第96話「ルルドの神託」
剣姫アナストレアがモンスター退治している間、ケインやノワたちは、魔女マヤと森の都で留守番である。
ちなみに、今回はケインのお供に魔女マヤが残された。
聖女セフィリアが最近ケインに近づき過ぎて怪しいので、マヤなら残しても大丈夫だろうというアナ姫の判断である。
「あの、ローリエさん。俺にもなにかできることはありませんか」
ケインとしては、モンスター退治に参加しなくて済んでホッとしていたのだが、何もしないのも落ち着かない。
精霊神ルルド様にも、エルフを助けてやってくれと神託を受けている。
神様がそう言うのだから。
自分にも、なにかできることがあると思ったのだ。
「そういえば、ケイン様は薬草の専門家だったんですよね!」
「専門家というわけではないですが……」
二十年間ずっと山で薬草を採っていたので、なにか手伝えることがあるかもしれない。
ケインは、エルフの女王ローリエから、近頃元気がなくなっている月見草を見てくれないかと頼まれて、薬草畑に向かうことにした。
「うーん」
ケインは、持ち歩いている植物図鑑を確認して、萎れている月見草の葉っぱを一枚一枚丹念に見ている。
「ローリエ陛下。
エルフ七部族会議の代表アーヴィンは、不満げに腕を組んでそう毒づく。
人間を強調したのは、こんな男がハイエルフである先の女王シルヴィアの息子などと、絶対に認められないという強い意思を込めてのことだ。
「アーヴィン、そういう態度は……」
ローリエを遮って、シルヴィアが言う。
「まあ見てなさい。ケインならきっとなんとかするんだから!」
その言葉に、アーヴィンはふんと顔をそむける。
薬草畑で働くエルフたちも、何事かと集まってケインのことを見ている。
エルフたちが見守る中、ケインが結論を出す。
「月見草は、月の光を浴びて成長します。畑の近くに生えている樹木が邪魔で、十分な光を浴びられないから元気がないんだと思います」
アーヴィンが傲然と言う。
「それで、どうするつもりなのだ人族」
「月の光が届くように、邪魔になっている木を少し
バカが、とアーヴィンは内心で嘲笑った。
「何を言うかと思えば! この森の木は、みんな尊い神樹なのだぞ。切るなど許されるはずがない!」
アーヴィンの言葉に「そのとおりだ!」「木を切るなどとんでもない!」と、エルフたちの声が上がった。
「月の光が届く程度に、間伐すればいいんです。畑の近くに生えてる木も調べましたが、あまりに
クコ村の木こりたちと親しいケインには、間伐のこともよく知っていた。
「愚かな人間が、ついに馬脚を表したな! みんなも聞いたはずだ、尊きハイエルフの血筋を引くものが、精霊神ルルド様の神樹を切れなどと言うはずがない!」
有能な統治者であるアーヴィンとて、近くの木が茂り過ぎて、月見草の生育の邪魔になってることぐらいとっくに気がついている。
古い慣習に縛られるエルフたちに逆らってまで、木の伐採を命じることはできなかっただけだ。
ケインは、続けてとんでもないことを口にする。
「アーヴィンさんはそう言いますが、精霊神ルルド様は切っても良いと言ってるんですよ」
何を言うのかと、エルフたちはどよめく。
「本当よ。
シルヴィアがそう言い添える。
精霊神ルルドの
エルフの代表であるアーヴィンと、先の女王シルヴィアとの意見の対立。
そして、ハイエルフの血を引くのに人族であるケインの存在を、どう解釈すべきなのか。
エルフたちのざわめきは止まらない。
「いかに先の女王シルヴィア様が言うことでも、到底信じられることではありませんな! 愚かな人間などに、ルルド様の声が聞えるはずもない!」
私にも聞こえないのにと、アーヴィンは怒りに唇を震わせる。
自らを選ばれた高貴な種族であると考えている傲慢なエルフたちは、アーヴィンの意見に同調している。
そんなアーヴィンに、ケインは落ち着いて問いかける。
「アーヴィンさんたちは、何のために月見草を育てているんですか?」
「決まってるだろう。高く売れるからだ!」
昔は自然に生えていた月見草を畑で育てるようにしたのは、エルフの統治者であるアーヴィンだった。
それによって生産量が増えたのが、アーヴィンの自慢だった。
最近では加工業にも手を出しており、ワインに浸したものが高級酒として人族と取引されて、さらにエルフに繁栄をもたらしている。
「月見草は、質の高い回復ポーションの材料になります」
「それがどうしたのだ」
「俺は薬草を採るのを仕事にしてますからよく知ってますが、それで多くの怪我人が助かってるんですよ。月見草を森で育ててくれているエルフに、みんなが感謝している」
「ふん、別に人族を救うためにやっているわけでは……」
「それでもですよ。助かる怪我人は、なにも人ばかりではないでしょう。精霊神ルルド様は、慈悲深く優しい神様です。月見草を育てるために、木を切っても構わないと言ってくれてるんです」
