第43話「ケインの家の大きな門」
剣姫アナストレアが、三メートルはあろうかという巨大な大理石の大門を軽々と持ち上げてどける。
「よいしょっと」
壊れてしまったケインの家の垣根を、そっと魔女マヤが覗くと、警戒するケインと怯える子供たちの姿があった。
「……毎度お騒がせしております。『高所に咲く薔薇乙女団』でございます」
さすがに悪いと思ったのか、言葉に窮した魔女マヤは、出入りの商人みたいな挨拶をする。
「なんだ、君たちか」
ホッとしたケインは、ようやく緊張を解く。
新居の祝いに剣姫たちも何度か訪れていたし、そのたびに結構凄いことをやらかすので、ケインも少し慣れてきたのかそう驚いてはいなかった。
「ほんまに毎度毎度、うちのアホ姫が迷惑かけてすんません」
ペコペコと頭を下げるマヤ。
「……いや、怪我がなかったら何よりだよ」
自分の家の垣根を壊されたことには、結構なショックを受けているケインだが、子供のやったことだからしょうがないと諦めた。
しかし、ケインの周りにいる子供たちは違う。
「お姉ちゃんたち、ケインのお家になんてことをするのよ!」
「そーだそーだ! ケインに謝れ!」
壊れた垣根から道に飛び出してくると、すぐに糾弾を始めた。
「ごめんな……」
「紫の髪のお姉ちゃんじゃなくて、あっちの赤いのがやったんでしょ。ちゃんと謝ってよ」
恐れを知らないとは、本当に恐ろしい。
猫耳のミーヤは、よりにもよって巨大な大理石の塊を持っている世界最強の危険生物を、赤いの呼ばわりした挙句、謝罪を要求した。
生まれてこの方、人に頭を下げたことなどほとんどない剣姫。
シデ山の山頂よりも高いプライドを持つ剣姫は、すぐに顔を真っ赤にして怒り始めた。
「なんですって!」
「待て待て、とりあえずアナ姫、その門を下におこうや」
「だって、このガキが……」
「アナ姫、いたいけな子供に、ガキとか言ったらあかん! 愛と正義のSランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』のイメージをもっと守っていかな!」
いまさらかなり手遅れなことを言うマヤだが、子供たちは「謝れー!謝れー!」とみんなで囃し立てる。
剣姫の顔が凄まじい怒りでみるみるうちに紅潮し、額に青筋を浮かべ手に持っている巨大な大理石の大門がガタガタと震えだした。
「あかんてアナ姫、わかってると思うけど……子供には絶対に手を出したらあかんぞ!」
「ガルルルル……」
狂犬のような唸り声まで上げだしたので、これはしゃれにならんとマヤは焦る。
孤児院の子供たちに万が一にも手を上げたら、もう『高所に咲く薔薇乙女団』の評判とか、ヒロインとしての好感度とか、いろんなものが終わってしまう!
「坊らも、その赤鬼のお姉ちゃんはホンマに危ないから挑発したらあかん! セフィリアもアナ姫を止めるんや! アナ姫、耐えろ! いたいけな子供に手を出したらホンマ終わりやぞ!」
幸いなことに、今回はセフィリアも「これは、アナ姫が悪いと思う」と、剣姫アナストレアを止めてくれた。
おかげで、爆発しかかっているアナ姫を何とか抑えて、大理石の大門を下ろさせることに成功する。
まったくと、マヤは冷や汗をかく。
最下層のダンジョンですらこんなにヒヤヒヤしたことはない。
「アナ姫……ちゃんと、ケイン様に謝って」
ムキになって怒ってる剣姫を囃し立てるのが面白くなってる子供たちとは違い、聖女セフィリアは真面目に怒っている。
どうやらケインに迷惑をかけたというのが、セフィリアの怒りのポイントらしい。
それを見て、そうかケインを
「ケインさん、この垣根はそりゃもう大事やったんよね?」
「えっ、ああ……クコ村の人たちが作ってくれた垣根だったからね」
壊れた垣根から顔を出すケインは、しみじみと言う。
「ほら、アナ姫聞いたか! ケインさんにとっては、大事な大事な垣根やったんやぞ。お前が壊したのはただの垣根やない、村人たちとケインさんの絆や! しっかり謝らんと嫌われるぞ!」
いや、村人たちとの絆までは別に壊れてないんだけどとケインは苦笑するが、その言葉は剣姫の胸にグサグサ来たらしく、ついに折れた。
「……わ、悪かったわよ」
しかし、そんなふてくされたような謝罪では、子供たちは追及の手を緩めない。
「赤毛のお姉ちゃんは、反省してない!」「土下座して!」
なんと、ここでまさかの土下座コール。
子供たちが「ドゲザ! ドゲザ!」と、手を叩いて囃し立てる。
剣姫を追い詰めすぎるのはマズイと、マヤは焦る。
「もう謝ったんやから、土下座はちょっと堪忍してやってくれんか」
ケインが悲しんでいる攻撃でなんとか謝らせたのはいいが、また剣姫の顔が見る見る真っ赤になってきている。
燃えるような赤い瞳がうるうると潤んでいる。
半泣き状態の剣姫は、このままいくと大爆発しかねない。
しかし、そこでセフィリアがビシッと言う。
「アナ姫は、ケイン様に迷惑かけすぎ。一回土下座して、反省したほうが、いいと思う」
いつになくキツイなと、マヤは目を剥く。
どうやら今日のセフィリアは、本気で怒っているようだ。
「アナ姫、ごめんなさいは?」
「だってだって、ケインの家の扉にいいと思ったんだもん! ケインは
