第58話「ランダル家の次期領主」

「次期領主であるこの俺を横暴だとかバカだとか言うのが聞こえてきたが、気のせいか?」


 教会に足を踏み入れた領主の息子カスター・ランダルは、真っ青になっている村人たちに嫌味ったらしく聞く。


「め、滅相もない」

「さすがは、名君のご子息、聡明なお方だなと言い合ってた次第で!」


 取り繕う村人を、カスターは不愉快そうに睨みつけた。


「ふん、白々しい!」

「カスター様、大事の前の小事。村人のことは後で良いでしょう」


 カスターの隣に付き従っている、目付きの鋭い黒い執事服の男が声をかけた。


「フォルスがそう言うならば任せるが」

「はい」


 村人たちをかばうように、シスターシルヴィアが前に出る。


「ここは、アウストリア王国の自治都市にあるオーディア教会です。いかにランダル伯爵のご子息とはいえ、神前でのご無体は許されませんよ」


 その美しい声を聞いて、若いカスターはニヤッとした顔つきになった。


「ほう、ハイエルフのシスターとは珍しい」


 シルヴィアのような美人には弱いらしい。

 フォルスと呼ばれた執事服の男は、それを見てため息をつくと、カスター様お下がりくださいと声をかけて前に出る。


「ランダル家の家令フォルスと申します。シスター様、どうぞご安心ください。我々は、罪もない村人に手出しをするつもりはありません」


 トチ村の村人たちは、みな一様にムッとしている。

 村長の腕を斬らせておいて、何を言うかと思ったからだ。


「では、大人しくお帰りください」

「そうは参りません。この教会の孤児院には、キッド・ランダル様がおられますよね」


 ケインは、急にキッドの話が出てきてびっくりする。

 シルヴィアの顔が青くなっていた。


「キッドは、うちの孤児院の子です。ランダル家とはもう何の関わりもありません」

「そうはいかないのですよ。ランダル伯爵の庶子、キッド・ランダル様に、領主の座を簒奪さんだつしようとする反乱の疑いがかかっておりますので」


 孤児院の子供であるキッドが、ランダル伯爵の庶子? 反乱?

 突然聞かされた事実に、ケインは困惑する。


「なんですって、キッドはそんなことしてません!」

「それを決めるのは、ここにおられるランダル家の次期当主カスター様です」


 キッドがランダル家の庶子であることを知っているシルヴィアが反論する。


「私は、ランダル伯爵に頼まれてキッドを教会でお預かりしてるのですよ。孤児院にいることが、キッドが野心を持たない証拠ではありませんか、伯爵は、なんと言っているのです」

「ご領主様は、残念ながら病の床に伏しております」


「なんですって! ご領主が重い病なら、なんで教会に治療を頼まないのですか」


 薬師などもいるが、貴族の病気の治療を主に行っているのは、治療魔法が行える教会だ。

 領主の館の近くにある一番大きなオーディア教会である。


 領主が病気なら、エルンの街の教会に治療を頼まないのは不審だった。


「ご領主様は、私どもの手厚い看護を受けておりますが、執務できぬ状態にあります。ですからこうして、正統なる後継者であられるカスター様が領主代行として動いておられれるのです」

