第111話「獄からの風景」

 エルフの森の都の隅に、罪を犯した者を入れる監獄がある。

 森の都の犯罪発生率は低く、せいぜいが喧嘩沙汰を起こした者の頭を冷やすために、一晩放り込んで置くぐらいのものだ。


 その一室で、エルフ七部族会議の元代表者アーヴィンは、机に向かって静かに書き物をしていた。


「アーヴィン、新しい書類を持ってきましたよ」


 鍵もかかっていない獄の扉を開けて、エルフの国の女王ローリエが族長会議からの書類を持ってくる。


「ありがとうございます。陛下が、わざわざ来られなくても良かったんですが」

「私は、これぐらいしかやることないですから」


 アーヴィンは、新しい書類に目を通す。


「アトラス族長の独断が増えてるのが気になりますね」

「ああ、アーヴィンの抑えがなくなったから」


 アーヴィンは、書類にさっさと目を通しながら指示を出す。


「ナラ族のスラルム族長に、抑えるように頼んでください」

「なんでスラルムに?」


 ローリエの印象だと、スラルムは気の弱いオジサンである。

 豪胆で武断派のアトラスを抑えられるとは思えない。


「族長会議の中で最年長だからですよ。あれで、アトラスは年長者には敬意を払ってますから、スラルムの言うことは聞きます」


 なるほどーと、ローリエは頷く。


「もう族長会議に戻ってきたらいいじゃないですか」

「罪を犯した私には、反省が必要でしょう」


「ケイン様だって許すと言ってましたし、エルフの国にはアーヴィンの力が必要だとも言ってましたよ」

「ここからでも、エルフの国のための仕事はできます。書類があれば、エルフの国のことは手に取るようにわかりますから」


 書類を使った管理システムを考え出したのは人族の王国だった。

 それを優れた方式として、柔軟に取り入れたのもアーヴィンだった。


 部族会議の決定事項も、きちんと書類に残っていれば、ここからでも対処を取るのは難しくない。


「そういえば、ケイン様たちは人間の街に帰りましたよ」


 書類をめくるアーヴィンの手が止まる。


「そうですか……」

「見送りぐらいには、行ったら良かったじゃないですか」


「いまさら、合わせる顔がありませんよ」

「意地っ張り」


「それより陛下、もう人間の街に行くようなことをしてはなりません。あなたは我々エルフの女王なのです。あまり人間に肩入れしすぎて、また嫉妬に狂った私のような者を出してはいけない」

「それって、本当は私じゃなくて、大好きなシルヴィア姉様に言いたいことなんですよね」


「……」

「素直じゃないんだからなあ」


 姉様への当てつけにされるのは、たまったものじゃないなあとローリエは肩をすくめる。


「ローリエ陛下こそどうなのです」

「どうなのとは?」


「善者ケインを、そのまま行かせて良かったのですか?」


 寿命の長いエルフたちには、百年もつかの間に過ぎない。

 それに比べると、人族の一生はあまりに短い。


「不思議と、ケイン様とはまたすぐ会える気がしてるんですよね」


 ローリエはそう言うと、にひっと笑った。

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