第68話「廃地の隠しダンジョン壊滅」

 北のヘザー廃地の地下に作られたダンジョンは、もはや地下都市といってもいいほどの規模だった。

 ダンジョンの至る所に、地下水を供給する水場が配置され、食料庫には十分な量の食料の備蓄もあった。


 寒々とした地表と違い、地下は常に一定の温度に保たれているので、洞窟キノコ農園を作るにはもってこいの環境と言える。

 しかも、縦横無尽に走っている通路は複雑に入り組み、侵入者を防ぐ仕組みがなされている。


「ま、アナ姫には何やっても無駄やけど」

「マヤ、何か言った?」


 ダンジョンの壁が砕け散る凄まじい轟音の中でも、耳の良いアナ姫はマヤの声を聞き取ったらしい。


「いや、なんでもない」

「そう」


 今日のアナ姫は、いつにも増して本気だ。

 目の前に立ちふさがるのがモンスターだろうが、石の壁だろうが、アナ姫は粉砕してまっすぐに進む。


「ギャギャ!」


 最初は立ち向かおうとしていた地下労働者のゴブリンやオークたちであったが、アナ姫のあまりの強さに、今はもう逃げ惑うばかり。

 モンスターが何をしようが、剣姫が目についたやつから片っ端に惨殺してしまうのだから関係ない。


「ダンジョンの地下三階分が全部、食料生産施設とは驚きやな……」


 これだけの食料自給量であれば、モンスターが一万匹いても生存できるだろう。

 ダンジョンの規模としては、シデ山の古代遺跡に匹敵するのではないかと目算している。


 人間の王国でも容易ならざるこの大事業を行った魔王軍はすごいが、その全てを三十分足らずで破壊尽くした剣姫はさらに凄まじい。

 大規模魔法を使うとダンジョンが崩壊しかねないのでマヤは軽く魔法で援護しているだけだが、これは剣姫一人でも十分だろう。


 ようやく遅まきながら、農園の守備隊であったゴブリンロードやオークキングなどの戦闘集団が現れた。


「ぎゃああああ! 十年かけて築き上げた大農園が! お前ら、なんてことをしやがる!」


 ツノ兜にやたら立派な甲冑を付けた先頭の悪鬼が、大きな戦斧せんぷを振り上げて激怒している。

 オーク種の上位種であるハイオークだが、それだけではなく人語を話す存在であり、部隊を率いる統率者の風格があった。


「あっ、そいつは!」


 マヤがそう叫んだときには、もう剣姫の神剣は振り下ろされていた。

 先頭のハイオークは何の抵抗もできずに、すぱん! と小気味よい音とともに真っ二つになっていた。


「……何?」

「いや、そいつ、魔王軍の幹部の一人の妖魔将グラゴロやったなと思って。もう死んだけども、そいつがこの階層で働いてたゴブリンやオークの親玉やったんかなと」


「ふーん」


 アナ姫は興味なさそうにつぶやくと、残敵の掃討に移る。

 迎撃に出てきた妖魔の戦団は、戦の雄叫びと噴き上がる血しぶきの中で、瞬く間に全滅していった。


「もう魔王軍の八魔将を捕まえて、おっさんの手柄にするとかはやらへんのやな」

「そんな場合じゃないでしょ。こいつらは、卑怯な手口でケインの命を狙ってるのよ。もう許さないわ。速やかに一匹残らず駆除する」


 本気になった剣姫は、まったく容赦がない。

 地下農園に続いて、その下の階層も剣姫によって蹂躙され尽くした。


 この階層には、デスポイズンスライムなど、厄介な属性攻撃をしてくる敵も多かった。

 だが、アナ姫には中途半端な属性攻撃など通用しない。


 どのような敵も、同じように一瞬で殲滅して進んでいく剣姫。

 それを追いかけるマヤは、何の見せ場もなく二人並んで切り殺されている魔王軍の幹部を発見した。


