第117話「もう一人の神剣の使い手」
突然の皇太子ジークフリートのプロポーズ。
仮にも神剣の使い手たる金髪碧眼のイケメン皇子である。
アナ姫に片手を差し出すその仕草は完璧に決まっていた。
「はぁ、コイツ何いってんの?
しかし、そこらの姫君ならば一発で落ちるような求愛も、アナ姫には通用しない。
まずジークフリートが何を言ってるかすら理解していないようだったので、慌てたマヤが横から口添えする。
「ジークフリート皇子は、アナ姫と結婚しようって申し込んでるんや」
それを聞いて、苦いものを口にしたみたいな顔をして、アナ姫は答える。
「結婚って、私がコイツと? なんなのよ、その笑えない冗談は」
「冗談ではない!」
ドラゴニアの皇太子ジークフリートが叫んだ。
Sランクまで冒険者ランクを上げるのに、ジークがどれほどの労苦を積み上げてきたか。
それを冗談にされて、たまるものか。
二人の出会いは、半年ほど前にさかのぼる。
人類を
彼らの価値観は、ひとえに力である。
世界に三本しかない、同じ神剣の持ち主。
そして、ジークよりも遥かに強い、人類最強の女。
神速の剣姫アナストレア・アルミリオン。
ジークはアナ姫に運命を感じ、真正面から勝負を挑んで脆くも破れた。
そして、一瞬にしてズタボロにされて、薄れいく意識の中でジークは思ったのだ。
コイツを余の嫁にしよう、と……。
あのときアナ姫は、「私の前に立つには実力が足りないわね」と言った。
だから実力を付けてやろうと思った。
ドラゴニア皇太子、ジークフリート・ドラゴニア・ドラゴンとて、軍神テイワズの祝福を受けて神剣を授けられた天才であった。
たった半年で、冒険者ランクを最高のSランクまで上げてみせたのだ。
アナ姫たちの目の前で、
ジークとしては、これ以上はないぐらいキメて見せたはずだった。
冗談にされてたまるものかと、キリッとした顔で相対するジークと、
二人の間に、波乱を予感させる突風が吹き荒れた。
「あのなあ、皇太子様」
「貴様はたしか、Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』のリーダー、万能の魔女マヤ・リーンであったな。ど、どうした……なぜ泣く?」
マヤが突然涙ぐむので、ジークも少し驚く。
「いや、すんまへん。そうやってまともに呼ばれるのは久しぶりやったもんで……」
「そ、そうか」
よくわからんが苦労しているのだなと、
「ともかくや、とてもそんな風には見えへんやろうけど、アナ姫はこう見えてもアルミリオン大公爵家の令嬢や。婚姻を申し込むなら、それなりに順序っちゅうもんがあるやろ」
「ちょっとマヤ、そんな風に見えないってどういうことよ!」
「話がややこしくなるだけやから、アナ姫はちょっと黙っとき」
「私の話でしょ。ややっこしい話なんかしなくても、この場で断ればいいわ」
アナ姫としては、結婚話なんてお断りなのだ。
「ほう、我が申し出を断ると?」
「当たり前じゃない。私は、まだ結婚なんて全然……考えてないもの……」
そう言いながら、アナ姫はチラチラとケインの方を流し目を送る。
他の冒険者たちと一緒にいるケインは、そんな風にアイコンタクトを送られても、意味がわからない。
「剣姫アナストレアともあろうものが、こんな片田舎にずっといると思ったが、もしや意中の男がいるというのか?」
無駄に鋭い感覚を持つジークは、アナ姫の視線の意味をなんとなく察知した。
「そ、そんなわけないじゃない!」
そうだと言ってるようなものだ。
アナ姫に好きな男がいると聞いても、余裕を崩さないジークはサラリと金髪をかきあげた。
「そうか、お前だな。剣姫の意中の男は!」
そう指さされたのは、ツンツンした青髪のアベルだった。
たまたまケインの近くにいたのが運の尽きである。
まさか、おっさんのケインがアナ姫の意中の人とおもうわけもなく。
アベルは、いかにも主人公な感じのAランクの英雄剣士なので、勘違いされるのは仕方がない。
「いや、俺は……」
「問答無用。貴様も男ならば、剣で語れ!」
代々脳筋の家系であるドラゴニア皇族は喧嘩っ早い。
なんでこの流れでいきなり決闘になるのか、普通の人間には理解できないのだが、すぐ神剣を抜いて突っかかってくる。
ただ、思い込みが激しく喧嘩っ早いのは、流星の英雄(自称)のアベルも同じだった。
神剣の使い手ジークが
むしろ望むところと、真正面からかかってきた神剣の上段斬りを、横薙ぎの流星剣ではねのける。
「おおっ! これが、神剣
さすがは伝説の神剣の一つ。
ずっしりと手に来る重さは、尋常ではない。アベルに流れる英雄の血が燃えた。
「ほう、やるではないか!」
「そちらこそ!」
青い火花を散らして、傍目にはまったく意味不明な剣撃が続く。
ジークの振るう軍神テイワズの加護が宿る
「ええい!」
「ウォオオオ!」
お互いに自らの腕の得物に絶対の自信を持つ、剣術バカ同士の決闘であった。
互角の戦いかと思われたが、数合の撃ち合いの後に、悲劇は訪れた。
やはり相手が神剣では分が悪すぎたのか、キィンという金属音とともに、流星剣の剣先が真っ二つに折れてしまったのだ。
「ぎゃぁああああ!」
絶叫するアベル。
勝負あったなと、トドメは刺さずに剣を引くジーク。
本来竜騎士であるジークが飛竜を使わぬのだから、まだ本気を出していないとも言えるのだ。
これが英雄未満のAランクと、立派な英雄と呼べるSランクの違いであった。
「剣姫の想い人というから、どれほどのものかと思ったが、我が神剣
もはや戦いどころではなく、この世の終わりのような顔で、落ちた流星剣の剣先を拾って呻いているアベルに、「大丈夫! いい鍛冶屋を知ってるからきっと直るよ!」とケインが必死に慰めの言葉をかけている。
「あんたは、一体何をやってるのよ」
呆れるのはアナ姫だ。
もしかしたら、これでケインとの仲が進展するきっかけになるかと、ほんのちょびっと期待したのだが、まさか人違いをやらかすとは思ってもみなかった。
この
「余が最強であることを証明したのだ。このような弱い男は、美しく気高き剣姫にはふさわしくない。この余こそが……」
「はぁ、もういいわ。じゃあ私が、あんたの弱さを証明してあげるわよ」
剣姫はそう言うと、予備動作なしで神速の剣技をお見舞いした。
マヤが、「戦争になるからあかん!」と止める暇もない刹那の攻撃であった。
しかも、使った技はよりにもよって
アナ姫が、地獄からよみがえる魔族を死滅させるために開発した秘技である。
もう面倒くさくなってさっさと終わらせようとしたアナ姫は、決して人間に向けて使ってはいけない恐ろしい技を三秒間も発動してしまった。
数千回のゴッドパニッシュを受けたジークは、神剣で受け止めるどころか防御することすらできずにバンバンバンバン! と嫌な破裂音を立てて吹き飛ばされていき。
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