第88話「将軍との決闘」
ケインは、装備こそミスリルの剣と鎧を付けているが、モンジュラ将軍の宝剣とてミスリル素材の合金である。
ならば、武器は互角。
そして、歴戦の騎士である将軍に比べれば、ケインはいかにもくみしやすい相手に見えた。
「ブワハハハハハッ!」
決闘ならば勝てる!
勝利を確信したモンジュラ将軍は、奇妙な高笑いをあげて、猛然とケインに斬りかかってくる。
「うわ!」
派手に剣を振り払うモンジュラ将軍を、ケインは必死に受けた。
ぶつかり合う剣が、火花を散らす。
「ブハハハ! やはりそうか! 見た目通り貴様の剣の腕は、大したことはない。この俺をここまで追い詰めてしまったことを後悔するがいい」
ここまでやられた腹いせも兼ねて、モンジュラ将軍は何度も剣を振るい、圧倒的な力の差を周りに見せつけてからケインを討つつもりであった。
この時代、金を求めて冒険者や山賊にもならず。
わざわざ王国の兵士になろうとする者たちが求めるのは、やはり武功である。
追い落とそうとしてきた領主代行のケインを倒し、さらに大隊長のオルハンあたりを血祭りにあげれば、復権はあり得る。
武功を積み重ねることでここまで成り上がったモンジュラ将軍は、とっさに計算した。
剣姫アナストレアが相手にならなかったのは、まさに望外の幸運――
「ぐぎゃぁぁあ!」
そう夢を見たのもつかの間、血しぶきをあげながらモンジュラ将軍は倒れた。
一瞬、何が起こったのか将軍にはわからない。
横から裂爪で切りつけてモンジュラ将軍を倒したのは、ケインの使い魔テトラであった。
「な、なんだ貴様は……」
「あるじの危機と判断したので、攻撃したまでだ」
冷徹に将軍を見下ろすテトラ。
「一対一の決闘なのだぞ! アナストレア殿下、これは決闘を侮辱した行いだろう!」
この白虎の獣人も凄まじく強いことが、そこそこの手練であるモンジュラ将軍にはわかってしまった。
脂汗を流しながら、立会人である剣姫にすがる。
「えっと、ケインはビーストテイマーでもあるから、テトラは武器の一つよ」
「そんな理屈があるか!」
「ほら、あんただって騎士でしょ。馬に乗って戦うことだってあるんだから、これはそういうアレよ!」
「そのとおりだ! 我はあるじの牙なり!」
白いたてがみを逆立てたテトラは、猛虎の裂爪を構えて将軍を
「ほら、馬もそう言ってるじゃない」
「馬じゃない、テトラだ!」
そう言いながら、テトラは容赦なく将軍に追い打ちをかける。
「ま、待てぇ! ぎょぇえええ!」
テトラの必殺技、
もはや立ち上がることもできぬ将軍は、半泣きになりながら情けなく床を這いずり回る。
その姿を哀れに思ったケインは、とどめを刺そうとするテトラを止めて、語りかけた。
「モンジュラ将軍」
「ヒィィ! もうやめて!」
「もう悪あがきはいいでしょう。大人しく罪を認めて、
「いやだ! 俺は王になる男なのだぁ!」
往生際が悪すぎる。
ため息をついた剣姫は、すっと神剣を引き抜くとモンジュラ将軍の喉元に当てた。
「見苦しいわよ。勝負あったと判断するわ」
「ま、待ってくれ」
「何?」
「ヒィ、わ、わかった。俺の負けでいい……」
将軍とて、剣姫に口答えすれば、本当に殺されると理解できるだけの正気はある。
「じゃあケインに、将軍の地位と、全ての財産と、領地を譲ると言いなさい」
「なっ……グッ、地位と財産と領地をゆずりゅぅ!」
さすがにそれはないだろうと将軍も思ったが、すっと喉が切れて血が流れ出たので、思わず叫んでしまった。
「もう用はすんだわね。さっさと捕まって処刑されなさい」
すっと神剣を引く剣姫。
真っ白に燃え尽きたモンジュラ将軍は、もはや抵抗する気力もなく捕まって連れて行かれた。
謁見の間に集まった人々の前で、剣姫は宣言する。
「みんな見ての通りよ! 悪しき将軍に勝った善者ケインが、次の将軍よ!」
