第116話「大邪竜飛来する」

 大邪竜グレーターデーモンドラゴンの脅威は、何よりもその巨体である。

 なぜエルンの街を目指して来ているのがわかったかというと……。


「ね、来てるでしょ!」


 エレナさんが点を指差すのに、街を守るために集まった冒険者たちが頷く。

 小島ほどの大きさの、巨大な禍々しい黒い塊が、帝国の方角からこっちに向かって近づいている。


 誰が見ても分かる。

 真っ直ぐに、こっちの街に落下してくるコースだ。


 あれがそのまま落ちてきただけで、街が半壊する勢いだろう。

 だが、こっちにはSランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』がいるので、どうとでもなる。


「こっちには、ケインがいるから余裕ね!」


 アナ姫は余裕である。

 そもそも、アナ姫としては大邪竜グレーターデーモンドラゴンより遥かに格上の邪竜王デーモンドラゴンロードですら倒したことがある。


 むしろこの程度の敵、一撃で殺さないほうが難しいほどだった。

 アナ姫の目的は敵を倒すことではなく、いかに弱らせてケインに倒させるかであった。


 冒険者ギルドの関係者もいるなかで、ケインが圧倒的実力で大邪竜グレーターデーモンドラゴンを倒せば、いかに頭の固い冒険者ギルド関係者でもランク昇格に文句は付けられまい。

 どうせ、うちの剣姫アホはそんなことを考えてるのだろうなと、わかってるマヤは深いため息をつく。


「しかし、なんでまた帝国から遥々と来たんやろ」


 大邪竜グレーターデーモンドラゴンは巨体なので、かなりの食事を必要とする。

 帝国で、何かあったのだろうか。


 モンスター自体は大した敵ではないが、そう考えるとマヤはなんだか不穏な予感もする。

 そうこうしているうちに、こっちに近づいてきたのだが、どうも様子がおかしい。


「なんやあれ? 小さいのが周りをうろうろしとらんか」

「あれは、ワイバーンね。いや、ただのワイバーンじゃない、人が乗ってるから竜騎士だわ」


 両目視力5.0であるアナ姫が、的確に見て取る。

 ワイバーンは、二本足の小型の竜である。


 それを飼いならし乗りこなして戦う竜騎士という兵科が、隣国のドラゴニア帝国では中核戦力となっている。


「竜騎士って、ドラゴニア帝国のか?」

「そうね。なんだかうじゃうじゃいるわ。百騎超えてるかも」


 不機嫌そうにアナ姫が言う。

 せっかくやる気になっていたのに、獲物を奪われた形である。


 だんだんと近づいてきて、マヤたちにも戦っている竜騎士の姿が見えてきた。

 相当な死闘を繰り広げてきたらしく、空に黒褐色のブレスを吐きまくっている大邪竜グレーターデーモンドラゴンが、すでに弱っているのがわかる。


「なんかチョロチョロとホントに邪魔ね。マヤ。ちょっと魔法で竜の表面をこんがり焼いてくれない。援護射撃がいるでしょ」

「アホか! 竜騎士に万が一当たったら帝国と戦争になるやろ」


「一発だけなら誤射かもしれない」

「そんな怖いこと言いながら、おもむろに石を拾うんやない! やったらあかんぞ! いや、やれって振りやなくて、マジであかんからな!」


 ほっとくとすぐ戦争を起こしかねないアナ姫を、マヤは必死になって羽交い締めにする。

 結局、竜騎士に攻撃され続けた大邪竜グレーターデーモンドラゴンは、まるで狙いすましたかのようにエルンの街の手前に落ちた。


 ドーン! と激しい砂煙を上げて落下する大邪竜グレーターデーモンドラゴン

 その黒い竜の額に、青く光る剣を突き刺しながら、輝く金髪のカッコイイ騎士が高らかに叫ぶ。


大邪竜グレーターデーモンドラゴン、ドラゴニア帝国皇太子にして、神剣青金の剣バルムンクの英雄ジークフリート・ドラゴニア・ドラゴンが討ち取ったり!」


 これ以上はないと言ってもいい説明口調である。

 絶対、大邪竜グレーターデーモンドラゴンを、帝国からわざと弱らせてここまで引っ張ってきたのはこいつらだ。


 ボロボロになった、サポートの竜騎士たちが「やりましたな皇太子!」「これで、Sランク冒険者に昇格ですぞ!」などともてはやしている。

 それを見ている、ケインたちは唖然である。


 非常招集で集まったというのに、なんだこの茶番はと呆れるしかない。

 その白けた空気を意にも介さず、金髪の皇太子が颯爽と竜の首から飛び降りてやってきた。


「あんたは、まともな登場の仕方ができないの?」


 アナ姫がすごく嫌そうな顔をして言った。

 他の誰に言われても、アナ姫には言われたくないセリフではあっただろうが、それすらも意にも介さずサラサラの金髪の髪を手で整えて碧い眼の皇太子は言った。


「久しぶりだな、神速の剣姫アナストレアよ」

「何しに来たのよ」


 どうやら、金髪碧眼の皇太子ジークフリートと、アナ姫は面識があるようだ。

 隣国とはいえ貴族同士なのだから、そういうこともあろう。


 帝国の若き皇太子ジークフリートは、アナ姫よりは少し背が高く年長だが、お互いに歳も近い。


「何をとはご挨拶だな。見たであろう、神剣の英雄である余も、これで晴れて君と同格のSランクだ」

「それで?」


「アナストレア、君をめとりに来た」


 皇太子ジークフリート、一世一代のプロポーズであった。

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