第77話「こうしてノワはケインの娘となった」
「主神オーディア並びに、天の神々よ。どうぞ感謝の品をお納めください」
みんなを代表してケインが、オーディア教会の祭壇に向かって感謝の祈りを捧げる。
悪神復活を阻止し、魔王ダスタードを退けられたのは、まさに天の神々の助けであった。
騒ぎが落ち着いてからになったものの、ケインは以前の約束通り、エルンの街のオーディア教会の祭壇に感謝の供物を捧げた。
最高級の月見草のワインに、焼きたての白パンと、たくさんの干し肉を山盛りにして祭壇に並べる。
教会の祭壇も、クコ村の木工細工師に依頼して新調してもらったピカピカのものだ。
そして、ノワちゃんの悪神の神像もこの教会の奥の間に安置されている。
この国唯一の聖女であるセフィリアが、オーディア教会の威信にかけて守るとまで約束して、厳重に封印を施してくれた。
神聖なる教会に匿っておけば、もう魔の手には落ちることはないだろう。
主神オーディアよ、どうかノワちゃんをお守りください。
ケインは、心より祈った。
感謝の供物は神々に捧げられるものだが、神様が本当に食べたり飲んだりするわけではないので、儀式が終われば参拝客の振る舞い酒としても配られる。
この日は自然と、魔王ダスタード討伐に加わった冒険者たちが集まり、そのまま戦勝祝いとなった。
「ぷはー、最高の祝い酒だなぁ! 俺は、
「もーその話何回目よ、アベルは飲みすぎだからいい加減にしなさい」
初めて流星の英雄らしい活躍ができたAランク冒険者アベルは、ベロベロに酔っ払って女盗賊のキサラにたしなめられている。
竜殺しの英雄といえば、あのとき戦ったみんながそうなのだから、アベルが誇ることではない。
「だってよぉ」
「アベルなんて、魔王には一瞬でやられちゃったじゃん。戦ったのケインさんでしょ」
「そうなんだよ! 見たかよ、あのケインさんの絶技。とっさに剣を手放して、魔王の隙を作るとは思わなかった。あれは
「あーもう、うっさいこの剣術バカ!」
アベルを黙らせようとしたつもりが、余計うるさくなってしまう。
「ガハハ! アベルは若いな。しかし、Aクラスの大魔獣にとどめを刺したんだから、手柄を誇るぐらいは許してやれ」
冒険者ギルドの長ゲオルグは、そんな若い冒険者たちの様子を見て、楽しそうに笑っていた。
「ギルド長も、笑ってる場合じゃないですよ。もう冒険者は引退されたんでしょう? あんまり無理されて、ギルドマスターに怪我されたら私たちだって困るんですから」
「いや。まあ、すまん」
古強者のゲオルグも、ギルドのベテラン受付嬢のエレナさんに怒られたらタジタジである。
「ケインさんも、お疲れ様でした。その子を助けるために魔王と戦ったんですってね」
「エレナさん。ありがとうございます」
エレナは、ケインのグラスが空いているのに気がついてお酌する。
「これ、美味しいお酒ですよね」
「あ、気が付きませんで、たくさんありますからどうぞエレナさんも飲んでください」
「じゃあ、いただきます」
注いでもらった月見草のワインを飲んで、エレナはほんのりと頬を赤らめる。
ケインたちの側では、『バッカス』のマスターがせっせとイノシシ肉を焼き、無尽蔵の食欲を見せるノワとテトラがバクバクと食べていた。
ノワとテトラは、新しくできたケインの家族だ。
二人が美味しそうに肉を頬張る姿を、ケインは楽しそうに見つめる。
「その子は、ケインさんが引き取るんですよね」
「ええ、ノワちゃんって言うんですよ。俺の娘として育てようと思います」
いつの間にか、エレナがケインに肩を寄せていた。
甘い香りのする桃色の長い巻き髪が、ケインの鼻孔をくすぐる。
「でも、男親だけで女の子を育てるって、大変ですよね。私、こう見えても子供は大好きなんで、何でもお手伝いさせてくださいね」
久しぶりのお酒でちょっと酔ったかしらと、エレナは少しよろめいて見せて、ケインに支えられた。
少しいい雰囲気になる二人。
そこに、ドカッと割り込んだのは剣姫アナストレアだった。
「ちょっと色気ピンクおばさん、何をでしゃばってんのよ!」
「あら、なんですか……アナストレア殿下は、関係ないじゃないですか」
でしゃばりはお前の方だ、この小娘がと。
こわばった笑顔を維持したまま、怒りにスッと目を細めるエレナ。
「関係あるから言ってるのよ。だって、ノワちゃんは私の娘でもあるんだからね!」
剣姫は、フフンと笑ってまったくない胸を張って、したり顔をする。
「殿下がノワちゃんのお母さんって、ケインさん一体どういうことなんですか?」
慌てるエレナに、ケインは平然と説明する。
「ああ、アナストレアさんも、ノワちゃんを娘として見守ってくれるそうなんだ。ありがたいことに」
純朴そうなケインの顔を見て、エレナはどうやらそういう意味ではないらしいと、ホッと胸を撫で下ろす。
「でも、ケインさん。ノワちゃんのお母さんなら、もっとこう大人の女性というか、母性があったほうがいいと思いませんか?」
エレナは、ケインに豊かな胸元を見せてチラチラとアピールしつつ、ちらっとアナストレアのほうに視線を向けてフンと鼻で笑う。
「あ、あんた、私の胸を見ていったわね!」
「あーら、私はそんなことは一言も申し上げておりませんが、殿下が貧しい胸を気になされておいでなら大変失礼致しました!」
