第67話「ノワちゃんの正体」
「ケイン!」
「ノワちゃん、最近よく来るね」
今日のケインは、自宅の地下食料庫の整理をやっていた。
使い魔のテトラが、あれからもケインが薬草狩りに出るたびにビーストボアーを狩ってきてくれたおかげで、クコ村では食肉業が一大産業になっている。
一定の割合で乾燥熟成肉がケインの家にも運ばれてくるので、毎日テトラが山のように肉を食べても、もう大丈夫だ。
食欲旺盛な子供たちやアナ姫たちが訪ねてきて食事をしていっても、消費を十分に賄えるようになってきた。
「美味しそう」
地下食料庫にたんまりと溜まったビーストボアーの肉を見て、ノワちゃんもジュルリとよだれをたらさんばかりだ。
この子もよく食べるからなあと、ケインは笑う。
「あとで、ノワちゃんにも美味しいステーキごちそうしてあげるからね」
「わーい!」
もちろん食欲旺盛なのはいいことだ。
子供は、たくさん食べて大きくなればいい。
「あ、ケイン。じゃあ、あとでね……」
急にそわそわとしだしたノワは、どこかに行こうとする。
この子は、どこか神出鬼没なところがある。
「どこに、行こうと言うのです」
食料庫の外から響く声に、ビクッとしたノワはケインに抱きつく。
「ケイン!」
「今の声は、聖女様?」
「大丈夫ですよ。あなたを退治しようというのではありません。元悪神、いえ……ケインの娘、ノワちゃんでしたね」
いつになくハキハキとしゃべりだすセフィリアは、完全な聖女モードだ。
一体何ごとかと、ケインは震えるノワを抱きしめるのだった。
※※※
聖女セフィリアと出会って、震えているノワちゃんをケインは落ち着かせる。
極秘の話があるというので、ケインは抱きついてくるノワを抱えて、セフィリアと奥の寝室へと入った。
「ケイン様。あなたがノワと名付けたその子は、悪神だった存在なんです」
「なんだって、そんなわけはない」
この子は、普通の人間だ。
怯えてケインに抱きついているこの可愛らしい黒髪の少女が、悪神だなんて信じられない。
そもそも悪神は、もう浄化されたはずではないか。
そう言いたげなケインに、セフィリアはしっかりと答える。
「私たちもそう思っていました。でも、善神アルテナ様がそうではないと今教えてくれたのです」
「アルテナが言ってるって、本当なのか?」
「はい。私たちはいままで、悪神を根絶しようと、悪神の像を探して破壊しようとしていました。だからノワちゃんは怖がって、私たちのいる場所では姿を見せなかったんです」
セフィリアの言うことは、辻褄があっている。
「ノワちゃん、それは本当なのか?」
「ケイン、私は……」
ノワちゃんは、不安げに見上げるだけだ。
ケインには、とてもそんな話は信じられなかった。
「それでは、あとはアルテナ様より直接聞いてください」
ベッドに腰掛けたセフィリアが目をつぶって祈りを捧げる。
するとその姿が、善神アルテナへと変わっていく。
「久しぶりね、ケイン……」
「アルテナ、また会えて嬉しいよ」
確か『聖女の誓約』のときにもこんなことはあったが、あのときよりずっと鮮明に見える。
「これも、ケインの善行のおかげよ。あなたが私に信仰を集めてくれたおかげで、こうしてまた現れるだけの神力が得られた」
クコ村に続いてアルテナの力によって村長が救われたトチ村でも、アルテナが祀られるようになった。
またカスターとフォルスの悪政を覆した善者ケインと善神アルテナの噂は、伝説となって広まっている。
新たに領主となったキッドの勧めもあって、ランダル伯爵領ではアルテナ信仰を行う村が増えているそうだ。
それは全て、アルテナの善神としての力を強める結果になっている。
「そうだアルテナ。ノワちゃんが悪神だったというのは本当なのか?」
「ノワちゃんは悪神が浄化されたものなのよ。本来なら、私だって消えるはずだったでしょう」
「それは、そうだったね」