「そんなの、今関係ない。ケイン様に、本当に申し訳ないと思ったら……ごめんなさい、できるよね?」
「うう、だって、こんなところで土下座って……」
ここは表だ。
高級住宅が建ち並ぶの一等地で、通行人も多い。
しかも、この騒ぎでなんだなんだと人が集まってきている。
衆人環視の中での土下座。
あまりの恥辱で、剣姫は肩をブルブルと震わせた。
ビキピキッと、剣姫のプライドがひび割れる音が聞こえそうだ。
それでも、セフィリアは冷たく言う。
「ごめんなさい、できるよね?」
剣姫アナストレアは、セフィリアの勢いに押されて、顔を真っ赤にしてフルフルと肩を震わせながら、ゆっくりとしゃがんで土の上に手を付けた。
「ごめんなさい……うわぁああああ!」
アナ姫は、恥ずかしさと悔しさのあまり、ついに号泣してしまう。
見てられないと、ケインは壊れた垣根から飛び出すと、剣姫の手を引いて抱き起こした。
「おい、いくらなんでもやりすぎじゃないか。アナストレアさんも、そんなことまでしなくていいから」
土で汚れた服の
「うわぁあああん。ケイン、ごめんなさい。嫌わないで!」
剣姫はケインに抱きついて、わんわんと泣きじゃくる。
「うん、嫌わないし、大丈夫だからね」
ケインは困ったなと、子供のように泣くアナストレアを、泣き止むまで抱っこしているしかなかった。
「ぐす、帰る……」
しばらくして泣き止んだ剣姫は、衆人環視の中でケインに泣きついてしまったことが恥ずかしかったのか、手で顔を覆って逃げ出した。
騒ぎは終わりかと、集まってた通行人も散っていく。
「ケインさん、垣根はウチが創成魔法で直しとくわ」
「いや、マヤさん。あんまり気にしなくていいよ。裏に勝手口を作ろうかと思ってたから、ちょうどいいかもしれない」
壊れた垣根をそのように生かすのも風情というものだろう。
「なら、ちょちょっとそうするわ。万物の根源よ、わが心に映し出す像を、現象へと描き出せ、
魔女マヤが壊れた垣根に手を触れて小さく詠唱すると、垣根がウネウネと動き出して、簡素な木製の扉が出来上がる。
「へー魔法って便利なものだね」
「それより、この大理石の門をどうするかやね」
「これ、どっから持ってきたの?」
三メートル近くある大理石の巨大な大門である。
「シデ山のダンジョンの一番奥にあったんよ。ダンジョンの奥は、古代魔族が住んでた遺跡になってて、ケインさんの家の門にするのにちょうどいいとアナ姫が言い出したんや」
ダンジョンの大門をそのまま切り取って持ってくるとか、もう無茶苦茶だ。
しかし、それができてしまうのが剣姫アナストレアなのだ。
「ちょっと、うちの門にするには大きすぎるかな」
ダンジョンの最奥の門らしくおどろおどろしい悪鬼の像が彫り込んであったりして置いておいたら呪われそうだ。
しかも、よく見ると『この門をくぐるものは一切の希望を捨てよ』とか書いてあって怖すぎる。
「じゃあ、こんな風にしたらどないやろ」
マヤが浮遊魔法で大理石の門を屋敷の入り口まで運ぶと、また創成魔法を使って適度な大きさに小さくする。
形も可愛らしくなり、装飾に善神アルテナのレリーフまで付いている気の利きようだ。
「おーすごい。これならいいかも、マヤさんありがとう」
これでもまだ豪華すぎるかなともケインは思うのだが、ダンジョンから持ってきたのなら誰が困るわけでもない。
せっかくの厚意を無下にすることもあるまいと、ケインはお礼を言った。
「ケイン様」
「うわ」
聖女セフィリアが、ケインにいきなり抱きついてくる。
この子は剣姫以上に行動が結構唐突で、さらに意図が読みにくいので、ケインも驚かされる。
「えっと、聖女様?」
抱きついて離れないセフィリアに、どうしたものかとケインは苦笑いする。
セフィリアはまだ十三歳なので、ケインからすれば十分に子供の範疇に入る。
まだ子供なのに親元から離れての冒険者ぐらしは、寂しくもあるのだろう。
だから抱きつかれても頭でも撫でてやればいいかと思うのだが……。
セフィリアの大きすぎる胸を押し付けられる感触が、どうしても子供相手とは思えないので、ケインは少し困ってしまう。
そんなケインの困惑も知らずに、セフィリアは強く抱きつきながら、クンクンとケインの胸元の匂いを嗅いで言う。
「ケイン様から、神様の匂いがします」
「神様の匂いですか」
聖女様は、もしかして善神アルテナのことを言っているのだろうかとケインは思う。
いずれ、そのことも相談したほうがいいのだろうか。
「セフィリア、いつまでケインさんとイチャイチャしとるんや。アナ姫を一人で放っとくと危なっかしいからもう行くで」
「わかりました」
マヤに呼ばれて、セフィリアも行ってしまう。
まったく、今日はよく女の子に抱きつかれる日だったとケインは思ってから、はたと気がつく。
「あれ、そういやあの子はどこいったのかな」
黒髪の少女が、いつの間にか消えていた。
ちょっと気になって聞いてみたら、ミーヤたちも見てないという。
ケインがノワちゃんと名付けた少女は、おそらく近所の子でお家に帰ったのだろう。
そうそのときのケインは思ったのだった。
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