エレナも、やられっぱなしでは終わらない。
痛烈な嫌味に、剣姫はプンプンと怒る。
「私はまだ十五歳だもん! これからおばさんよりも、ずっと大きくなるんだから!」
横で話を聞いていた魔女マヤが、プッと噴き出した。
マヤは、大公爵夫人であるアナストレアの母君を知っている。
大層お綺麗な奥方様ではあるが、胸はあんまりない。
血筋を考えると、アナ姫もまったく期待はできないなと思ってしまった。
「マヤもなによ!」
「ほら、アナ姫もええ加減にせんと、ケインさんも困っとるで」
ケインは、マヤに「エレナさんとアナストレアさんって、仲が悪いの?」と小声で聞いてくる。
なんでエレナとアナ姫が衝突してるのか、まったくわかってないらしい。
まったく、このおっさんはしょうがないなとマヤは笑う。
「まーまー二人とも。ノワちゃんは、みんなで成長を見守るってことでええやないか」
そんな適当なことを言って、マヤはなんとか強引に話をまとめてみせた。
そして、テトラと一緒に楽しそうに焼肉を食べているノワを見て、一瞬だけ真顔になる。
まるで普通の娘のように見えるが、はたして元悪神が普通の人間と同じように成長するものだろうか。
一度はもう知らないと言ったものの、マヤはやはり責任を感じる。
オーディア教会の聖女セフィリアやケインの意向を無視してまで、悪神の神像を破壊するなどとは言わないが。
王国の安泰のためにも、ノワの今後を監視していかなければならないなと考えるのだった。
※※※
賑やかな大宴会が終わって、ケインはテトラとノワを連れて自宅へと帰った。
「あら、お帰りですか」
そこには、聖女セフィリアが待っていた。
彼女は、ケインの自宅の神棚に新しく善神アルテナと、名も無き神ノワの木像を飾っていたのだ。
「神棚ができたんだね、俺もお参りしておこう」
ケインと一緒に、テトラやノワも手を合わせる。
ノワちゃんが自分の神像に手を合わせるって、なんだかおかしいけれども、これも悪くはないだろう。
「ケイン様が、こうしてしっかりとノワちゃんを祀っていれば、いずれ魔族の呪いも解けると思います」
「そうか。アルテナは善神になったけど、ノワちゃんは何の神様になるのかなあ」
「それはむしろ、ケイン様次第でしょう。ケイン様は、ノワちゃんに何を望まれますか」
そうセフィリアに言われて、ケインはノワちゃんを優しく抱き寄せる。
「俺が願うのは、この子が健やかに育って欲しいということだけだ」
「では、ノワちゃんはいつか、子供の守り神となるかもしれませんね」
そうであればいいなと、ケインは願った。
「あの、それでケイン様……」
「ん、どうしたのかな?」
珍しくセフィリアが、何か言いたいことがあるみたいなので、ケインは少し身をかがめて聞く。
聖女様にはお世話になってるので、何かお願いがあるなら聞いてあげたい。
「アルテナ様は、善神としての御力を使われすぎて休まれてますが、聖女である私を通してなら、お話できます!」
「あ、いや、それはもういいんだ」
好意はありがたいのだが。セフィリアがその身にアルテナを宿すと、どうも変なことになってしまう。
ケインとしても直接話したいのはやまやまなのだが、それはきっとアルテナも望まないだろう。
「私は、お二人のお役に立ちたいのです。ケイン様は、アルテナ様と離れ離れになって、お寂しくないのですか」
「大丈夫だよ。そんなことをしなくても、アルテナは今も俺たちのことを見守ってくれているんだから」
ケインは、なんとなくそう感じていた。
「そう、ですか……」
ケインの役に立てなくて、セフィリアは少し寂しそうだ。
「聖女様も気を使ってくれているんだね、ありがとう。でも俺は、アルテナが直接出てこれるようになるまで気長に待つよ」
ケインがいたわりの言葉をかけると、セフィリアも「そうですか……」とつぶやいて何かを振り切ったように微笑んだ。
元悪神として強い力を持っていたためか、ノワはケインの娘としてこうして普通に暮らせるようになった。
だったら、アルテナともずっと一緒に暮らせる日がくるのではないか。
あんなに活躍したのに、もらった報奨金も分け与えてしまって、ケインは無欲だなとみんなに言われる。
でもケインは、自分ほど欲深い人間はいないのではないかと思う。
自分の大事な人たちが、みんな笑顔になってくれること。
これこそが、一番贅沢な望みではないか。
そんな日がくることを信じて、ケインはこれからも善行を積んでいこうと思うのだ。
「ノワちゃん、あーそーぼー!」
ケインの家に、孤児院の子供たちが誘いに来たようだ。
子供は、本当にすぐに仲良くなる。
「あの……お父さん、遊びに行ってもいい?」
「もちろんいいよ、行っておいで」
そう言えば、ノワちゃんにお父さんと呼ばれるのは初めてだ。
そうか、お父さんかと……感慨にひたるケインは、庭で遊ぶノワちゃんたちを見て満足そうに微笑む。
その姿を見守るケインは、親になるとはこういうなのかなと、幸せを噛み締めていた。
こうしてノワは、ケインの本当の娘になったのだった。
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