第95話「怪物を屠る怪物」
剣姫アナストレアは、この辺りで一番高い木のてっぺんから、魔王軍の残党に襲われている古の森の西側を眺めていた。
所々でエルフの集落が襲われているらしく、戦火の煙が上がっている。
上からでも森に隠れて見えにくいが、剣姫は感覚だけでモンスターの総数がだいたい把握できる。
「近くで動き回ってるモンスターは、五百匹ぐらいかしら。魔王軍の残党なんてもうあらかた狩ったと思ったのに、まだこんなにいたのね」
スルスルと木から下りてきた剣姫に、百人の獣人隊を率いるテトラが尋ねる。
「どうだった?」
「五分よ」
「……なんのことだ?」
「この程度なら五分で片付けてくるって言ってるの。そっちのエルフの部隊はどうでもいいけど、あんたたち獣人隊は、大事なケインの兵隊なんだから、一人も欠けちゃダメよ。セフィリア、怪我したら治してあげてね」
セフィリアは、「はい」と答えて微笑んだ。
一緒にモンスターを討伐しにきたエルフの弓兵隊長アトラス・シーダーは、こいつは何を言ってるのだと当惑している。
モンスターの巣窟と化している森の西部に向けて、たった一人で突撃していく剣姫を見送って、テトラがつぶやく。
「まあ見ていろ。認めるのは癪だが、剣姫アナストレアの実力は本物だ」
アトラスは自軍の戦力を減らさぬため、人族の冒険者や獣人族に先鋒を任せようと思っていたので好都合ではある。
だが、さすがに単身突撃は無茶苦茶過ぎる。
「たった一人で、西の森にいるモンスターを片付けると言ったのか? それは、いくらなんでも……」
無理だとアトラスが言おうとした途端に、ドドドドドッと古の森全体に響き渡る凄まじい地響きが聞こえた。
「すぐわかることだ。我々は、剣姫が狩り残した雑魚を掃討していく!」
聖獣人であるテトラの指示で、獣人隊は前に出る。
「ま、待て。この音は一体?」
轟音に続いて「ギャアアア」だの「ギュギョォオオ」だの、無数のモンスターたちの
森に住む鳥は羽ばたき、動物たちは逃げ惑い、凄まじい騒ぎになっている。
エルフの弓兵たちは、事態を測りかねて、辺りをおどおどと見回している。
テトラは、足の遅いエルフに呆れて、自分たちだけでさっさと先に進むことにした。
「こ、これは……お前たちがやったのか?」
兵を落ち着かせて、ようやく後から追いかけてきたアトラスは、大集落の跡地を見て驚く。
モンスターたちに落とされたエルフの大集落は、敵の前線基地になっていたようだが、その辺りに残っているのは、崩れかけた建物とゴブリンやオークなどの大量の死体だけだった。
「あの剣姫が一人でやったのだ。今は他の集落を解放に回っていることだろう。まったく、これでは我々が来た甲斐がない」
「バカな、たった一人でこんな真似ができるはずがない!」
中には、ロード級の強いモンスターの死体も混ざっている。
たった五分で、パッと見ても三百匹を超える数のモンスターを倒すとは、テトラたち獣人が総掛かりでやったとしても信じがたい光景だった。
「知らないのか? あの剣姫は、先の戦いで魔王ダスタードとともに、五千匹ものモンスターを一網打尽に倒しているのだぞ」
「そんなことが、人間にできるはずがない!」
自分も実際に見なければ信じられなかったのでしょうがないかと、テトラはため息をつく。
そこに、ミシミシと森の木を押し倒しながら、全長十メートルはあろうかという巨大な悪鬼が現れた。
「ん、なんだあれは?」
「あああ……! あれは、ジャイアントデストロールだ!」
圧倒的な大きさの悪鬼に睨まれて、豪胆な隊長のアトラスですら身震いした。
「なるほど、この程度の敵に森での戦闘に慣れているエルフの軍勢がやられるとも思わなかったが、あれに困っていたのか?」
「そうだ。あれが出てきたら引くしか無い! あんなものどうやって倒せっていうんだ!」
「ああやって倒せばいいんじゃないのか」
敵の気配を感じ取ったのか、Uターンして戻ってきた剣姫が飛び込んできて、スパンと巨大モンスターの首を断ち切った。
「バ、バカなぁ!」
アトラスは、驚きのあまり口をあんぐりと開けて、バカなーとしか言えない人になっている。
「あれぐらい、我でもできるぞ」
テトラはそう言って飛翔すると、こっちに向かってきたもう一体のジャイアントデストロールを長い爪でスパンと断ち切った。
魔王軍残党の切り札である巨大な悪鬼たちの首が、剣姫とテトラによってどんどん切り落とされていく。
盛大に噴き上がる血しぶきとともに、怪物の大きな身体がアトラスたちの前でズシンと音を立てて倒れ込んだ。
怪物の巨大な首が転がってきて、跳ね飛ばされそうになったエルフたちは、「ヒィ!」と悲鳴を上げて飛び退き、腰を抜かす者までいた。
到底信じがたい光景に、アトラスは肩を震わせて叫ぶ。
「我々が苦戦し続けてきた怪物を、たった一撃で……この者たちは、一体何なのだぁ!」
剣姫とテトラの圧倒的なまでの戦闘力に、エルフたちはただ呆然と立ち尽くすばかりであった。
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