第91話「精霊石」

 ケインたち一行と、それに続く獣人隊は、なかばエルフの弓隊に監視されながら古の森の中央部にある森の都へとやってきた。


「こんな街が森の中にあったとは……」


 エルフは、様々な恵みをもたらす古の森の木々を、御神木として大事にしている。

 そのためエルフの住居は、なるべく樹木を傷つけないように工夫されており、高い木々の間に回廊を渡らせて、独特な高層都市が形成されている。


 里の周りには、主に輸出用に使う、高級食材である香辛料や超高級薬草である月見草の畑がずらりとならぶ。

 年中温暖な気候もあり、街道には色とりどりの花々が咲き乱れ、エルフが常食としてる果物や木の実はいくらでも採り放題であった。


「ふん、どうだ美しいだろう。本当ならば、人族が見られるようなものではないのだぞ」


 アーヴィンの傲慢な態度も気にせずに、ケインは率直な感想を述べた。


「素晴らしいです。みんな生き生きとしていて、こんなに自然と調和した美しい都は、見たことがありません」

「そ、そうか」


 たとえ相手が猿にも劣ると思っている人族でも、なんだかんだでこうも率直に自分の街を褒められると悪い気はしないものだ。

 統治者であるアーヴィンには、この森の都の繁栄を築き上げたのは自分だという誇りもあった。


 ケインたち一行は、森の都の中央広場まで連れてこられる。

 集まってきたエルフたちが、物珍しげに珍客達を眺めている。


 そこで、少し女王陛下らしい振る舞いにもどったローリエは厳かに命じた。


「アーヴィン。救援に訪れてくれた獣人の戦士たちに、十分な食事を与えて休ませなさい。エルフと違ってお肉が好きらしいから、お肉メインよ。あと、古の森の外の獣人の村への物資の輸送も忘れないように」

「ローリエ陛下。それは承りましたが、この人族どもはどうするつもりですか。まさか、森の都に住まわせるなどと言うのではないでしょうね」


 愚かしい人族と、高貴なるエルフである自分たちが一緒に住むのは我慢ならないと、アーヴィンは言うのだ。


「ケインさんたちは、私と一緒に『常春の聖地』に来ていただきますよ」

「な、なんですと! 汚らわしい人族を聖地に入れるなど、絶対にありえぬことです!」


 この女王の決定には、エルフたちもざわざわと騒ぎ出す。


「女王である私が許すと言っているのですよー」

「いかに女王陛下の命令といえども、精霊神ルルド様のお近くに下賤な人間どもを近寄らせることなど許されません!」


「私が招いた冒険者パーティーの皆さんは、アウストリア王国の王族や、主神オーディアの聖女や大賢者の愛弟子など、人族を代表する高貴な方ばかりなのです。エルフの国の最上礼で迎えねばなりません」

「残念ですが……確かにその方々は、並々ならぬ力を持った冒険者だとは認めましょう」


「だったら聖地に招いてもいいでしょう」

「しかし、その男はなんなのです! その貧相な人族の男まで入れる必要はない」


 どうやらアーヴィンは、やたらシルヴィアやローリエに特別扱いされているケインが気に入らないらしい。

 種族が違うとはいえ、同じ男であるから嫉妬もあるのだろう。


 アナ姫など、ケインが非難されるのを聞いてさっそくアーヴィンに殴りかかろうとしていた。

 そうなると予想していたマヤが「戦争になるから、あかんて言うてるやろ!」と、羽交い締めにして必死に止めている。


「ケイン様は……」


 妹のローリエがそう言いかけたとき、前女王であるシルヴィアが、ケインをかばうように後ろから抱きしめて叫んだ。


「ケインは、私の可愛い息子よ! ハイエルフである私の子供を、聖地に入れて何が悪いの」

「な、何を申されるかと思えば、ハハハ……シルヴィア様も冗談が過ぎますよ。汚らわしい人族が、シルヴィア様の御子などと、それともまた何かの嫌がらせのつもりですか?」


「では、それを今から証明しましょう。アーヴィン、精霊石を持ってきなさい」


 真剣な表情のシルヴィアにそう命じられて、アーヴィンは渋々と大会議堂の奥へと入っていった。

 そうして、白金の首飾りを持ってきてうやうやしく差し出す。


 その首飾りについている、清らかな聖水の雫をそのまま凝固させたような透き通る宝石が、エルフが珍重する精霊石である。


「あら。この首飾りは、私が昔使ってたものね」


 見覚えがあると思ったら、シルヴィアが女王をしていたときに首から下げていた首飾りだ。


「アーヴィンは、なんだかんだでお姉様が好きでしたから、当時の衣装も大事に取ってあるんですよー」


 そうローリエが言うのを聞いて、アーヴィンは顔を赤くして反論する。


「ローリエ陛下、おたわむれをおっしゃらないでください! 人族びいきの悪癖は我慢ならなかったとはいえ、精霊神ルルド様の末裔まつえいであるシルヴィア様を尊び、崇めるのは当然のことで……」


 なんかぶつくさと言っているが、エルフがこんなに感情的になるのは珍しいことなので、好きだと言っているようなものだ。


「もうわかったから、アーヴィン。さっさとそれを渡しなさい」


 シルヴィアは、精霊石の首飾りを受け取ると、ケインの首にかけた。

 途端に、透き通った精霊石が青く輝きだす。


「こ、これは……そんなバカな! 汚らわしい人族の男がハイエルフの末裔だと。こんなことはありえない!」


 血相を変えたアーヴィンが、悲痛な叫び声をあげた。

 広場に集まっていたエルフたちにも、どよめきが広がる。


「アーヴィン。見たままですよ。精霊石が青く光るのは、精霊神の血を受け継ぐハイエルフの証拠です。ケインは、この通り私が血をわけた息子なのです。聖地に入れるのに、何の差し障りもないでしょう」

「そんなことはありえない。そんな、わけが……」


 驚愕のあまり、顔面蒼白になったアーヴィンは、その場で崩れ落ちるように倒れて意識を失った。

 他のエルフたちに介抱されて、そのまま連れて行かれる。


 アーヴィンがショックのあまり卒倒したのは、決して大げさではない。

 たとえ配偶者が他種族であったとしても、精霊神ルルドの血を引くハイエルフから生まれるのはハイエルフかエルフと決まっていて、人族が生まれるはずがないのだ。


 そんなことがあれば、エルフたちのアイデンティティーは崩壊する。

 しかし、現に精霊石が人族であるケインに反応してしまった。


 集まったエルフたちも、天地がひっくり返ったような大騒ぎになっているが、首に青く輝く精霊石をぶら下げているケインもそれは一緒だ。


「孤児の俺が、シルヴィアさんの血を分けた息子?」


 これは、一体どういうことなのだとケインも愕然とする。


「みんな落ち着いて聞きなさい。ケイン様は、な、なんとー女王である私のお兄ちゃんなんですよー!」


 ローリエはケインの首根っこに抱きついて、またとぼけたことを言っていたが。

 人族がハイエルフの一族の末裔という信じられない事態を前に、ローリエの話は誰も聞いていなかった。

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