第115話「アナ姫の料理」
そろそろ飯時だなあと、ケインが準備していると、屋敷に来客があった。
玄関先にやってきたのは、神速の剣姫アナストレア、万能の魔女マヤ、純真の聖女セフィリア。
いつもの、Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』であった。
「やあ、いらっしゃい」
地味な自分と違って、相変わらず華やかな三人だなとケインが笑う。
開口一番、アナ姫が言った。
「今日のご飯は、私が作るわよ!」
手に抱えているのは、大きなローストビーフの塊である。
「それは、ありがたいけど……」
なんで急にご飯をと、疑問にも思う。
だが、もうこの急な展開にも、慣れっこになってしまったケインである。
ちょうど、ノワとテトラが肉を食べたいと言っていたところだ。
狩ってきた
「なんでか、私が料理できないみたいな風評が立ってるんだけど、私だって料理ぐらいできるんだからね!」
ケインにはよくわからないが、どうも話を聞いていると三人の間でそんな話になったらしい。
「わかったから、アナ姫。外でやろうな……」
なぜか、アナ姫は包丁ではなく神剣で料理をしようとするので、台所を壊すのではないかとヒヤヒヤするマヤは外に誘い出そうとする。
「なるほど。今日は天気もいいし、外でご飯もいいかもね」
ケインがそう言うと、ケインの娘のノワと、いつの間にか飯時になるとやってくる孤児院の子供たちが「やったー!」と陽気に騒いで、外にテーブルや食器を運んでいく。
いつもの食事も、庭で食べるとひと味違うものだ。
「じゃあ、料理するわよ」
料理を戦闘と勘違いしてるアナ姫は、神剣をさっと聖水で消毒して濡れ布で拭き取ると、ローストビーフを思いっきり上に投げる。
神速で剣を振るって、テーブルの上の皿にチュンチュンと音を立てながら切り分けていく。
「料理ってか、ただ切ってるだけやん……」
ちなみに、このローストビーフも、アナ姫が実家から運ばせたものである。
テーブルの上の皿に、綺麗に一口サイズに小分けされたお肉が並んでいく。
「はい、じゃあこのタレをかけて出来上がりよ」
「わーい!」
アナ姫の曲芸的な調理に、子供たちはみんな大喜び。
「アナお母さん、お料理上手ね」
そうノワに褒められて、アナ姫はデへッとなる。
こうみえて、あまり褒められることがないのだ。
「ふふん、そうでもあるわね。ノワには、特別に肉を多めにしてあげるわ」
「やったー!」
剣先に器用に肉の塊を乗せているアナ姫は、トンっと肉を中空に飛ばすと、またチュンチュンと音を立てて肉を切り分けていく。
「いやだから、料理ちゃうやん……」
ツッコんでるのに、誰も聞いてくれないことに虚しさを覚えるマヤ。
「じゃあ、アナストレアさんが持ってきてくれたお肉をありがたくいただこうか」
ケインがそう言うと、みんな「いただきま~す!」と手を合わせた。
「あ、待って、このタレをお肉にかけてね」
アナ姫が差し出すタレをたっぷりかけて食べると、子供たちが「美味しい!」と叫んだ。
ローストビーフの美味さもさることながら、タレがよく合っている。
ケインも口にしてみたが、この地方では食べたことがない味。
ガーリックとオニオンもたっぷり入っていて、肉の生臭さを消して甘味を引き出している。
これは、ほんとに美味しい。
「でもほら、このタレはお肉によく合ってるから、立派な料理だと思うよ」
何か言いたそうなマヤを慮って、ケインが言う。
それに対して、マヤが……。
「そのタレも、アナ姫が作ったん……」
……じゃなくて、アルミリオン大公爵家の料理人が持ってきただけだ。
そう余計なことを言おうとしたマヤに、いつものごとくアナ姫の神速パンチが飛んだ。
「――!?」
しかし、ブンッと音を立てて、神速のパンチは空振りする。
残像を残して、マヤは中空へと飛んでいた。
マヤとて、大賢者ダナの再来と謳われたSランクの魔女。
同じ攻撃は二度と通用しない。
ニヤッと笑うマヤに、同じく空に上ってきたアナ姫のケリが炸裂する――が瞬間に、残像を残してまたマヤは地上へと戻っていた。
だが――。
「ぐはっ!」
なんでやと、マヤは衝撃を受けた腹を手で押さえて突っ伏す。
瞬間移動の魔法でかわしたはずの攻撃が、マヤの腹にヒットしていた。
私にも、同じ防御は二度とは通用しないわよと、アナ姫はニヤッと笑う。
ドサッとマヤは倒れた。
「ど、どうしたの。マヤさん大丈夫?」
当然ながら、先程の神速の攻防はケインにはまったく見えていない。
マヤがなにか言おうとして、いきなり倒れたようにしか見えない。
「あ、ケイン気にしないで。マヤは、たまにこうなるから」
「なってたまるかい!」
「えっと……」
まあ、確かにたまにこんな感じだよなあとケインは頭をかくと、肉だけじゃなんだから付け合せの野菜を持ってこようと台所に立つ。
何も言わなくても、こういうときにさり気なく追いかけてケインを手伝うセフィリア。
アナ姫との女子力の差は開くばかりだった。
「お、これ美味しいやんか」
ケインが持ってきたふきのとうのおひたしを食べて、喜ぶマヤ。
「ちょっと苦味があるから、若い子は苦手な人もいるんだけどマヤさんは平気なんだね」
ふきのとうを茹でて、塩とごま油で和えただけのものだ。
テトラと、アナ姫はちょっと食べて、苦そうな顔をしてすぐ肉に戻っていたが、マヤはいける口らしい。
「うちは、お父さんと子供の頃から食べとったからね。そうや、こういうのがあるなら、やっぱりこれがほしいやろ」
そう言って、マヤはお土産に持ってきた瓶ビールを出す。
「おー、これはありがたい」
昼間っからいいんだろうかと思いつつ、ふきのとうのおひたしをつまみに、マヤがついでくれるビールで一杯やるケイン。
その横で、競い合うように肉を食べる子供たち。
のどかなお昼だった。
そこに、「ケインさん、大変です!」と冒険者ギルドの受付嬢エレナさんが、息を切らせて走ってきた。
「どうしたんですか?」
いつもなら、一緒にご飯に誘うところだが、何かあったらしい。
「ハァハァ、この街に
それで、冒険者ギルドは大騒ぎとなっており、ギルドマスターがとにかくケインさんを呼んでこいと言ったそうである。
「なるほど、それは大変ですね!」
Dランク冒険者のケインの力を借りたいというより、テトラの力を借りたかったのだろう。
しかも、都合がいいことに今日は、Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』もいる。
いつもはあんまりいい顔をしないエレナも、この日ばかりはアナ姫たちが頼りだ。
「でもおかしな話やな。
そう言って考え込むのは、マヤだ。
ドラゴンには縄張りの習性がある。
近頃は影を潜めているとはいえ、シデ山に近いこの辺りは
それが成長した
「とにかく、皆さんが頼りです。冒険者ギルドまで、来ていただけませんか」
それもそうやなとマヤが応えようとしたとき、アナ姫が突然叫んだ。
「その話乗ったわ!」
また、良からぬことを考えとるなと、ジト目になるマヤ。
「どうせ、ケインさんのランク昇格のチャンスやろ」
「なんで先に言っちゃうのよ!」
もうこのパターンを何度繰り返したと思っているのだ。
ともかく、脅威であることに変わりはないので、ケインたちは
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