その言葉に、エルフたちは再びざわめいた。
エルフが感謝されているというケインの言い分は、いくぶんか彼らの自尊心を満足させるものであった。
「わかった。ではこちらに来てもらおう」
アーヴィンが、前から薬草畑の邪魔になっているなと思っていた、老いた大樹の前にケインを呼び寄せた。
「なんでしょう」
「精霊神ルルド様の神託があるというのならば、この大樹を一人で倒してみせるがいい!」
我々は絶対に手伝わない。
やれるものならやってみろと、アーヴィンはふんぞり返った。
「わかりました」
まず枝を調べると、簡単に折れてしまった。
どうやらすでに枯れてしまっているようだ。
ケインは、切れ味の鋭いミスリルの剣を持っている。
すでに枯れている木なら、時間をかければ倒すことも可能だろうと思った。
ごめんと、木に向かって手を合わせてから。
木こりたちの見よう見まねで、受け口を作ろうとまず一太刀、剣を当てた。
すると……。
なぜかケインが切ったのとはまったく関係ない近くの樹木が、ミキミキミキと大きな音を立てて倒れた。
「なんだこれは……おい人族! お前は、一体何をしたのだ?」
「いや、俺にそう言われても」
ケインは、ただひたすら地道に、眼の前の大木を倒すために作業しているだけだ。
そのたびに、辺りの関係ない樹木がどんどん倒れていく。
エルフたちのざわめきは止まらない。
「も、もう止めてくれ!」
一人のエルフが、あまりの不気味さに悲鳴を上げた。
森の樹木は、エルフたちが尊ぶ大事なものなのだ。
「アーヴィン族長。これは、精霊神ルルド様がお怒りになっているんじゃないか」
「なんだと?」
不安がったエルフたちは、それに賛同する。
「そうだ。あのケインという人族がハイエルフの血を引くのは本当なのではないか」
「何をバカなことを!」
「だってハイエルフ様方が、口を揃えてそうおっしゃってるのだぞ」
「それは……」
そうしている間にも、次々に森の木が倒れまくっている。
「ああ、この惨状を見ろ! 神託に疑いをかけた我々に、ルルド様がお怒りになっておられるのだ!」
そうだと言わんばかりに、また森の木がメキメキメキと盛大に音を立てて倒れていく。
まるで、ひとりでに間伐が行われているようだ。
迷信深いエルフたちは、「ルルド様、お怒りをお鎮めください!」と叫び、跪いて祈った。
「ほら、アーヴィン族長も謝るんだ。早く!」
「むむむ……」
そのとき、ケインが切り続けていた大樹が、ついにメキメキと音を立ててアーヴィンに向かって倒れていく。
他のエルフたちが逃げ惑う中で、アーヴィンは傲然とケインを睨みながら、立ち尽くした。
枝がアーヴィンにかするように、大樹は倒れる。
大木の倒壊に巻き込まれる、ギリギリのところまで意地を張り通したアーヴィンも、大した玉であった。
「大丈夫でしたか!」
まさかアーヴィンに向かって倒れるとは思わなかったケインは、慌てて駆け寄る。
やはり素人が伐採などするものではなかったか。
「ふん、こんなものは平気だ。約束だから、間伐はしよう。それでいいな!」
これを機会に、ケインを偽のハイエルフと認めさせられなかったのは口惜しいが、これもエルフのためになることなのでアーヴィンも反対はしない。
この様子なら、頑固なエルフたちも、もう間伐に反対しないだろう。
しかし、エルフたちがケインを精霊神ルルドの神託を受ける者として認めはじめている現状は、全然よろしくない。
ケインが、倒れた木をせめて材木として活用しようとするのを、手伝おうとするエルフたちまで出だしている。
アーヴィンは、このままにはしておけないと考えていた。
「やつがエルフの役に立ちたいというのなら、役に立ってもらおうではないか。そうだ、もっと無理難題をふっかけてやれば、馬脚をあらわすだろう」
そんなことをつぶやきながら、アーヴィンは立ち去っていく。
「……ふう、なんとかなったようやな」
苦い顔をしたアーヴィンが立ち去ったあとに、木陰からひょっこりと魔女マヤが顔を出した。
ケインの周りを木を切っていったのは、気配を殺して隠れていたマヤであった。
魔術師も多いエルフたちにばれないように姿を隠しながら、こっそり無詠唱魔法で木を切っていくのは、万能の魔女と称えられるマヤでも難しく、ヒヤヒヤさせられた。
ケインの切っている木を倒すのではなく、とっさに周りの木を切ったのはマヤのアイデアである。
万が一、ケインに風魔法があたったら危ないということもあったが、どうせなら派手にやったほうがいいと思ったのだ。
計算通り、エルフたちは神の
「しかし、ケインさんも結構やるもんやね。いや、あの剣がすごいんやろか」
結果的に、アーヴィンが言ったことはケインだけでも達成できたわけで、わざわざマヤが手を出す必要もなかったかもしれない。
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