第四部 第一章「王国の危機」

第114話「平穏な一日」

 エルンの街、朝の冒険者ギルド。

 カウンターの前に立つ受付嬢のエレナと挨拶を交わすところから、ケインの一日は始まる。


「エレナさん、おはようございます」

「おはようございます。ケインさん、それにテトラさんも」


「……おはようだ」


 ぶっきらぼうに挨拶するテトラに、少しは彼女も人間との生活にも慣れてきたかなと、エレナは思う。

 そうしてゆるふわなピンクの巻き髪をさっと揺らして、依頼書を差し出す。


「いつもので、よろしいですね」

「はい、いつものでお願いします」


 エレナが出した仕事はもちろん、ケイン専用になってる薬草採取である。


「我も、いつもので」


 テトラがケインの真似して言うので、エレナは吹き出しそうになりながら、クコ山でのモンスター退治の依頼書を渡す。


「はい、テトラさんもいつものですね。では二人とも、気をつけて行ってらっしゃい。夕方には帰ってらしてくださいね」


 エレナは、最高の笑みでケインたちを送り出す。

 いつもの日常だ。


 もちろん、ケインはクコ山に入る前に、善神アルテナの神殿にお参りを忘れない。

 軽く掃き掃除をしてから、入念に無事を祈る。


「……じゃあ、行ってくるよアルテナ」


 ケインは小声で挨拶する。

 返事はなくても、きっと彼女には聞こえているから。


 いつもの山道に入ると、冒険に来たというのになんだかケインはホッとする。

 この前の旅では、キッドに頼まれて領主代行をやったり、エルフの国で英雄と呼ばれたり、ドワーフの国で王様になっちゃったり、ほんとに大冒険だった。


 それでケインの生活が変わったかというと、何も変わっていない。

 旅が終われば、こうしてまた平凡なDランク冒険者として薬草を採る日々だ。


 それでいいし、それがいい。

 自分には、この生活が一番合ってるとケインは思っている。


 春先とはいえ、山に入るとまだ寒々としていて所々に雪が残っていた。

 今日ケインが枯れた木から集めているのは、「老人のあごひげ」と呼ばれる木にぶら下がっている変わったコケだ。


 緑色の羽毛のような形をしていて、滅菌効果があってそのままでも切り傷などの治療に使われる。

 消毒薬や毒消しポーションの材料にもなるので、たくさん集めておくと何かと重宝する。


「あるじ、この辺りのモンスターはいなくなってしまったぞ」


 ひょこっと藪から顔を出したテトラが言う。

 ちょっとの間に、倒されたゴブリンが山になっていた。


 彼女にかかると、クコ山の弱いモンスターなどすぐに取り尽くしてしまう。

 クコ山が安全になっていいのだが、駆け出しの冒険者は退治の依頼がなくなってちょっと困ってしまうかもしれない。


「こっちのほうは、もうちょっと掛かりそうだな」

「魔の谷に行ってきてもいいか。また肉を獲ってきたいと思う」


 またビーストボアーを狩るつもりなのだろう。


「了解。大きいのが捕れたら、またクコ村で解体してもらおう」


 こうして獲った肉は、テトラたちがケイン王国と称するドワーフの小さな開拓地に定期的に持っていっている。

 なにせヘザー廃地ではほとんど農業ができないし、百名を数える獣人たちがいるので、食糧がいくらあっても足りない。


 みんなに王様と言われると、ケインはもう笑うしかないのだが。

 名前だけとは言え王様なのだから、彼らの生活の面倒をできる限り見てあげないといけないなと思うケインである。


「お、あったあった」


 冷たい雪をかき分けて、ふきのとうを採るケイン。

 この季節はこれに限る。


 独特な芳香に苦味があって、酒のつまみにちょうどいい。

 獣人たちも食べてくれるといいんだけど、あんまり彼らの好みじゃないかもしれない。


 油で揚げたら食べやすくなるから料理法を工夫すればいいかもなと、ケインが考えてると。


「あるじ、今日もでっかいのが捕れたぞー!」


 テトラが丸々と太ったビーストボアーを獲って戻ってきた。


「テトラご苦労様。じゃあ、クコ村まで行こうか」

「わかったのだ!」


 こうして、ケインの平穏な一日は過ぎていく。

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