「なんてこと……」


 進退窮まったシルヴィアは、助けを求めてケインを見た。

 ここは、出ない訳にはいかない。


「家令のフォルスさんと言ったか」

「はい、お初にお目にかかります。善者ケイン様」


 礼儀正しく慇懃いんぎんな礼を取ってはいるが、どこか恐ろしげなフォルスに、ケインは背筋がゾクッと冷えるのを感じる。

 ランダル家の家令と名乗るフォルスは、この街の住人でもないのに、どうしてケインのことまで知っているのか。


「キッドをどうするつもりだ」

「先ほど申しましたように、キッド様にはご領主様への反乱の疑いがかかっております。そのため、拘束させていただくしかありません。もしかして、邪魔だていたしますか?」


 フォルスは口調こそあくまでも慇懃だが、暗い笑みを浮かべる。


「キッドは、うちの子だ。そう聞いては、黙って見てる訳にはいかない」

「そうですか。実に残念です。では、キッド様を庇い立てする善者ケイン様も、反乱の一味の疑いありとして拘束させていただきます。皆さん、よろしくお願いします」


 そう言ってフォルスが呼びかけたのが、ケインの見知ったこの街の冒険者たちなのでびっくりする。

 どうやら、王国直轄地の自治都市に伯爵家の軍勢を入れるのははばかられるので、フォルスは冒険者を雇ったらしい。


 しかし……。


「おい、ケインさんを拘束ってありえないだろ」

「そうよ、そんな話聞いてないわよ!」


 そう騒ぎ出したのは、Aランクパーティー『流星を追う者たち』の英雄アベルと女盗賊のキサラだ。

 この街一番の冒険者となると、彼らになる。


「みなさん、犯罪者を拘束するだけですよ。ケイン様も、犯罪者を庇い立てするならば、捕まえて事情を聞かねばなりません」

「フォルスさんとやら、よその街ならともかく、この街でケインさんを敵に回す冒険者はいないのだ」


 そう言ったのは、Cランクパーティー『熊殺しの戦士団』のリーダー、ランドルだ。

 彼が率いる『熊殺しの戦士団』のメンツも、ケインさんを敵に回せるかと騒ぎ立てる。


「前金はお支払いしましたよ。冒険者は、決して契約を違えないと聞いたのですが?」

「俺は、ケインさんが犯罪者だなんて信じない。その段階で約束が違う。もちろん前金は返すぜ」


 常に即断即決のアベルは、貰った前金をフォルスに投げつけると、ケインの側に立って流星剣を抜いた。


「ほんとよ。ケインさんを狙うなら、敵はあんたらよ!」

「久々にお金がいい仕事だったんですが、しょうがないですね」


 キサラや、瓶底メガネの魔術師のクルツも、前金として貰った金貨を投げつける。

 多くの冒険者たちが、次々とそれに続いた。


「おい、お前らもよく知っておくがいい。ケインさんは悪神を倒して王国から緋光勲章スカーレットエンブレムを授けられた英雄なのだぞ。ケインさんに逆らうということは、王国に逆らうということだ!」


 ガタイの良い熊殺しのランドルに迫力ある声でそう言われると、犯罪者を捕らえるだけと聞いていたカスターの護衛もざわめく。


「お、おいフォルス。どうするんだ!」


 冒険者が投げた金貨を、護衛と一緒にかき集めていたカスターが慌てだした。

 鋭い視線でケインを睨みつけたフォルスは、ゆっくりと手を伸ばしたが、その手はビリッと電撃のようなものに弾かれてしまう。


 祭壇に隠れていた聖女セフィリアが、出てきて厳かに宣言する。


「悪しきものは、善者ケイン様には近づけませんよ」

「どうやら分が悪いようですね……カスター様、ここは一旦引きましょう。どうやら私は、冒険者というものを見誤っていたようだ」


 フォルスはそう言うと、火傷を負った右腕をさすりながら去ってしまう。

 家令のフォルスに取り残されたカスターは、キョロキョロ辺りを見回すと「お前ら覚えてろよ!」と村人たちに叫んで、護衛の兵士と一緒に慌てて逃げていく。


「……お前ら良かったな。あるじに刃を向けたら、我がお前らを潰していた」


 気配を殺して見ていたケインの使い魔テトラが現れて、凶暴な殺気を漂わせてそう言うので、冒険者たちは「ケインさんを敵に回さなくて良かった」とホッと胸をなでおろす。

 これで、この街の冒険者がカスターたちに雇われることはないだろう。


「それよりあるじ、あのフォルスという男はおかしい。人間には、あるまじき魔力を持っている。あいつ、もしかしたら……」


 テトラが、虎の毛を逆立ててそう言う。

 あのフォルスという男が恐ろしかったので、テトラはいざとなったら刺し違えてでもケインを守ろうと潜んでいたのだ。


「いや、今はそれよりもキッドのことだ」


 ケインは、突然いろんなことが起こりすぎて混乱していた。

 そこに、教会の奥から当人のキッドと女性が争う声が聞こえてきた。


「若様、外に出てはなりません」

「いや、レオノーラ。これ以上みんなに迷惑はかけられない。事情は俺から話をします。ケインさん……」


 教会の奥から、キッドが出てきた。

 どうやら、キッドは傍らにいる栗毛色の長い髪の女騎士と隠れていたらしい。

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