第75話「そして終局」

 剣姫アナストレアがエルンの街に到着後、三分で魔王ダスタードは消滅し、十分後には統制を失った五千匹のモンスターの戦線は崩壊していた。

 今までの苦戦はなんだったのかと、みんなホッと息を吐く。


 しかし、少なくない犠牲もあった。


「テトラ……」


 ケインは沈痛の面持ちで、ぐったりとしたテトラを身体を抱く。


「ケイン様、使い魔のテトラは復活しますよ」

「本当なのか?」


 テトラが殺られてしまったと思っていたので、ケインは目に喜びの涙を浮かべた。


「ノワちゃんが飛び出すと同時に、悪神復活の儀式が崩れましたから、魂さえ戻ればテトラはもともと九つの命を持つ獣魔です。もしかすると、他の魔族の魂もいずれ蘇ってしまうかもしれませんが……」


 それは喜ばしい知らせではないが、それでもケインはテトラが帰ってきてくれることが嬉しかった。


「しばらくすれば自然と蘇るでしょうが、いち早く呼び戻すために、その肉体を回復させましょう」


 本来であれば、魔族である獣魔に回復魔法は利かない。

 しかし、セフィリアの回復魔法は、ちゃんとテトラの傷ついた身体を癒やした。


「……あるじ」

「テトラ、良かった。生き返ったのか!」


 ケインの腕の中のテトラは目を覚まして、蘇った。


「そうか、我は蘇ったのか。もしや、あのまま吸われて消えてしまうかと思ったが、あるじの元にまた戻ってこれた」

「テトラ……あなたは本当の意味で生まれ変わったのですよ。その身体を御覧なさい」


 セフィリアの言葉に従って、テトラは自分の身体を見る。


「えっ。これは、どういうことだ?」


 ケインの使い魔になってから血塗られた体毛は白くなったのだが、さらに禍々しかった爪も綺麗になっている。

 なんだか身体中がピカピカと輝いているようだ。


「テトラ、あなたの罪は命をかけた献身によって償われました。あなたはもう魔族の獣魔ではなく、白虎の聖獣人となったのです」

「もう我は、獣魔ではないということか」


 生まれつき呪われし獣魔であったテトラは、そうでなくなったのは嬉しいと思う。

 ただ、いきなり聖獣人になったと言われてもなんだかしっくりこない。


「そうか、テトラは聖獣人になったんだ。本当に良かったね」

「うん」


 ただ、あるじであるケインにそう言われるのは、褒められているようで嬉しかった。


「もう使い魔でないなら、そのお腹の印も消しちゃっていいんじゃないかな」


 どうも、女の子の身体に入れ墨のようなものがあるというのは良くない気がする。

 しかし、ケインがそう言うと、テトラは手でお腹を覆って隠してしまった。


「これは消してはダメだ。あるじの使い魔である証は、我の誇りなのだから」

「うーんそうか」


「ケイン様、本人がそう望むなら良いではありませんか。聖獣人となっても、ケイン様の使い魔であることには変わりはないということで」


 聖女セフィリアもそう言うので、「じゃあ、これからもよろしくと」ケインは受け入れることにした。

 使い魔というのもどうなのかなと思うのだが、それをテトラは誇りとまで言ってくれているのだ。


 一度受け入れたものを放り投げるのは良くないことだとケインは思う。

 テトラがケインのためにして尽くしてくれるなら、その分はありがたく受け取って自分のできることで返してあげたらいい。


 ともかく誰も犠牲にならず、みんなが助かって良かった。

 ケインは、テトラとノワをしっかりと抱きしめる。


 この子たちは、ケインの家族だった。

 テトラを使い魔として、ノワを本当の娘として、これからも一緒に暮らしていこう。


「じゃあ、ノワちゃん一緒に家に帰ろうか」


 みんなエルンの街の外壁から下へと降りた。

 そこに、ゼーゼーと息を切らして、ようやく魔女マヤがやってきた。


「ハァ。結局、うちは何の役にも立たへんで終わったみたいやな」

「アナストレアさんが、魔王をやっつけてくれて助かったよ。マヤさんも、いろいろと尽力してくれたみたいでありがとう」


 ケインは、ねぎらいの言葉をかける。


「魔王はアナ姫が倒したんやろうけど、悪神の神像はどうなったんや?」

「それなら、俺が持ってるけど」


 ケインは、悪神の神像を見せる。


「じゃあ、それをこっちに渡してもらえへんか?」

「え、像をどうするつもりなんだ」


 何か不穏なものを感じて、ケインは聞き返す。


「もちろん破壊するんや。悪神がまた復活する可能性は、しっかり潰しておかんと」


 マヤがそう言うのを聞いて、聖女セフィリアがケインとノワの前に守るように立った。


「神像は破壊させませんよ。ケイン様は悪神を浄化したのです。この像だって、もはや悪神の神像ではありません。これからの管理は、オーディア教会がしっかりとします」

「セフィリア、それでは納得できへんわ。二度あることは三度あるって言うやろ。その像があるだけでも、脅威は消えてへんよ」


 ここで、セフィリアとマヤの意見が食い違った。


