第四章「娘のいる生活」
第71話「魔王襲来」
エルンの街にこつ然と現れた、モンスターの大群。
その数は、軽く見積もっても五千匹近い。
「これほどの数のモンスター、一体どこから現れた!」
防衛を任されたのは、以前にシデ
シデ山ならともかく、エルンの街の近くにこれほどの数の敵が発生するなど信じられない。
警戒して各地に展開しているはずの偵察の報告は、まったくない。
今更部下を叱咤しても仕方がないが、どうしてこんなことになったと呪いたい気分だった。
以前の戦いより良い点があるとすれば、エルンの街の外壁はシデ
しかも、以前の戦いを経験してきた熟練兵が多い。
「これが伝説の魔王ダスタードの襲来ってやつですか、隊長?」
「ヘルム、私のことは大隊長と呼べ。お前だって、いまや大隊副長だろうが」
オルハンにそう言われて、ベテラン兵士であるヘルム副長が苦笑する。
「副長だ、騎士だと言われるのは良いですが、出世してもろくなことがねえですね。後方勤務で楽ができるかと思えば、またうちの大隊長は、とんでもない貧乏くじを引かされましたなあ」
ヘルムがそう愚痴るのも無理はなかった。
目の前を勇躍しているのは、最強最悪の魔獣、
「まったくだ、どっから出てきたんだあのデカブツは!」
またあの化物を相手しなきゃならないとは、自分の悪運を呪いたくなる。
「なーに、準備はしてきたんだ。たとえ
「そう願いたい。すまんが、空からくる敵は頼んだぞ」
副長のヘルムは、部下に号令をかけ、自らも街の外壁の上に大量に並べた
オルハンの部隊は、悪神復活のときの戦いを経験した強者揃いだ。
エルンの街に、魔王の襲来があるかもしれないというSランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』からの要請を受けて、できるかぎりの準備はしてきた。
この街に住む多くの民を守るためにも、王国軍が引くわけにはいかない。
「ひゃー、あれが
そんなのんきな声を上げて外壁に上がってきたのは、敵を確認しにきた冒険者たち。
その真っ先にいるのは、Aランクパーティー『流星を追う者たち』のリーダーアベルだ。
まだあまり目立った功績はないが、堕ちてきた流星で作られたと伝えられる魔剣を使う、エルン最強の剣士と名高い若者である。
その横は、引退したものの元Aランクの冒険者であり老練の大剣使いである、冒険者ギルドの長ゲオルグが固める。
「冒険者の方々。このたびは、ご助力かたじけない」
冒険者たちは百人足らずだが、こうなれば貴重な戦力であった。
「なに、モンスター相手は私たちが専門家だ。まして、これは私たちの街を守る戦いだからな」
ギルドマスターであるゲオルグは、冒険者たちの代表として大隊長オルハンに答える。
アベルは、この戦いの大将でもあるオルハンが弱気になっていると敏感に気づいて、即座にその肩を叩いて励ました。
「心配すんなって大将。この街には、英雄が三人もいるんだぞ」
「三人? アベル殿と、ゲオルグ殿と……そうか、この街には善者ケイン殿がいらしたか!」
大隊長オルハンは、ケインと悪神との戦いを間近で見たわけではないが、悪神を滅したその凄まじさは肌で感じ取っていた。
当代随一の大英雄と呼ばれるのは剣姫アナストレアだが、その剣姫をも超える力を持つ彼がいてくれるなら、五千の敵も魔王ダスタードとて怖くはない。
「ほら、あれを見ろよ。あの白き獣魔は、ケインさんの使い魔なんだぜ」
「あれも、味方なのか! そうかケイン殿の……」
言われて気がついたが、街を囲もうとするモンスターの群れを、たった一人でなぎ倒している白い虎人の姿が遠方に見えた。
我々は五千匹の軍勢に恐れをなして外壁で守りを固めているというのに、たった一人で立ち向かうとは、なんという剛勇!
もしや、善者ケインもすでに敵の討伐に動いているのか!
「だから、俺たちはケインさんを信じて戦えばいいのさ。まあ、さすがに悪神は無理だが、魔王ぐらいならこの流星の英雄アベルが倒してみせる!」
ここぞとばかりに大きく出るアベル。
いや、その自信に満ち溢れた言葉は本気だった。
かつては『薬草狩り』と揶揄されていたケインが、悪神を倒したのだ。
自分だって、きっと魔王ダスタードぐらい倒して、本当の英雄になれるはず。
アベルはそう信じて、その若い瞳に闘志を燃やしていた。
その確信に満ち溢れた言葉は、街を守る防衛大隊に伝わって大いに士気を上げる。
「ハハ、頼もしいかぎりだ。みんな、この若き英雄殿の言葉を聞いたか! 我らにはこれほど心強い味方がいるのだ。この
大隊長オルハンの掛け声に応えて、周りの王国軍の兵士たちも「おお!」と、明るい掛け声をあげた。
それを横目で見て笑いを浮かべる副長のヘルムが、冷静に敵の接近を測って合図する。
「大隊長もこう言っておられるぞ。ではまず、
めいいっぱい引き絞られた極太の槍が、飛来する
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