第89話「そして古の森へ」

 北守城砦の強制労働から解放された獣人たちが、口々にケインにお礼を言う。


「ありがとうございます、ケイン代官様!」

「本当に助かりました!」


 涙を流して喜んでいる獣人もたくさんいる。

 獣人たちにとって一番嬉しかったのは、散々に煮え湯を飲まされた憎きモンジュラ将軍が、同族であるテトラの手によって討たれたということなのだ。


 かたきを討てるように、ケインが配慮してくれたと彼らは信じた(実際は、アナ姫がそうなるようにセッティングしたともいえるのだが、その動機が目撃した獣人たちにも理解不能であったため、そのように伝わっている)。


 獣聖人である白虎のテトラを従える善者ケインの姿は、虐げられてきた獣人たちにとって、救世主に見えた。


「我ら狼人族ワーフルフの村は、ケイン様に忠誠を誓います!」

「私たち馬人族セントールの村もです!」


 次々と、獣人たちがケインに忠誠を誓う。

 テトラと同じ虎人族ワータイガーたちは、「テトラ様に仕える我らこそが、ケイン様の旗本!」と鼻が高かった。


 今でこそ聖獣人となったが、もともと忌み嫌われていた獣魔だったテトラも、勝手に虎人族ワータイガーに仕えるとか言われて、ちょっと当惑している。

 ケインも、この盛り上がりには困った。


「いやいや、忠誠とかはいいから、これからどうするかの相談をしよう。もう知っているかもしれないが、今のランダル伯爵のキッドは、君たちと同じ獣人の血が流れている」

「そうなのですね!」


 次に喜んだのは、領主と同じ血が流れている狼人ワーフルフたちだ。

 獣人の血が入った王国貴族など、これまでいなかった。


「だから、君たちが粗略に扱われることはないとここで約束する。今は混乱しているだろうが、ランダル伯爵家は領民を絶対に見捨てない。必ず村を再建できるように救援させてもらう」


 ケインがそんなことを言うたびに、獣人たちは盛り上がって、テトラが「あるじの話を聞け!」と黙らせるのに必死だった。

 そこに、ハイエルフの女王ローリエがやってきた。


「ケイン様」

「なんだい?」


「私たちエルフの国にとっても、獣人たちは森の善き隣人です。領主の救援といってもすぐには来ないでしょうから、その間は、私どもが全面的に協力させてもらいます」


 そう聞いて、獣人たちはまた喜ぶ。

 ケインが一番心配していたのは、獣人たちの今後の生活のことだった。


 人間より頑強な身体をしてることが多い獣人たちは、解放されて十分な食事が与えられるとすぐ元気を取り戻したが、中には保護の必要な老人や子供もいる。


 季節は折しも冬である。

 モンジュラ将軍に略奪されて、獣人たちの村は食べ物や燃料にも事欠く有様だったが、豊かなエルフの国の助けがあれば、当面の衣食住はなんとかなる。


「ローリエありがとう」


 ケインも礼を言うと、ローリエはうふっと笑った。


「いいえ、これもケイン様のためですよ。そういえば、ケイン様は古の森のモンスター退治に来てくださったのですよね」


 そうローリエが話をふると、獣人たちが色めき立つ。


「なんと、ケイン様が戦いに出るのか! ならばうちの村からは、選りすぐりの戦士二十人をだすぞ!」

「なにを! じゃあうちの村からは、弓兵を三十人だ!」


 次々と獣人の民兵たちがケインの元に集まった。

 ローリエは、これを狙っていたのだ。


「結構すごいね」

「これでも、女王ですから」


 ペロッと舌をだして、ローリエは笑ってみせた。

 幼く見えても、こういうところは二百年も女王をやってる老練さを感じさせる。


 こうして百人もの獣人隊を引き連れて、ケイン一行はエルフの住む古の森へと入っていくのだった。

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