 狂乱の炎と呼ばれた炎魔将ダルフリードと、冷酷非道の氷魔将アイズマンの死体を見下ろして、あまりのあっけなさに微妙な気分になる。


「なんかなあ……ここまできて言うのはなんやけど、あまりにも簡単すぎる感じが逆に怖いというか」

「罠があるって言いたいの?」


「うちもそれなりに考えて動いてるつもりやけど、あの狡猾な魔王ダスタードがここまで容易く倒せるもんかなあ」

「たとえ罠があったとしても、それを打ち破って前に進むだけよ。敵が何をしようとしてきても、それよりも早く敵を倒せばいいだけだもの」


「それもそうやな」


 神速の剣姫アナストレアらしい、どこまでもまっすぐな答えだ。

 誰よりも速く、誰よりも強い彼女は、そうやって全てを解決してきた。


 もはやさいは投げられたのだ。

 地下に降りれば降りるほど、なにか胸騒ぎのようなものを感じるマヤも、覚悟を決めて進むしかない。


「……で、さっきからつきまとってくるこいつらは何かしら?」


 剣姫がそう口にした瞬間。

 気配を気取られたと悟った影魔族の暗殺者たちが、一斉に襲い掛かってきた。


 剣姫は、それをなんなく瞬殺する。

 音もなく迫りくる闇の暗殺者たちも、次々に剣姫の餌食となるだけだった。


「こいつらは影魔族の暗殺者で、それがその統率者の影魔将キルヒル……の死体やな」


 身体に常に闇をまとわりつかせ、闇から闇へと音もなく移動する影魔族の暗殺部隊。

 それも、剣姫の敵ではなかった。


「次は、わかりやすいのが来たわね」


 剣姫は少し嬉しそうに神剣を掲げて、死霊騎士たちの群れに飛び掛かっていく。

 Sクラスモンスターである死霊騎士が、次々に撃破されていく。


「我が精鋭の三十騎を一瞬でだと、貴様は一体何なのだ。うああああ!」


 奥にいた首なし騎士のデュラハンが絶叫するが、剣姫はそれに答えず。

 魔王の近衛騎士隊長であったデュラハン、剛魔将ギルメスを一振りで切り捨てた。


 驚くことに、剣姫はここまで全ての敵を一撃で倒している。

 それでいて息一つ切らすこともない。


 本気になった剣姫アナストレアは、どんな魔物でも止めることはできない。

 一国の軍隊にも匹敵する力を持つ魔王軍が、たった一人の天才剣士によって壊滅させられようとしている。


 そのあまりの強さには、味方であるマヤですら息を呑む。

 死霊騎士によって守られていた大きな門は硬く閉鎖されていたが、これも剣姫に一撃のもとに叩き割られた。


 扉の向こうのロウソクの炎で照らされる螺旋階段を駆け下りていき、ついには巨大な空洞へと躍り出た。

 どうやらここが、隠しダンジョンの最奥のようだが……。


 その巨大な空洞に描かれた禍々しい魔法の紋様に、マヤは驚きの声を上げる。


「なんや、この超巨大な魔法陣は!?」


 大賢者ダナに薫陶くんとうを受けた魔女マヤですら、全貌が理解できない複雑な術式がかかっている。

 床に手を当てて、どんな魔族の術式か意味を読み取ろうとすると、まるでこの隠しダンジョン……。


 いやこれは、この国の全てを取り込もうとするほど、大規模な魔法の儀式ではないか。

 一体何をしようとしているのかまではわからないが、これは尋常ではない。


 異常なほど精緻に、執拗に、大量に書かれた魔法陣には、マヤがこれまで感じたことがないほどのおぞましい呪いと怨念がこもっていた。

 マヤが感じていた胸騒ぎは、これが原因だったようだ。


「あいつが魔王かしらね」


 剣姫は冷徹にそうつぶやくと、魔法陣の中心にうずくまる黒ずくめの人影へと向かって、スタスタと近づいていった。

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