「お互いに打ち解けあって消えるはずだった私たちは、あのときに消えなかった。ケインがノワちゃんを倒さずに、救おうとしてくれたからよ」
ノワが、小さな手でケインの手を握る。
前に冷たいと思っていた手は、とても温かい。
ケインが手で温めたからではなく、そう願ったから温かくなったのではないか。
「そうか……」
どうしてこれまで気が付かずにいたのだろう。
ケインは、アルテナに神は人の祈りを叶える存在だと教えてもらっていたではないか。
「ケイン、ずっと一緒……」
ケインが悪神を浄化したあのとき、消え行くアルテナに言った「ずっと一緒だ」という言葉を、ノワも聞いていたのだ。
だから、ノワは再びケインのもとに現れた。
「そうか……ノワちゃんは、あのときの子だったのか」
「ノワは、ケインの子」
ずっとノワはそう言ってきたのに、こうして助けを求めに来てくれていたのに。
「いままで気が付かずに済まなかった」
寄り添うケインとノワに、アルテナは言う。
「ケインに浄化されてノワちゃんは一度清められた存在になったけど、また再び瘴気が強くなってきている。それも、段々と強くなってきて、私でも抑えるのが難しくなってる」
「一体どうしてそんなことに」
「ノワちゃんの依り代になっている神像が、魔王ダスタードによって再び邪悪な祈りに使われてしまっているのよ。どうやってるのか私にもわからないけれど、異常なほど強い呪いの力だわ」
魔王ダスタード。
その姿は知らなくても、その名前はケインも耳にしている。
このあたりの魔族やモンスターを統べる邪悪な存在である。
魔王が相手なんて大変だ。
「アルテナ、俺はどうしたらいい?」
「このまま行くと、ノワちゃんはまた悪神に戻ってしまうかもしれない。一つの方法としては、悪神に戻ってしまう前にノワちゃんを討伐してしまうこと。善者としての力を持つ今のケインになら、それは難しいことではないわ」
そのアルテナの言葉に、ノワは苦しげな声を上げた。
「いや、ケイン。私、消えたくない……」
ケインの腕に抱かれているノワがしがみついてくる。
助けてとすがりついてくる女の子を倒すなど、ケインに絶対にできるわけがない。
「そうなったら、おそらく私も一緒に消えることになるわね」
こうしてまたアルテナと会える喜びを失いたくないと、ケインは強く思う。
ふいにアルテナの姿が、祈りを捧げる聖女セフィリアの姿へと戻った。
「ケイン様。いま、剣姫アナストレアと魔女マヤが、魔王ダスタードを倒すために北の大地へと向かっています。魔王を倒すことができれば、悪神の復活も止められるかもしれません」
「聖女様は、どうしたらいいとおもう?」
「ここに私が残ったのは、ケイン様を守るため。そして、善者としての力を十全に発揮させるためでもあります。ケイン様は善神アルテナに選ばれた善者です。『聖女の誓約』はすでに成されています。私の身も心も、あなた様とともにあります」
「つまり、俺が決めろということか」
「そうです。全ては善者ケイン様の願いのままに」
敬虔な祈りを捧げるセフィリアの姿は、再びアルテナへと変わる。
「ケイン。神は人の願いを叶える存在だから、どうするかは今を生きるあなたたちが決めることなのよ」
「俺の願いなら最初から決まっている。俺は、ノワちゃんもアルテナにも消えてほしくない。そのためになら、俺はなんだってやる!」
ただのDランク冒険者に過ぎないケインには、神速の剣姫アナストレアのように魔王を倒すような力はない。
それでも、どうしたいか言えというならば、心は最初から決まっていた。
「聞き届けたわ、ケイン。私は善神として、あなたの願いを叶えるために全力を尽くす」
「ノワもがんばる」
悪神だった黒髪だった少女の願いと。
その子を守るようにしっかりと抱きしめた一人の男の願いを、善神であるアルテナは確かに聞き届けたのだった。
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