第44話「数日ぶりの冒険者ギルド」
ケインは、数日ぶりに冒険者ギルドへとやってきた。
自宅のほうも気にかかるが、あんまり仕事してないと勘が鈍ってしまう。
「こんにちは」
「あ、ケインさんいらっしゃい」
なんだか、ときおり含み笑いを漏らしながら、桃色の長い巻き髪のエレナさんはウキウキしている。
「なんだか、機嫌良さそうですね」
「ええ、ケインさんのおかげで、良いものを見てしまいましてね」
「俺のおかげですか、なんだろ」
何ごとかは知らないが、エレナさんが嬉しそうでケインも嬉しい。
「ケインさんのお家、門が立派になりましたよね」
「ああ、あれはですね」
「剣姫さんのパーティーが持っていったんですよね」
「なんだ知ってたんですか」
ギルドの受付嬢は情報通なので、どっかで聞いたのかもしれない。
「……フッフ、あの小娘の頭にも土が付けば、もっと良かったですけどね」
ぼそっとつぶやいて、エレナさんは碧い瞳を怪しげに輝かせる。
「はい?」
小声でよく聞こえなかったのだが、ケインはなぜか一瞬ゾクッとした。
「いえ、こちらの話で……これ、うちのギルドの庭にヤマユリがたくさん生えてたので、ケインさんのお宅に株分けしようと思って取っておいたんですが」
エレナは、ヤマユリの鉢を取り出す。
「おお、これは綺麗なユリですね。ありがとうございます、うちの庭に植えさせてもらいますよ」
「帰り際にお渡ししますので、今日もお仕事は薬草採取でよろしいですか?」
ケインは、もちろんと頷く。
いつも通りのやり取りだったのだが、そこに孤児のキッドがやってきた。
「ケインさん!」
「どうしたキッド?」
何か忘れ物でもしたのかなと思ったが、思い詰めた表情は違うと思った。
「僕も薬草狩りに連れてってください」
「キッド……」
前からキッドは、ケインのような冒険者になりたいと言っていた。
しかし、キッドのように読み書きや計算までできて行儀作法まで身につけている有為な若者には、他にもっといい職業がいっぱいある。
冗談だろうと思って流してきたのだが、丈夫な麻布の服に手製らしい革の胸当てまで付けて、山刀を携えている準備の良さを見れば本気らしいのはわかる。
「お願いします。俺も、ケインさんみたいな冒険者になりたいんです」
「キッドはまだ十三歳じゃないか。エレナさん、冒険者登録は十五歳からでしたよね」
困ったケインは、受付嬢のエレナに話を振る。
「うーん、明確な規定はないんですけど、冒険者にふさわしいと認められる資格がいりますね」
エレナも、どうしたものかなと考える。
キッドは真面目で優秀そうな若者なので、冒険者になってケインの後を継いでくれればギルドとしてはありがたいことだ。
だが、キッドに余計な苦労をさせたくないケインの親心もわかる。
そこに屈強な戦士が、奥から出てきて言う。
「仮登録として、ケインが連れてってやればいいじゃないか」
「ギルドマスター?」
冒険者ギルドの長であるゲオルグが出てきた。
「ゲオルグさん!」
「ケイン。確かに冒険者家業は危険が多い。こんな子に、そんな苦労をさせたくないお前の気持ちもわかる。だが、人生を決めるのは本人の意思じゃないのか?」
「それは……」
「うむ、女の子なのに懸命に訓練したのだな」
歴戦の勇士であるゲオルグには、キッドの体付きを見ただけで素人なりに鍛えてきたなとわかるのだ。
「キッド、そんなことをしてたのか?」
「素振りを少し……」
キッドは恥ずかしそうに言う。
少しどころではなく、この日に備えてキッドは時間を見つけては木剣を振るっていた。
「あの、ギルドマスター」
エレナは、声をかける。
「なんだエレナ嬢。ギルマスである俺の判断に文句でもあるか?」
「いえ、文句といいますか……」
「堅実なケインなら、素人を危ないところには連れて行かないだろうから心配はない」
「……キッドくんは男の子ですよ」
「なんだと!?」
どうやらキッドの美しい顔と、細めの肢体に革の胸当てを付けてたせいで、ゲオルグは女の子と見間違えたらしい。
マジかと、キッドを見直すゲオルグ。
戦士としての資質は見分けられても、性別の判別に失敗したのはゲオルグらしい。
「ゴホンッ、とにかくだ! キッドくんは仮登録とする。本人の意思や、冒険者としての資格はケインが見極めてやれ。ギルマスとしての指示だからな!」
ゲオルグは激しく咳払いすると、厳つい顔を真っ赤にして慌てて奥に引っ込んでしまう。
しらっとした空気が流れる。
「それで、ギルマスはそうおっしゃってますが、どうしますケインさん」
「とりあえず連れて行ってみますよ」
「ケインさん!」
嬉しそうにキッドは目を輝かせる。
「その代わり、冒険の間は俺の言うことにはちゃんと従うこと。それが約束できるなら連れて行くよ」
「もちろんです!」
本気で冒険者になるかはともかく、その生活を知ることは若いキッドの見識を広げる役には立つかとケインは考えたのだった。
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