第76話「勲績再び」
アウストリア王国の王宮で、またも王国の人事を司る、紋章院長官のモンド伯爵が剣姫アナストレアに首を締め上げられていた。
「だからケインを子爵にしなさいって言ってるでしょ」
「ですから、そのことについては何度も申し上げておるでしょう。平民を
前回と一緒である、今回も魔王ダスタード討伐の功労に対して、叙勲式が行われた。
しかし、今回も平民であるケインや冒険者たちは、王宮の叙勲式には呼ばれなかった。
当然ながら、剣姫アナストレアはブチ切れる。
「前例、グェェ! 前例、グェェ!」
「アナ姫、モンドさん死んでまうから! それ以上はあかんて!」
吊るし上げられたあげく、ガクンガクン頭を揺さぶられて死にかけているモンド伯爵の命を救ったのは、マヤであった。
「ふん、こんな下っ端に言ってもしょうがないわ。おじさまはどこよ?」
仮にも国務卿であるモンド伯爵を下っ端扱いするアナ姫に、マヤは苦笑する。
まあ、官職が高い程度で、剣姫を止められるわけがないので仕方がない。
王国軍の将軍であっても、剣姫に詰め寄られれば命乞いするほどだ。
顔を真っ青にして悶絶しながらも、うんといわなかったモンド伯爵はかなり頑張ったほうだ。
「ディートリヒ陛下なら、祝賀会に出てるところやで」
「そう、行くわよマヤ!」
ちょうど、ランダル伯爵家が代替わりするのに、キッドたちが挨拶に来ていたところだったのだ。
そこに、ランダル伯爵領で魔王ダスタードが倒されたというめでたい知らせが入ったので、祝賀会が催されている。
「おじさま!」
やっぱり来たかと苦笑して、アウストリア国王ディートリヒ・アウストリア・アリオスは姪っ子を迎える。
「陛下、いけませぬぞ」
王の隣りにいた焦げ茶色の口ひげのマゼラン宰相が小声でつぶやくのに、王も小声で答える。
「わかっておるよ」
「おじさま。他のことはもうどうでもいいから、ケインを伯爵にして! ケインは凄いの! 悪神を二回も封じてるのよ。それぐらいして当然でしょ」
子爵から勝手に一階級グレードアップしている。
この分だと、次は侯爵にしろといいそうだと、国王は思わず吹き出しそうになる。
「しかし、アナストレア。魔王ダスタードを倒したのは、お前だと報告を受けているが……」
「確かにトドメをさしたのは私よ。でもそれは、ケインが戦って魔王を弱体化させてたからだわ」
剣姫が普通に戦っても楽勝で勝てたはずなのだが、しれっと嘘を混ぜる。
「どうなのだモンド伯爵」
ハーハーゼーゼーと荒い息を吐きながら、後ろからやってきたのはモンド伯爵であった。
もうこの人も意地である。
「ゲホゲホ……つ、謹んで申し上げます。調べさせたところ、善者ケインと呼ばれる冒険者はエルンの街での評判は高いのですが、記録上Dランクの冒険者であるのに、大賢者ダナ・リーンと同等レベルの魔法を使えるだの、孤児出身だが実は大貴族の隠し子であるだの、魔王軍の幹部である獣魔をテイムしただの、まったく理解不能で信じられぬ話ばかりでした!」
確かに、眉に唾をつけるような話ではある。
実際に見たわけではないので、モンド伯爵が怪しむのも無理はない。
「全部、本当だわ!」
アナストレアは、自信を持ってそう答える。
「うーむ」
国王ディートリヒは困った顔をする。
「あの、申し上げてもよろしいでしょうか」
手を挙げたのは、新しくランダル伯爵となったキッドであった。
「おお、ランダル伯爵か。卿の領地のことでもあるゆえ、話を聞きたかったところだ」
「では謹んで申し上げます。ケインさんは、ランダル家の危機を救ってくれたお方でもあります。今は、我が
聡明なキッドは、国王に対しても臆せずに言上した。
「さすが、ケインのとこの子ね! その話乗ったわ。うちの領地からもちょっともらって、合わせてケインが治める伯爵領を作りましょう」
剣姫は、勝手にアルミリオン大公爵家からも領地を分けると言い出している。
いかに大公の娘とはいえ、アナストレアはアルミリオン家の当主ではないので勝手にそんなことをする権利はない。
もしそのようなことがあるとすれば、アナストレアがケインと結婚するということなのだが……。
それがわかって言っているのだろうかと、王はますます困惑した。
ディートリヒ王は、姪っ子の顔をじっくりと窺って……やっぱりこの子は何も考えてないなとため息をつく。
「若きランダル伯爵よ。そなたの申し出は残念ながら受け入れられぬ。ランダル伯爵家は、我が王国の大事な北の守り、アルミリオン大公爵家は東の守りの要なのだ。そこから、領地を削ることは容認できない」
「じゃあどう落とし前つけてくれるのよ、おじさま!」
国王に向かって落とし前とはなんだと、周りの貴族や騎士たちは顔を見合わせるが、これが剣姫なのでどうしようもない。