みんなシーンとしているので、「あれ?」と剣姫はキョロキョロしている。
剣姫の
「将軍の地位を譲るとか、そんなの勝手にできるわけないやろ」
呆れたマヤが突っ込む。
剣姫が何をやるつもりなのかと見ていたのだが、ため息しか出てこない。
「えー、ダメなの?」
「ダメに決まってるやろ! 原始時代やあるまいし、将軍の任命権は国王陛下にあるに決まっとる」
あくまで将軍、貴族は王の家臣に過ぎない。
王国軍の将軍を任命するのは王権であるし、こうなれば将軍の領地も、王国に没収されることになるだろう。
せいぜい奪えて財産ぐらいというところか。
「オルハン大隊長。国王が任命した正式な後任が決まるまで、とりあえず将軍代理として北守城砦の守りを頼んだで」
「マヤ殿」
「なんや、オルハン将軍代理」
「アナストレア殿下ではないが、実は私もケイン殿ならば将軍にふさわしいと思っているのだがな」
そう言われて、マヤは少し考え込んだ。
アホが一人増えたのかと思ったが、そうではないようだ。
オルハンは、これまでもケインの活躍を間近で見てきている。
今回のモンジュラ将軍追い落としも、ケインの立派な態度が兵士たちに感銘を与えたからこそ成功したともいえる。
いくら強くても、剣姫のような猛々しい性格だと無理だが、領民や兵士を公平に思いやれるケインには、人の上に立つ器量があるとオルハンはみたのだ。
貴族と違い、王国軍は実力主義の傾向が強い。
最高位の勲章を二つ持っているケインは、すでに将軍が務まるぐらいの功績は上げている。
やり方はともかく、ケインがモンジュラ将軍を倒したことも事実として残る。
大隊長であるオルハンが補佐して、王の顧問官であるマヤが上奏すればケインの将軍就任は十分に実現可能だろう。
それはそうやけどなあと思って、マヤはケインに尋ねる。
「ケインさんは、ここの将軍やりたいか。やる気があるなら、うちが掛け合って将軍に任じてもらえるようにしてもいいんやけど」
「いや、将軍なんてとんでもない。俺に務まるとも思えないよ」
「……ちゅーことや」
ケインならそう言うと思っていたと、マヤは微笑む。
アナ姫も口をはさむ。
「せっかく決闘して奪い取ったんだから、将軍の財産ぐらいはもらいましょうよ」
「もともと将軍が誰かから奪ったものなら、持ち主に返してあげてほしい。それでも残りがあるなら、被害を受けた獣人たちに配ってあげよう」
お人好しなケインは、全てこの調子である。
将軍による略奪行為などはこれから詳しく調べて、被害を受けた領民に返されることになるだろう。
「そうか、ケイン殿には野心がないのか……」
それだけの人望を持ちながら、惜しいことだとオルハンは肩をすくめる。
「ちゃうねん、オルハン。ケインさんは野心を持たないからこそ、こうやってハイエルフにも信用されるんやで」
ハイエルフの女王、ローリエにも慕われているケインを見て、オルハンは何かに気がついた顔をした。
「……なるほど、そういうまとめ方もあるということか!」
「せや。うちらはこれからエルフの国を救ってくる。それが将軍のせいで冷え切った友好関係を回復させることにもなり、ひいては王国のためにもなるはずや」
「
どうやら、オルハンは物分りがいい男のようだとマヤは思う。
代理と言わず、そのまま北守城砦の将軍を任せてもいい人材かもしれない。
まあそれは、マヤの報告を受けた国王陛下と宰相が決めることだが。
「これからもあんじょう頼むで、将軍代理」
「もちろんだとも。国と民のため、私もできる限りの協力をさせてもらおう」
一方、この話を聞いていた
「そうよね! ケインはこんな小さな城の将軍なんて地位では満足できないわよね! やっぱり王よね、王!」
一人で頷いて、変な納得の仕方をしていた。
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