第四章「帰還」

第105話「敵襲再び」

 アナ姫とテトラは、獣人隊を引き連れて魔の谷からシデ山を移動中だった。

 とりあえず食糧だということで、魔の谷でビーストボアーをたくさん狩ってきたところだ。


 食事がキノコばかりでは、ドワーフたちはいいにしても、獣人たちは力が入らない。

 ちょっと禍々しい形をしていることに目をつぶれば、シデ山でも木材は手に入るので、それでソリを作って引いてきている。


 途中でどんなモンスターに遭遇しても、最強の二人がいる限りはまったく問題ない。

 そう思っていたのだが……。


「何あれ?」


 アナ姫は不思議そうに、前に立ちふさがったモンスターの群れを見る。

 前方には、Sランクモンスター死霊騎士が三十騎もくつわを並べている。


 その後ろに、モンスター軍団が雲霞の如く集まり、アナ姫たち獣人隊は完全に囲まれてしまっていた。

 シデ山付近とはいえ、もはや軍団と言ってもよい規模の異様な数である。


 死霊騎士の前に立つ、首なし騎士のデュラハンが高らかに名乗りを上げた。


「フハハハ、久しぶりだな獣魔将テトラ! いや、今は卑しくも人間の犬に成り下がった使い魔か!」

「ギルメス!」


 テトラの元同僚。

 魔王の近衛騎士隊長であったデュラハン、剛魔将ギルメスであった。


「えっと、こいつらモンスターだから殺していいわよね」


 アナ姫は即座にそう決断すると、敵の群れに飛び込み、神剣を無造作に一閃した。


「前の我々とは一味違うぞ。地獄より蘇りし……って、ちょっと待て剣姫! 話を、やめぇグギャッ!」


 哀れ。

 格好をつけてアナ姫の前になんか立つから、ギルメスはセリフを言い終わる間もなく、ズバンと切り裂かれて真っ二つに割れた。


 魔王軍一の防御力を誇るギルメスは、蘇ってさらにパワーアップしていたはずなのだが、アナ姫からすると、ちょっと硬かったかな程度であった。

 ギルメスですらそうなのだから、それよりも低い戦闘力のモンスターが敵うはずない。


 その剣技、まさに神速。

 魔王軍の軍勢は、待ち伏せしていたはずが、完全に機先を制されてしまった。


 あとは、いつもどおりの阿鼻叫喚である。

 彼らとて無策で来たわけではない。


 前方からアナ姫に襲いかかるモンスターの群れと呼応して、影魔族の暗殺者たちが後ろから攻撃したのだが、その四方八方からの攻撃は全て弾かれて、逆に次々と切り裂かれてしまう。

 最強の暗殺者たちが、ありとあらゆる手を尽くしたはずが、この有様。


「――化物め!」


 そのまま為す術もなく迫ってくるアナ姫に、またかと恨めしそうにつぶやいた影魔将キルヒルの首が飛ぶ。

 絶対的な死をもたらす赤い悪魔は、凶悪な魔族たちですら狼狽させ焦らせる。


「何をやってる、アイズマン早く撃つのだ!」

「お前に言われずとも今やる!」


「「いくぞ!」」


 狂乱の炎と呼ばれた炎魔将ダルフリードが獄炎の魔法を放つ。

 それと同時に冷酷非道の氷魔将アイズマンが、絶対零度の魔法を合わせて放った。


 普段は相争っている魔人の二人が、ともに手を携え、魔力の全てを込めて放つ最終秘技、獄炎凍殺撃アルティメット・リミット

 全てを焼き尽くす炎と、全てを凍てつかせる冷気が螺旋らせんの渦を織りなし、うねりをあげながらアナ姫に襲いかかった。


 それを、アナ姫は無造作に切った。

 魔将クラスの極限魔法を、剣で切って無効化した!? 


 必殺の一撃と信じたものが、まったくの無傷。

 信じられぬ光景に、二人は絶叫する。


「バカなぁ、なぜ我らの究極の魔法が効かギュァ!」


 炎魔将ダルフリードの胴体が、剣姫が叩き込んだ一閃で、ねじ切れて吹き飛んだ。


「ダルフリード! だから私はこんな作戦は嫌だと、うぁぁああ!」


 あまりの恐怖に腰を抜かしたアイズマンは、やめろぉと手を前に出した姿勢のままに二つに割かれた。

 そして二人が地面に倒れたときには、アナ姫はすでに次の敵に向かっている。


 それは、時間にしてほんの三十秒ほど。

 たった三十秒で、復活した四魔将が全滅。魔王軍は壊滅。


 地獄から蘇り、力を増したはずの魔王軍の軍勢が、時間稼ぎにすらならない。

 味方のテトラたちですら、あまりの凄まじさに、何もできずに見ていることしかできなかった。


 赤き死の旋風に蹂躙されていくモンスターたちは、攻撃を命じた魔族を呪って殺されていく。

 絶望の中で、嫌という程に思い知る。


 自分たちが、決して手を出してはいけない敵に触れてしまったのだと。

 剣姫は、しばらく剣を振るい、倒し飽きたのか。


「ふう……」


 ため息をついて、剣を振るう手を止めた。

 それが合図だった。


 地獄を生き延びた幸運なるモンスターたちは、一斉に悲鳴を上げて散り散りに逃げていった。


「だ、大丈夫か。アナストレア!」


 テトラは、アナ姫に駆け寄る。

 息一つ切らさず、アナ姫はテトラに静かに尋ねる。


「ねえテトラ、いまケインはどこ?」

「あるじは今、エルフの森の街に、ドワーフとの外交が上手くいった報告に戻っているはずだが……」


 そう聞いて、冷静だった剣姫の額に冷や汗が浮かんだ。

 前にもこんなことがあったと思い出したのだ。


 自分たちは魔族の陰謀にハマって、ケインとまんまと分断されてしまったのではないか。


「こうしちゃいられない。ケインが危ないわ!」


 すぐにケインの下に行かなくっちゃと、剣姫はただそれだけを思う。


「あ、待て、アナストレア!」


 テトラが止めるのも聞かず、アナ姫はビュンッと飛び出して行ってしまった。

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