「なあ、ケインさん頼むわ。大人しく、その神像をこっちに渡してくれへんか」

「マヤさん。この像を壊したら、ノワちゃんが消えてしまうかもしれないよね」


 それだけは絶対にさせない。

 そのために、ケインは全てを投げ出す覚悟までしたのだ。


「ケインさん。今回はアナ姫のおかげで無事に済んだかもしれんし、大事なときに役に立てへんだうちが言うのも悪いけど、その像のせいで街にも被害が出たんやろ」


 エルンの街の正門は、マヤの言うとおり大きく崩されてしまっている。

 無事に済んだとはいえ被害は大きかった。あと一歩で、モンスターの群れが街中に流れ込んでくるピンチだったのもその通りだ。


「それでも、ノワちゃんは俺の子だ。だから俺が守るよ」

「……うちが悪者か。まったく損な役回りばっかりやな、それでもうちは務めを果たさなあかんのや」


 そこに、魔王討伐のついでとばかりに、辺りのモンスターをあらかた切り飛ばした剣姫がやってくる。


「あんたたち、何やってんの?」


 魔王ダスタードを倒して事件を解決したと思ったら、今度はマヤがケインとセフィリアに向かって一触即発になっているのだ。

 アナ姫が当惑するのも当たり前だった。


「何やってんのやないで、アナ姫! セフィリアとケインさんが悪神の神像を壊さないって言うんや。Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』としては、未来の脅威は除かんといかんやろ」


 ケインも必死だった。


「ノワちゃんは、もう悪神じゃないよ。俺の家族だから、マヤさんには申し訳ないけど守らせてもらう」

「オーディア教会の聖女として、いえ一人の人間として、私はケイン様のご意思に従います」


 みんなが何を言い争ってるのか、アナ姫にはさっぱりわからない。

 マヤは、必死にアナ姫を口説こうとする。


 なにせケインが敵に回るということは、その使い魔のテトラも自動的に敵に回る。

 ケインが頑ななので、テトラもガルルルと牙を剥いている。


 三対一、いや元悪神のノワを合わせて四対一。明らかに多勢に無勢だった。

 しかし、マヤにも王国の平和を守るという自負がある。


「アナ姫! Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』のリーダーとしての判断やぞ。今回はマジな話なんや。悪神の脅威が取り除けるんなら、たとえ非情の手段でも取るべきや。それが強い力を持ち、上に立つ者の責任やないのか!」


 もちろん、アナ姫はマヤの必死の訴えなどまったく聞いていない。

 アナ姫が気にかかったのは、ケインがノワを自分の娘と言っていることだ。


 そのケインの娘を一緒に守っているセフィリアが、どうもポイント稼いでるみたいで気に入らない。

 使い魔のテトラや娘というノワはしょうがないとしても、セフィリアはいつの間にケインとあんなに仲良くなったのか。


 どうしよう、あの子がケインの娘なら……。

 そこで、剣姫に天才的な思いつきがひらめく。


「何よ、よくみたら可愛い子じゃない。えっ、ノワちゃんって言うの? じゃあ今日から、この私がノワちゃんのお母さんよ!」

「お母さん?」


 目を丸くして驚くノワに、お父さんといっしょにお母さんができた。


「また何を言い出したんや、アナ姫ェ!」


 もはや、敵に回るどころの話ではない。

 愕然とするマヤを他所に、アナ姫はこれは名案だと満面の笑みを浮かべた。


 ケインがお父さんなら、私がお母さん。

 そう言ってしまって、ちょっと恥ずかしいけど、アナ姫は笑いがこらえきれない。


 うん、このアイデアは冴えている。

 マヤの気も知らず、自画自賛の剣姫であった。


 そのとき、プツンと何かが切れる音が響いた。

 ついに精神の限界を迎えたマヤは、慌ててエルンの街まで飛んできた疲れも相まって、その場に突っ伏した。


「あれ、マヤどうしたの?」

「はぁ……」


 剣姫の問いかけにマヤは応えず、深い深い溜め息をついたまま、道にしゃがみ込んで動かなくなる。

 呼びかけにも答えず、あんまりにも疲労の色が濃いので、ケインもかなり心配する。


「大丈夫なのかな、マヤさん」

「あーケイン心配しないで。マヤはね、たまにこうなるのよ」


 いろいろと一人で考えすぎてストレスを溜め込んだあげく、ついにプッツリと精神の糸が切れてしまうのだ。


「たまにっていうか、これがほぼ毎回やないか! あーもう、うちはどうなっても知らんからな! なんか問題になったら、全部アナ姫とセフィリアとケインのおっさんのせいやから、もう知らん。うちは何も見てなかった、もう勝手にせい!」


 最後の気力を振り絞って文句を言ったマヤは、「なんで毎回リーダーの意見がことごとく否決されんのや、もうこんなんばっかや、故郷に帰りたい……」とかブツブツ言いながら去っていく。

 そして、マヤは街の宿屋に帰って一人寂しくふて寝するのだった。

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