第60話「ランダル家の庶子」

 孤児院の子供たちのリーダーであるキッドは、このエルンの街があるランダル地方の領主ランダル伯爵の庶子として生まれた。

 母親が身分の低い狼人族ワーウルフの娘であったにもかかわらず、幼き日よりキッドは名君であるランダル伯爵の資質を受け継ぎ、あまりに聡明でありすぎた。


 それが、キッドにとっては不幸であった。

 伯爵にはすでに長子カスターがおり、将来の相続争いを懸念された伯爵により、教会の孤児院へと預けられたのだ。


 厳しい処置ではあったが、教会の孤児となればよもや簒奪の野心など持たないという証になる。

 むしろそれが、キッドの身の安全のためであった。


「ケインさん、兄のカスターが狙っているのは俺なんですよ。俺さえいなければ、こんなことには……」


 教会の奥から出てきたキッドは、これまでのことをケインに洗いざらい話して、そう嘆いた。


「キッドが悪いわけじゃないだろう」

「でも、ケインさんまで危険にさらしてしまって」


「気にするな。子供を守るのは大人の役割だ」


 ケインは、そう言ってキッドを慰める。


「カスター様は、弟のキッド様に嫉妬しておられたのです」


 キッドに寄り添う女騎士レオノーラは、そうつぶやいた。


「そういえば、あなたの姿はたまに教会で見かけたな」


 ケインがそう言うと、栗毛色の長い髪の女騎士レオノーラは笑った。


「ランダル伯爵は、若様を見捨てたわけではありません。だからこうして、ランダル家の騎士である私が、陰ながら若様を養育し、お守りしていたのです」

「だから、キッドを助けに来てくれたのか」


「私はカスター様が領主代行になられて、キッド様を捕らえると言い出したのを聞いて、慌ててやってきたのです。しかし、遅きに失しました。すでに、カスター様の命令によりこの街は伯爵領の軍勢によって取り囲まれています」


 一度は退けたが、いずれもっと多くの軍隊を連れてやってくるだろうと言うのだ。

 レオノーラは祭壇を見て、ここに至ってはもはや神にでもおすがりするしかないと、自嘲の笑みを浮かべた。


「騎士レオノーラ、お祈りなさい。神は、いつも心正しき人々の味方ですよ」


 祭壇に立つ聖女セフィリアはそう言う。

 もはや祈ることしかできないレオノーラは、跪いて神々の祭壇に祈りを捧げた。


「そうだ、神様も俺達も正しい者の味方だ。話は全部わかった、俺達も味方するぞ!」


 流星の英雄アベルは、躍起になってそう言う。


「しかし、私はあなたがたに払う報酬を持ち合わせてはいないのだが」


 レオノーラが財布をひっくり返しても、大したお金は持っていない。

 ここにいる多くの冒険者を雇うような金は払えない。


「金なんかいらないよ騎士さん。俺達はケインさんに大きな借りがある。ケインさんがその孤児の少女を守ろうっていうなら、俺達はともに戦う。それだけなんだ」


 自称英雄のアベルは、ここ一番でビシッと決めたが、「もうなんで間違えるのよ、キッドくんは男の子よ」とキサラに耳打ちされて目を点にして、みんなに笑われていた。

 それでも、思いはみんな一緒だった。


「アベルくん、キサラさん。みんなありがとう。申し訳ないけど、ここは力を借りる!」


 いつになく力強い声でケインは言う。

 何としても、絶対にキッドを守ると覚悟を決めた。


「水臭いわよケインさん」

「そうだ、俺たちゃ剣を振るうぐらいしか能がねえんだから、いつでも言ってくれよ!」


 ケインは、そう聞いて冒険者一人ひとりにありがとうと繰り返した。


「ケインさん。それでも、俺の都合にみんなを巻き込むなんて……」


 不安そうに言うキッドを安心させるように、ケインは笑う。


「キッド、言っただろ。子供を守るのは大人の仕事なんだ。今は、大人に守られてれば良いんだよ」


 その場に居合わせたトチ村の村人たちも、この空気に感じ入るものがあったのか、ともに戦うと言い始めた。


「そうだ、同じご領主の息子ならカスターより、こっちのキッド様のほうがよっぽどいい」

「俺達だってやれることがあるはずだ」


 トチ村の村長リンネルは、村人を代表して言う。


「ケイン様、キッド様、どうか私どもにも何かできることを言ってください」

「トチ村の人達は、どうかキッドと一緒にいてあげてください。状況によっては、一緒に逃げていただけると助かります」


「わかりました。できるかぎりのことで、ケイン様に救っていただいた恩返しをさせていただきます」


 気持ちは嬉しいが、さすがに村人を戦わせるわけにはいかない。

 だが村人と一緒であれば、上手く紛れて包囲されている街から逃げ出せるかもしれない。


 そこに、教会の表を見張っていた熊殺しの冒険者ランドルが慌てて入ってくる。


「ケインさん大変だ! あいつら傭兵を雇ったようだぞ。敵の数は、軽く百を超えてると見た!」


 みんなに戦慄が走る。

 教会に集った冒険者の有志は、十数人に過ぎない。


 それでも、あの悪神との戦いにも耐え抜いた、歴戦の冒険者ばかりだった。


「よーし、絶対にケインさんとキッドくんを守るぞ! 流星の英雄アベルに続け!」


 若き英雄のアベルは、みんなを奮い立たせるように流星剣を抜いて真っ先に飛び出た。

 冒険者たちは顔を見合わせて笑い、アベルに続いて教会を守るために戦い抜く覚悟を決めた。

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