第106話「再び森の都に」

 ヘザー洞窟の移住計画も順調に進む最中、ケインはドワーフとの交渉が上手く行ったことを報告するために森の都へと帰還していた。


「お父さん!」

「いい子にしてたか、ノワ」


 ケインは、駆け寄ってきたノワを抱き上げる。

 これからの経過を見守っていく必要はあるが、これでケインたちは、エルフの国の問題は全て解決したことになる。


 留守番していた、シスターシルヴィアとノワとも再会できてホッとする。

 これで、ようやくこの旅も終わりだ。


 エルフの女王ローリエは、ケインへの最大限の感謝を示すため、都の広場でエルフたちを呼び集めて大々的に表彰することにした。

 当然、エルフの代表であるアーヴィンにも話を通しておかねばならない。


「それでよろしいですね、アーヴィン」

「……女王の思われるようになされればよろしいかと」


 フッと諦めたように微笑んで、頭を下げるアーヴィン。

 その首には、赤い精霊石が妖しく輝いている。


 これまでずっと反発していた彼も、ようやくケインの力を認めたようで、ローリエは安心した。


     ※※※


「魔物の侵攻から古の森を救い、ドワーフとの関係まで取り持ってくださったケイン様に、エルフの女王として、最大の感謝を贈ります!」


 女王ローリエがそう宣言すると、傍らにいたシスターシルヴィアとノワが拍手する。

 周りを見回していたエルフたちも一人、また一人と拍手して喝采となった。


 ケインのこれまでの活躍は知っていたので、エルフたちも少しは柔和な態度を取るようになったらしい。

 これで偏屈で閉鎖的だったエルフも、新しい時代を迎えられる。


 将来的にはドワーフとの関係も改善して、好意的な人族と協調関係を築いていく。

 これはその第一歩だと、ローリエは微笑みを浮かべた。


 しかし、そんな広場に不穏な喧騒が響く。

 すぐ近くから、相争う声まで聞こえてきた。


「一体どうしたのです!」


 ローリエが尋ねると、アーヴィンが叫ぶ。


「ローリエ陛下、敵襲です。南の砦の人間どもが、攻めてまいりました!」


 ここはエルフの国の首都だ、守りの備えはしている。

 しかし、いきなり都の広場を、北守砦の王国軍が襲撃!?


 すぐさまエルフたちが、弓を構えて応戦しようとしたが……。


「弓の弦が切られている!」

「剣もなくなっている。一体どうしたことだ!」


 防衛のための装備がことごとく隠されていたり破壊されていて、エルフたちは焦る。

 瞬く間に都の広場まで、人間の兵隊たちの侵入を許してしまった。


 ありえない侵攻だ。

 人間の兵士を率いているのは、まるで山賊のような粗野な髭面の将軍だった。


「フハハハ、ケイン! ご苦労だったな」

「モンジュラ将軍!」


 北守城砦で投獄されているはずのモンジュラ将軍がどうしてここに。


「ローリエ陛下お下がりください。このケインという男は、王国の将軍とグルだったのです」

「そんなはずありません!」


 アーヴィンは、声高にケインを告発する。


「みんなも見たはずだ。弓が壊され、剣や槍が隠されているのも、みんなこのケインがやったこと。この男は敵を招いたのだ。やはり、人族など信じるべきではなかった!」


 しかし、ローリエはケインの前に守るように立って、風の精霊を召喚する。


「精霊神ルルドよ。どうか、あなたの末裔に、お力をお貸しください。シルフィード!」


 風の精霊に、精霊魔法の疾風を次々に浴びせられて、モンジュラ将軍たちが「グワッ!」と叫び声を上げて吹き飛ばされた。


「アーヴィン! 私はケイン様を信じます。みんなで、モンジュラ将軍を倒せばいいだけではないですか!」


 突如として人族の兵士と将軍が都の広場まで攻め寄せ、エルフの国の代表者であるアーヴィンと、エルフの女王ローリエが対立している。

 集まっているエルフたちは、とりあえず身構えたものの、判断に迷っているようだった。


「女王はその人族に騙されているのです!」

「おかしいではありませんかアーヴィン。こんな森の奥まで、どうやってモンジュラ将軍たちが気づかれずに入ってこれるのです。ケイン様には、そんなことまでできませんよ」


 敵を招いたものは、他にいるというのだ。


「チィ……森の賢者殿!」


 舌打ちするアーヴィンの影から、スッと黒いローブに仮面を付けた男が出てくる。

 森の賢者と名乗る謎のはぐれエルフは、禍々しき杖を掲げると呪文を唱えた。


 この場の誰にも知られぬことだが、新たな儀式により。

 その杖には、剣姫アナストレアに無残に殺された、四魔将の怨念が集まってきていた。


「きゃぁあ!」


 ケインの後ろから悲鳴が上がる。

 元悪神であるノワの身体から、消えていたはずの禍々しき黒の瘴気が派手に上がった。


 目に見えるほどの黒き瘴気は、魔力に敏感なエルフたちにはすぐわかる。

 それを指さして、アーヴィンが叫んだ。


「みんな見るがいい! ケインの連れてきた子供は、魔族の奉じる悪神の化身なのだ。この古の森に魔物を招いたのも、全部この人族のせいだ! 騙されるな! 全ての災いは、この人族が森に持ち込んだのだ!」


 アーヴィンの言っていることは道理に合わない。

 ケインたちがやってきたのは、古の森がモンスターに襲われたずっと後だった。


 ケインたちが原因であるわけがない。

 しかし、エルフたちはざわめく。


「そんな、あの人族はエルフを助けてくれたのに」

「いや、やはり人族は、みんな敵だ!」


「どっちに従えばいい!?」

「ローリエ様だろ!」「でもアーヴィン族長があそこまで言ってるのに」


 理屈など、どうでもいい。

 叩き込むようにケインに対する疑惑を騒ぎ立てれば、愚かな民衆がまともな判断などできるものではないことをアーヴィンは知っている。


 為政者として、ずっとそれに困らされてきたのだから。

 女王ローリエとて、どうにもできまい。


 そして、アーヴィンには赤の精霊石がある。

 今ならあの強い冒険者たちの邪魔もない。


 この力を使えばケインを倒すことは、十分に可能。

 後はエルフの民衆が混乱するのに乗じて、ケインを撃てば全てが終わる。


 憎きケインさえ倒せれば、騙されていた女王ローリエも、正気に戻るはずだとアーヴィンは思っていた。

 だが――


「――そこまでや、森の賢者。いや、冥魔将アバドーン!」


 混乱する広場に、魔女マヤと聖女セフィリアが飛び込んできた。

 マヤはさっと手を振って、衝撃波の魔法を飛ばす。


 森の賢者の仮面が、パリンと音を立てて割れた。

 仮面の下のその正体は、はぐれエルフなどではなかった。


 死人の青白い肌、頬の肉はすでにところどころが削げ、白骨が見えている。

 落ち窪んだ眼窩がんかには、邪悪な赤い光があった。


 アーヴィンが招き入れた森の賢者は、おどろおどろしげなアンデッドであったのだ。

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