第112話「おかえりなさい」
ちょっとのつもりが、ずいぶんと長い旅になってしまった。
冒険を終えたケインたちがエルンの街にたどり着いたのは、もうすっかり季節も移り変わった頃だった。
厳しい冬の寒さが終わり、そろそろ春の気配を感じる頃で、街も活気づいている。
「なんだか懐かしいなあ」
まずは、長い間放置してしまった自宅の掃除からだろう。
教会の前でシルヴィアさんと別れて、ケインは自宅の門をくぐって玄関に向かった。
「あれ?」
玄関の扉が少し開いている。
鍵を閉め忘れたってことはないはずだが、教会の子供たちは自由に入れるようにしてあるので、誰か遊びに来ているのだろうか。
そう思って中にはいると、やっぱりそうらしい。
台所から、子供たちの楽しそうな声が聞こえてきた。
それにできたてのスープのいい匂いと、パンの焼ける香ばしい香りが漂ってくる。
ケインが、台所へと向かうと……。
「あら、おかえりなさい」
「あ……ただいま」
振り返ったその姿が、一瞬アルテナの姿と重なった。
台所に立っていたのは、桃色のゆるふわな巻き髪に碧い瞳のエレナさんだった。
いつものビシッとした冒険者ギルドの制服ではなく、ゆったりとした私服に可愛らしいエプロンを付けているのがまた魅力的だ。
「あー! ピンクおばさんが、なんでケインの家に勝手に上がり込んでるのよ!」
ケインの後ろからひょこっと顔を出した剣姫アナストレアが怒る。
「それが、この子たちにご飯を作ってくれって頼まれてしまいまして」
エレナさんがなんとなくケインの家の前を通ったら、孤児院の子供たちが食事を求めて玄関先に座り込んでいたそうなのだ。
それで、ケインの代わりに、子供たちにご飯を作ってあげていたそうだ。
心優しいエレナさんらしいなと、ケインはグッとくる。
「子供をダシに使うなんて……しかもなんなのよ、そのあざといエプロン! 可愛く見せてさりげなく胸が強調されてない? だいたい、なんで台所に立ってるのに薄化粧してるのよ! もうなんか、あんたの存在自体があざといんだけど!」
小姑みたいに怒涛の難癖をつける剣姫を無視して、エレナはノワにも背を屈めて「おかえりなさい」と言う。
「ただいま、お母さん」
ちゃんと挨拶できて偉いわねと、エレナはノワの黒髪を撫でてあげる。
「ちょっとピンク! ノワのお母さんは私なんだから! 人の話を聞きなさいよ。いい加減、その新妻気取りをやめなさい!」
エレナはそれも無視して、ケインにも可愛らしくエプロンを両手で掴んでもじもじと言う。
「あの、勝手に上がり込んでしまって、すみません。ほんとに差し出がましいと思ったんですけど……」
「いえ、とんでもない。子供たちのことを考えてくださってありがとうございます」
「あと、埃が気になったので、軽くお屋敷をお掃除をしておきました」
「そうですか。留守の間に、家が荒れちゃってないかなと心配してたので、ほんとに助かりますよ」
「そうなんですかー」
「ええ、エレナさんならいつでも来ていただいて構いませんから」
エレナとくっついているノワが、「お父さんもこっち」とケインの手を引いて。
自然とケインとエレナの身体が触れ合ってしまって、二人ともアハハ、ウフフと少し恥ずかしそうに笑う。
「ちょっと、なにを幸せ家族みたいな雰囲気だしてるのよ!」
「アナ姫、わーわー言っとってもエレナさんの嫁力には勝てへんで、セフィリアを見てみい」
セフィリアは、何も言わずに予備のエプロンを付けて料理を手伝っている。
これはこれで高ポイントだった。
「なによ! 私だって料理ぐらいできるわよ。見てなさい!」
「ちょっと待てや! 煽ったのはうちやけど、なんで料理するのに神剣を抜くんや! ケインさんちの台所を壊す気か!」
アナ姫が剣を振り回して暴れ、マヤが必死に止めるのを見て、恐れを知らない子供たちが「お姉ちゃんたち、おもしろーい」と手を叩いて大笑いする。
とても賑やかな光景で、ケインは「ああ、家に帰ってきたんだな」と、なんだかホッとした。
「あるじ、我は肉が食べたいのだ」
テトラがそう言うのに、ケインもうなずく。
「そうだね。今日は人数も多いし、肉も保存庫から持ってこよう」
こうして、みんなで料理を作って食卓を囲み、久しぶりに我が家での賑やかな食事となるのだった。
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