本音を言えば、ディートリヒ王だとて、ケチなことは言いたくないのだ。
悪神を鎮め、魔王ダスタードを倒した。
話半分としても、まさに救国の大英雄と呼んでいいほどの、凄まじき功績の数々である。
ケインの功績を考えれば、最低でも男爵や子爵ぐらいには任じてやりたい気持ちはある。
しかし、時期が悪かった。
アウストリア王国は今、マゼラン宰相の指導の下で官僚制度や常備軍を整備して、王権の強化に励んでいるところなのだ。
小競り合いを続けて、最近も冷戦状態になっているアウストリア王国と大陸を二分する東の帝国の脅威に対抗するため、必要な政策だった。
だが、当然ながらその政策は、古い門閥貴族の反発を生む。
今のこの状況では、どれほどの勲功を重ねようと、ただの平民を領地持ちの帯剣貴族に任ずることはかなり難しい。
「ケインくんにしかるべき役職を与えて、法服貴族としてはどうか?」
貴族には、帯剣貴族の他に法服貴族というものもある。
王国裁判所の判事や、王宮に仕える廷臣などが、授与される位である。
事の真偽はともかく、これほどまでに姪っ子の心を掴む善者ケインに、王は一度会ってみたいと思ったのだ。
王宮に招き謁見するとなれば、仮初めにも王国騎士か貴族の位があったほうが都合がいい。
しかし、これに異を唱えるのは、やっぱり剣姫だった。
「嫌よ! 法服貴族なんて、領地もないまがい者の貴族でしょ。そんなものにケインをさせられないわよ!」
あんまりにもあんまりなアナ姫の言葉に、周りにいた王の廷臣たちががっくりと肩を落としたり倒れ込みそうになったりしている。
王宮の官僚たちは、剣姫の言うところのまがい者の貴族だらけである。
「愛らしき余の姪よ。そなたの気持ちはわかる。だが物事には順序や段階というものがあるのだ。周りを納得させるためにも、ここは一つそのあたりを落とし所としてだな」
「もういいわよ。おじさんには頼まないから!」
ぷいっと、剣姫は出ていってしまう。
「待て、アナストレア!」
「こうなったら金をふんだくれるだけふんだくってやる。あんたらも今にみてなさいよ。ケインの王国が、この国よりでっかくなっても知らないから!」
やれやれと、退出する剣姫を追いかけようとする魔女マヤに、王は声をかけた。
「魔女マヤよ、アナ姫の言うケインの王国とは何だ?」
「あー、陛下に謹んで申し上げます。貴族にしてくれないなら、アナ姫はもう自分でケインの領地を作るって言い張ってるんですわ」
「そんな見込みがあるのか?」
そのようなものがあるのかと王は驚いた。
新しく開拓できる領地などあれば、それこそどこの国もこぞって狙ってくるものだ。
「うーん、どうですやろ。魔王ダスタードがヘザー廃地に作っていた隠しダンジョンとかなんやろうか。あそこなら食料自給が、いやしかし、地下でしか暮らせないってドワーフぐらいしか住むのは無理やろし……」
「魔女マヤよ。もしも、新しい領地ができれば、善者ケインにそれに見合った爵位を与えても構わぬ」
「陛下、本当によろしいんですか?」
本当はよろしくないのだが、剣姫の勝手にさせるほうが恐ろしい。
「あの子は放っておくと、何をするかわからぬからな」
「しかし、アナ姫はともかくケインさんは栄達をまったく望まん謙虚な人やから、そこまで心配せんでもええと思いますよ」
それこそ、ランダル伯爵領の騎士隊長にどうかという話も断ったぐらいなのだ。
「そのケインくんに、余も一度会ってみたいものだ。それはともかくとして、騒動が続く北方の安寧も気にかかる。そこで、魔女マヤを余の顧問官に任じたいと思うのだが受けてくれるだろうか」
あらかじめ用意していたのだろう。
マゼラン宰相が、マヤに顧問官の辞令を手渡す。
「謹んでお受けします」
顧問官は、国務卿に次ぐ重役である。
宮廷外で顧問官として任じられたマヤは、王国の内務や外交について、ときに国王の代理としての権限すら持つことになる。
剣姫のお目付け役としてということもあるが、王国の地方領地を回って次々と騒動を鎮めた働きを評価してなのだろう。
大賢者ダナの養女であるマヤはいずれその後を継ぐと言われているが、マゼラン宰相はむしろマヤを官僚として出世させて、いずれは自分の後継者にと考えていた。
「魔女マヤよ、そなたにばかり多大な苦労をかけておるのを心苦しく思っておる。どうか、今後も国の安寧のために尽くしてくれ」
「ハッ、陛下のもったいなきお言葉、ありがたく賜ります」
「……またこれは王としてではなく、余の姪の友人としても個人的にお願いする。どうかこれからも、あの子の面倒を見てやってくれ」
「うちに任せとってください。なんとか、あんじょうしますよってに」
こうしてケインには二つ目の
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