるのよ!」
いきなりそう言われても、迫りくる海賊たちはパッとみても二倍以上の数だ。
どうすればいいのかと獣人たちは困惑する。
しかも、訓練が済んで食事をしていたところにいきなりの来襲である。
いくら獣人たちでも、浮足立ってしまう。
だが、だからこそ実戦的な訓練だとも言える。
実戦では、こちらの都合よく戦闘が起こることはない。
実戦ではまさに今の状況のように、補給をしているときに奇襲されることだってある。
そういう意味では、アナ姫の言ってることは厳しいようだが正しい面もある。
アナ姫としては、さらに慣れない船の上で獣人たちに戦って勝って欲しかったのだが、それは相手が上陸してしまったのでできなかった。
船の上での戦闘に慣れた海賊が、陸戦を挑んでくるなんて思ってもみなかった。
なかなか思うように敵も動いてはくれない。
一方こっちはアナ姫の予想通りに、ケインが前に進み出て神剣を引き抜いた。
「みんな、臆することはない。俺たちには、聖女様が付いている。怪我をしてもすぐ治してくれるから、致命傷だけ避けて戦えば死ぬことはない」
一軍を率いるなんて慣れないなあと思いながらもケインが、セフィリアに目配せして言った。
セフィリアも、わかっていますと頷く。
どんな怪我を負っても、聖女セフィリアにかかれば一瞬で治療できる。
その力に、ケインは絶対の信頼を寄せている。
なにせ、天下のSランクパーティーがいるから負けようがないのだ。
「そ、そうか」
「王様に付いていけばいいんだ!」
ケインが先頭を切ってくれると言ったので、獣人たちはホッとした様子だった。
この戦い、アナ姫だけに任せても十分勝てるだろう。
だが任せてしまうと、海賊を容赦なく切り捨ててしまう。
それでは犠牲が多くなるだけだ。
「みんな、敵が投降してきたら殺さないようにね。いくら海賊だからといって、むやみに殺してしまってはいけないよ」
海賊との戦いは避けられないにしろ、犠牲を極力少なくしなければならない。
そのために、ケインは率先して動くことにしたのだ。
敵の心配までしているあたりが、ケインらしいとも言える。
落ち着いた口調で、戦いのあとのことまで語るケインの態度が頼もしく見えたのか、獣人たちもすっかり落ち着きを取り戻した。
「そうよね。ケインの言う通りだわ。捕まえたら労働力にもできるもんね!」
アナ姫は、またとんちんかんな理解の仕方をしている。
これは、後でちゃんと話しておかなきゃいけないなとケインは苦笑する。
だが、おかげで緊張がほぐれた。
「さあ、いこう!」
ケインは、先頭を切って突っ込んでくる海賊の首領アカハナへと立ち向かった。
「お前が獣人どものリーダーか?」
「そうだ。悪いが相手をしてもらおう」
アカハナは、ジロリとケインを見る。
付けている武具こそ立派だが、大したことはない相手だと侮った。
「では、冥土の土産に教えてやろう。俺様こそが、北海を股にかける大海賊アカハナ様だ!」
さすがは海賊の首領だけあって、アカハナの体格はケインより遥かに大きい大男だった。
一番近い感覚が、オークロードを相手にしたときだろうか。
そう、ケインはアカハナよりも遥かに強大なモンスターと戦ったこともあるのだ。
体格差があるとはいえ、臆することはなかった。
「俺の名はケインだ」
「丁寧なご挨拶痛み入る。じゃあ、あばよケイン!」
アカハナが海賊らしい湾曲した
アカハナの身体が、まるで稲妻に打たれたように動かなくなる。
格下と侮ったケインに怯えたわけではもちろんない。
アカハナが恐れたのは、じっとケインの後ろから睨んでいるノワだった。
近頃は少しずつ弱まっているとはいえ、元悪神の瘴気は健在である。
可哀想なことに、優れた戦士であるアカハナだからこそ、その瘴気にまともに当てられて本能的に身体がすくんでしまった。
さすがにケインも、この隙を逃さない。
「いやー!」
裂帛の気合を入れて、ケインはアカハナの
なにせ、振っているのは神剣である。
当たりさえすれば、鋼鉄の
「ぐっ、一体何だ、今の技は……」
自分が、何に怯えたのかもわからない。
まるで幻術にかけられたようで納得いかなかったが、武器を折られて喉元に剣を突きつけられては、アカハナも手を上げるしかなかった。
「アカハナと言ったな。殺したくはない、降伏してくれ」
「クソ、しゃあねえ……」
敵の首領を屈服させたケインに、獣人たちは歓喜した。
「王様が、敵の首領をやったぞ!」
「勝てるぞ! 俺たちも続け!」
ケインが一騎打ちに勝利したおかげで、獣人たちは二倍以上の数の海賊を相手にも、一歩も引かずに立ち向かう。
戦闘で獣人たちが怪我をしても、すぐセフィリアが回復させてしまうのだから、時間が経てば経つほど海賊が不利になる。
いきなり一騎打ちで首領がやられた海賊たちは、じわりじわりと海岸に押し戻されていき、一度崩れるとあっけなかった。
後ろの方から船に舞い戻って、バラバラに逃げ始める。
アカハナがやられたせいで、海賊団を指揮していた副長のデコスケだったが、これにはビックリして叫んだ。
「コラ待て、お前ら勝手に逃げるな!」
「負け
この辺りも無法者の悲しさである。
優勢で攻めるときは威勢がいいのだが、劣勢に回ると脆い。
海賊たちは敵に捕まった首領もほったらかしで、船に舞い戻るとさっさと海に漕ぎ出して逃げてしまった。
これで勝敗は決した。
海岸に取り残された海賊たちは、もう降参するしかなかった。
「よーし、勝負付いたわね」
訓練が終わったらもう用済みと、アナ姫が海賊を潰しに行こうとするのを止めたのはマヤだった。
「アナ姫、後始末はうちがやるから、大人しくしとかんかい」
アナ姫を抑えたマヤは、飛行魔法で船団の上まで来ると、魔法の杖を掲げて高らかに叫ぶ。
「お前ら、Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』を有するケイン王国に攻めてくるとはええ度胸やな! とっとと降伏せんと船ごと燃やすぞ!」
逃げ惑う海賊たちの船の上に、巨大な
ド派手な魔法を使ったのは、もちろん降伏させるようにだ。
「Sランクだって!?」
「冗談じゃねえぞ。降伏するから、船を燃やさないでくれ!」
海賊船から白旗があがり、こうしてケインたちは最小の犠牲で海賊を返り討ちにしたのだった。
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