第72話「悪神復活」
ケインは、自宅で苦しみだしたノワちゃんを見守っていたのだが、みるみるうちに暗い瘴気が集まってくる。
「うう、ケイン……」
「ノワちゃん、しっかりするんだ!」
抱きしめて必死に呼びかけるが、ノワちゃんの周りには、ケインにすら見えるほど瘴気が漂い始めていた。
常人であるケインにも、これは尋常でないことが起こっているとわかる。
このままでは、元の悪神へと戻ってしまうのか。
「ケイン様、強い闇の力が近づいてくるのを感じます。どうやら、アナ姫たちは魔王ダスタードを止めるのを失敗したようです」
ケインを後ろから抱きしめている聖女セフィリアが、耳元でそう言う。
「アナストレアさんたちでもダメだったのか、俺は一体どうすればいいんだ。俺に何ができる」
ケインの苦しげな声に、覚悟を決めたアルテナの声が聞こえた。
「ケイン、もう私でもノワちゃんを抑えきれない。やっぱり、私と引き換えにノワちゃんを消して、そうすればみんな助かるわ……」
「そんなこと、できるわけがないだろう!」
どうしようもないまま、ノワちゃんを抱きしめていたケインだったが、ついに暗い瘴気に撥ねのけられてしまった。
瘴気に取り込まれて気絶してしまったノワちゃんは、すぅっと吸い寄せられるように部屋の窓から出ていってしまう。
強い瘴気にあてられて、ふらつきながらも立ち上がったケインに、手を貸したセフィリアが決然とした声で言う。
「善者ケイン様。『聖女の誓約』の力をできるかぎり捧げました。今のケイン様なら、善者としての御力を十全に発揮できます!」
セフィリアは、いつになく強い声で言った。
「善者としての力か……」
そうか、『聖女の誓約』は、心臓を近づけるとかなんとか言ってたな。
セフィリアがずっと胸を押し付けていたのも、ケインに力を与えるための儀式だったのかと気がつく。
「ケイン様。悪神の神像は、倒された魔族やモンスターの呪いや恨みを力とします。おそらく、アナ姫たちが倒した強大な魔族の怨念が、悪神復活を引き起こしたのだと思います」
「それがわかってたなら、もう少しなんとかやりようがあったんじゃないかな」
魔族はもう攻撃を仕掛けてきていたのだから、なかったかもしれないけど。
ケインだって、ちょっと愚痴りたくなってしまう。
「それでも、大丈夫です。ケイン様の善なる力は、どんな運命にだって打ち勝てます。ケイン様なら絶対にみんなを救えます!」
ケインを信じ切っているセフィリアは、海の底のように澄み切った紺碧の瞳で、まっすぐに見つめてくる。
セフィリアのかける期待は、あまりにも大きすぎてちょっと怖い。
それでも今は、その無茶な言葉を信じようとケインは思った。
セフィリアの言葉通り、ケインの身体のうちから、不思議な温かい力が湧き上がってくるのを感じる。
そうだ、ケインはもう信じるしかない。
ただのDランク冒険者が、魔王に打ち勝ってノワちゃんを救えるとしたら、この身を投げ打つ覚悟で
「ありがとう聖女様、俺も自分にはノワちゃんを救えると信じてみるよ!」
「心正しき者には、必ずや主神オーディア様のご加護があります。どうか、善者ケイン様のお心のままになさってください」
セフィリアが祈るのを見て、ケインも静かに瞑目し、手を合わせて天に祈った。
主神オーディア様。天に住まう神々の皆様。
どうか、自分にノワちゃんを救う力をお与えください。
明日のお供え物は奮発しますから!
そんなケインの願いに応えたのか。
ケインを気遣う善神アルテナの声が聞こえる。
「ケイン、剣はちゃんと持っていってね」
「わかった。アルテナもどうか、俺を見守っててくれ!」
ケインは、ミスリルの鎧を身に着けてミスリルの剣を腰に差した。
一度は、悪神を浄化しているのだ。
今度も絶対に助けられると信じて、ケインはノワちゃんを追うことにする。
庭に出ると、そこには立派な体格になった白いロバが待っていた。
「そうかヒーホー。お前もノワちゃんを助けたいんだな」
「ヒーホー! ヒーホー!」
ヒーホーの背中には翼まで生えている。
思えば、うっかり名前を付けるのを忘れていたケインに代わって、ヒーホーと名付けてくれたのもノワちゃんだった。
ヒーホーは、ノワちゃんとずっと仲良しだったのだ。
言葉が通じなくても、ケインにはヒーホーの気持ちが伝わった。
「頼むぞヒーホー。一緒にノワちゃんを助けるんだ!」
「ヒーホー!」
「うわ、街の周りをモンスターが囲んでいる!」
モンスターが発生するとは聞いていたが、ここまで多いとは思わなかった。
それも、このままにはしておけない。
「ケイン様。魔王ダスタードが、必ずこの近くにいるはずです。悪神の神像を使って、悪神となったノワちゃんを無理やり操っています」
聖女であるセフィリアは、それを感じるらしい。
「それなら、魔王からその神像を奪い取れば、ノワちゃんを助けられるわけだ」
「はい!」
倒さずとも、神像さえ奪い取ればいい。
そう言うのは簡単だが、魔王を相手にすると思えば、身が震える思いがする。
それでも……。
「それでも、アルテナを失いノワちゃんを討つよりはよっぽどマシだ。どこだ魔王!」
勇気を奮い起こすケインは、見知らぬ魔王よりもノワちゃんの気配を探した。
空から見下ろせば、芥子粒ほどの大きさの人やモンスターが無数にうごめく戦場でも、自分にはあの子を必ず見つけ出せる。
そういう不思議な確信があった。
「そうか、あの外壁……正門の上だ。ヒーホー頼む!」
ケインとセフィリアを乗せた天駆ける白いロバは、エルンの街を守っている正門の上へと飛ぶ。
そこでは、今まさに悪神と化したノワちゃんを操る魔王ダスタードと、アベルたち冒険者との壮絶な死闘が繰り広げられていた。
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