第56話「肉祭り」

 剣姫の活躍もあり、ビーストボアーの解体は無事に終了。

 内臓を洗ったり肉を冷やすには水がいるのだが、それらは万能の魔女マヤが全部やってくれる。


 大量に溢れ出た血も残さずマヤが山に返してくれた。

 聖女セフィリアも、神聖魔法であとに残った血の匂いや獣臭を浄化したりと、地味に活躍している。


「いやあ、聖女様も魔女様もありがたいことだ。魔法ってのはたいそう便利なものなんだなあ」

「なに、これぐらい大したことはあらへんで。なあセフィリア」


 剣姫の派手な活躍に目を奪われたが、解体しても村が綺麗に保たれているのはマヤのおかげだった。

 実際にすごいのはこっちの二人だと、解体に詳しい猟師たちはすぐに気がついて褒めそやす。


 さて、この山盛りの肉。

 大部分はハムや燻製にして保存食にするとしても、残りはせっかくだから今すぐ食べてしまおうということになり、クコ村上げての肉祭りとなった。


「なんだよ。良い肉が手に入ったんだって? モツ鍋や焼肉の準備はしてきたぜ。よーしいっちょ腕を振るうか」


 料理といえばこの人ということで、クコ村出身でもある酒場『バッカス』のマスターも街から呼ばれてやってくる。

 当然マスターがくれば、ご祝儀として酒樽も運ばれてくるわけで、祭りは俄然と盛り上がりをみせた。


「お肉! お肉!」


 焼ける獣肉の香ばしい匂い。

 久しぶりのタンパク質に、飢えたクコ村の子供たちは煙が立ち上るかまどの周りを踊り始め、そのテンションは最高潮に達している。


「肉がまだ固いから、薄切りにするか」


 マスターが包丁で次々と肉をスライスして、熱した鉄板に載せていく。

 赤みを帯びたイノシシ肉が、じゅうじゅうと音を立てて、油を蕩けさせながら身を反らせていく。


「待って、すぐ焼けるから。みんな順番順番!」


 マスターの料理を手伝っているケインは、焼けた肉を皿に載せて殺到してくる子供たちに配った。


「うんまぁああ!」


 ヨルクの孫、カチアはあまりの肉の美味さに絶叫している。

 子供たちの「うんまぁああ」の大合唱が始まった。


 食欲旺盛な子供たちに応えるため、ケインは必死に肉の皿を配り続けた。

 気がつくと、ケインの横に今にもヨダレを垂らさんばかりのテトラがいる。


「はい、テトラもお肉」


 ケインは、料理の皿を渡してやる。

 カリカリに焼けた肉を口に入れると、テトラの頬が蕩けた。


「うみゃい!」

「熱いから火傷しないようにな」


「噛むたびに肉の甘みが蕩ける! あるじ、こんな美味い肉は初めてだぞ」

「ハハ、そりゃ良かった」


 子供たちが食べるのを横目に見ながら、テトラはあるじの許可が出るまでと我慢していたらしい。

 そりゃ美味しさも、ひとしおであろう。


「次はちょっと変えてみるか」


 まずはシンプルな焼肉をみんなに食べさせたマスターは、続けて玉ねぎと肉を一緒に炒め、塩と胡椒を振りかけてひと味変えて提供する。

 骨付き肉はゆっくりと炙り焼きにして、内臓はアクを取りながらラディッシュなどの野菜と一緒に大鍋で煮ている。


 手際よく次々と出される肉料理の数々。

 村のみんなは、腹がはち切れるくらい取り立ての獣肉を堪能した。


「そろそろモツ煮もよく味が染みてきたな。ケインも、手伝いおつかれ様だった」


 マスターは大鍋からモツ煮を取り出すと、よく冷えたビールと一緒にケインに出して労をねぎらう。


「このモツも柔らかくて味がしっかりしてて美味いですね。隠し味がきいてる、これワイルドガーリックも入れましたか」


 ようやく料理も一段落ついたマスターは、ケインと一緒にビールとモツ煮を味わい、「大人はこっちだよな」と言って笑った。


「料理上手のマスターがいて助かりましたよ」

「なに、呼んでもらってありがたいのはこっちよ。ビーストボアーっていうのか? モツがこんなに大きいのに、柔らかくて味がいいじゃねえか」


「そうですね。魔獣の肉が、こんなに美味しいとは思いませんでしたよ」


 おそらく聖女セフィリアが清めてくれたのも良かったのだろう。


「腸詰め肉にしてみたら美味いと思うぜ。ハムも熟成させたらより美味くなるだろ。こりゃ、うちの酒場の評判メニューも増えるな」


 今回の労賃として、肉を分けてもらうことになっているマスターもホクホクだった。


「ケインさん。本当に、この大きな毛皮と肉をうちの村にいただいていいのだろうか」


 白髭のホルト村長が思案げな顔でそう言うので、ケインは答える。


「俺はもちろんそのつもりなんですが……テトラ、良いよな?」


 自分が取ってきたものではないので、ケインは自分の横でムシャムシャと大きな骨付きに齧りついている一応使い魔に確認する。


「もちろんだ、あるじ。肉が必要なら、我がまたいくらでも取ってこよう」


 そうテトラが頼もしい事を言うと、近くでやっぱり骨付き肉にかぶりついていたアナ姫も、「私も、いつでも解体するわよ!」と声を上げた。


 大食漢の二人は、食いでのある骨付き肉をフードファイターな勢いでどんどん食べていっている。

 それでもいっこうに減らない肉の山は、相当な量といえた。


「取った本人がそう言ってるので、残りは全部差し上げますよ」

「いやあ、本当にありがたい! 実は、今年の冬をどう越そうかと悩んでおったところなのです。この御礼は、ワシらができることならなんでもさせていただきますぞ」


 ホルト村長は、心からホッと安堵する顔を見せた。


「みんなには家も建ててもらったし、御礼なんてとんでもないですが、冬が越せないって何かあったんですか?」


 クコ山も平穏になったし、以前にケインの送ったお金でクコ村は安泰だと聞いていたので、冬を越せないようなことになっているのはおかしい。

 心配になったケインは、尋ねてみることにした。


「それが、急にご領主様のお役人がやってきて、倍額の税金を納めろと言ってきたのです」

「それはまたどうして?」


 そう聞いて、ケインはびっくりする。

 クコ村はこの辺り一帯を納める領主、ランダル伯爵の領地になる。


 ちなみに、エルンの街はアウストリア王国直轄の自治都市なので、ランダル伯爵の領地ではない。

 そこに住むケインも冒険者ギルドを通して参事会に市税を払っている。


 それはともかく、ランダル伯爵といえば強欲な地方領主には珍しく、民に優しい名君として知られている。

 いきなり租税を倍にするなんて無法を働くとはとても思えない。


「下々のワシらには何もわかりませんが、租税を倍にされたのはうちの村だけではないようです。どこの村も困り果てておって、ご領主様に直訴すると騒いどる村もあるそうです」

「そうなんですか」


「ああ、うちの村にはケインさんと守り神のアルテナ様がおってくれて本当に良かった」


 そう言いながら手を合わせるホルト村長を見ていて、ケインはちょっと思いついたことがあった。


「村長さん。一つお願いがあるんですがよろしいでしょうか」

「おお、なんでも言ってください。ケインさんの頼みだったら、ワシらはなんでもしますぞ!」


 アルテナのために何かできないかと思っていたケインは、クコ村の職人に善神アルテナの木彫りの神像を作ってもらうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る