第59話「陰謀はお見通し」

 一方その頃、剣姫アナストレアと魔女マヤは、領主の館の奥に幽閉されていたランダル伯爵を助け出していた。

 クコ村で、租税が倍になったと聞いた段階で、怪しいなと思ってすぐ調査に動いていたのだ。


「あとは、この悪徳領主を倒せばいいのね!」


 伯爵を幽閉していた家令フォルスの手の者を、ワンパンチで倒した剣姫が恐ろしいことを言い出したので、マヤは慌てて止める。


「こわ! なんでそうなるんや。ちゃんと説明したやろ。ランダル伯爵は、名君で善人で被害者やって何度も言っとるやろが!」

「ふーんそうなの。つまんないわね」


「何がつまんないんや」

「ケインが大貴族の隠し子だって噂を酒場で聞いたから、この領地の領主の血筋ってことにして悪徳領主を倒せば、ちょうどいいんじゃないかと思ったんだけど」


 それでは、悪党退治どころか単なる簒奪さんだつである。

 剣姫がとんでもないことを言い出すので、病床に臥せっているランダル伯爵も、助かったと思ったら殺されるのかと真っ青になっている。


 マヤは、やれやれと深いため息をつく。


「話が進まんから、アナ姫はちょっと黙っとってくれるか。ランダル伯爵、驚かせてすんません。我々はSランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』ですわ」

「おお、あなた方があの祖国の英雄の! この度は、当家のバカ息子がしでかしたことでご迷惑をおかけしました」


 長年に渡りこの北方の地を平和に治め、名君とも讃えられたランダル伯爵だが、老いて病に伏したその姿は弱々しかった。

 それでも、ゴホゴホと咳をしながら床に跪こうとする。


 マヤは、老伯爵の背を優しくさすって慰めた。


「どうぞ、頭を上げてください。陰謀を企んだのは家令のフォルスという男で、伯爵は何も悪くないですやろ」

「いや、フォルスを雇い入れたのはうちのバカ息子なのです。息子の失態は、我が身の失態も同じこと。そちらの姫様のおっしゃるとおり、不甲斐ない我が身など斬首されても致し方ないと思っております」


「ともかく、連中を止めなあきません。一緒に来ていただけますか」


 マヤとしては、病床のランダル伯爵を動かすのも気がひけるのだが、領主代行としてカスターが動かした伯爵の軍勢は伯爵本人でないと止められない。

 このままだと、戦争になる恐れすらあった。


 伯爵一人ぐらいなら、ベッドごとでもマヤは浮遊魔法で運べる。


「もちろんです。我が息子カスターは、弟のキッドを殺そうとしているのかもしれません。早く止めなければ……」


 エルンの街まで行くと、すでにランダル伯爵の軍勢が街を囲んでいた。

 街の自衛軍と睨み合っている。


「みんな止めろ! 私はランダル伯爵だ! ゴホッゴホッ、武器を捨てて投降するのだ」


 かすれた声でも、精一杯張り上げて、ランダル伯爵は軍勢を止める。

 軍勢の大半が伯爵に仕える騎士や、カスターらに無理やり徴兵された領民であったので、すぐさま武器を捨てた。


「おや、もう伯爵の身柄を取られましたか」


 そこに現れたのは、教会から逃げてランダル伯爵の軍を動かそうとした、家令のフォルスと領主代理のカスターであった。


「フォルス、親父が来たぞ。どうするんだ!」


 次々と予想外のことが起こって、カスターは真っ青になっている。

 そこに、剣姫が輝く神剣『不滅の刃デュランダーナ』を抜いて叫ぶ。


「ランダル家のカスター並びに、家令フォルス。ランダル伯爵を幽閉し、ランダル領の政治を壟断ろうだんし、領民を傷つけた罪により成敗する!」


 ここに来るまでに、マヤがアナ姫に口が酸っぱくなるほど説明したおかげで、ようやくまともな動きを見せてくれた。

 だが、それに向かってフォルスは高笑いを上げる。


「まったく怖いお嬢様方だ。そうは行きませんよ。常世の闇よ、我がもとに集え!」


 フォルスが歌うように魔法を吟じると、フォルスとカスターの周りが真っ暗闇に覆われた。


「何よ、こんなもの!」


 剣姫が飛び上がり、神剣がブンと唸りをあげて襲いかかる。

 剣の天才である剣姫にとって、視界を闇に奪われることなどなんでもない。


 しかし、手応えはなかった。


「ちょっとマヤ、敵がいないんだけど!」

「闇魔法は、どうやら囮やったようやな」


 家令フォルスと領主の息子カスターは、闇魔法で剣姫の視界を奪った隙に転移魔法で逃げたのだ。

 おそらく、逃げるときに備えて入念に準備していたのだろう。


 あらかじめ転移魔法陣などの術式を用意していたとしても、転移の魔法はかなりの上位魔法だ。

 それを使えるような高位魔術師が、こんな市井にいるはずもない。


「瞬間移動の魔法とか、卑怯じゃない?」


 その代わり、かなりのマナを使用してしまう燃費の悪い魔法なのだ。

 万能の魔女であるマヤも使えないことはないが、よっぽどのことが無い限り使わない。


「決まりやな。フォルスは、魔王の幹部や」

「……なんでそうなるの?」


 マヤの思考に、剣姫は理解がおいつかない。


「アナ姫ェ、魔王の幹部が動くかもしれんから様子を見ようって前に教えたやんか。あのフォルスは異様な魔力を持ってるんやから、人間に化けた高位魔族でもう決まりやん」


 魔王軍の八魔将の一人に、人間に化けて人の心を幻惑して陥れる幻魔将フォルネウスというのがいたはずだ。

 今回の回りくどい手口は、そいつの仕業に違いないとマヤは考えている。


 多量のマナを使う転移魔法だって、人間よりも魔力量の多い魔族ならば何度も使える。

 そこまでは自明の理なのだが、どうも剣姫には伝わってない。


「なんてことなの、魔王の幹部が攻めてきてるんなら、ケインが危ないじゃない!」

「そやから、ガードさせるためにセフィリアもケインのおっさんと一緒にいるように言ったんや。おっさんにはあの使い魔もおるし、魔族相手なら大丈夫やろうけど」


「どうか、街の教会にいる我が息子を保護してやってください」


 マヤたちにランダル伯爵が、跪いて懇願する。

 領主の息子カスターは、教会の孤児院にいる弟のキッドを殺そうとするかもしれないと言うのだ。


「こうしちゃいられないわ。マヤ、早くケインのところに行きましょうよ!」

「そやな。敵がこのまま引き下がるとは限らんし、すぐに教会に向かうとするか」


 魔王軍の幹部から、魔王の足取りを掴んで倒そうとしてるマヤにとっては、むしろ引き下がってもらっては困る。

 むしろ敵を迎え撃つ覚悟で、剣姫アナストレアと魔女マヤは、ランダル伯爵とともにケインのいる教会へと向かうことにした。

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