第45話「ケインを大英雄に!」

 今日も剣姫アナストレアたちは、冒険に出るケインを追っかけている。

 ちょっと驚いたのは、ケインが仲間を連れていることだ。


「おっさんは、あのキッドって孤児院の子供を連れて行くらしいね」

「そうみたいね」


「なんや、アナ姫。面白くないか?」

「なんでよ……」


 図星らしい。

 わかりやすくムスッとしてるので、マヤは笑ってしまう。


 剣姫アナストレアとしては、自分がケインとパーティーを組みたかったのだから当然だ。

 私のほうが先にケインに目をつけていたのに、後から来て何を仲間づらしてるんだよって話なのだろう。


 剣姫よりキッドのほうが明らかにケインと長く一緒にいるのだが、剣姫に言ってもしょうがない。

 ケインとキッドは、山に入るまえに善神アルテナの神殿にお参りしている。


 山の神様がアルテナという名前だとわかり、今では悪神を倒した新しい神様として、オーディア教会にもちゃんと神殿として登録されている。

 聖女セフィリアは、慈母のような微笑みを浮かべると二人を促した。


「私達も、アルテナ様にお参りに行きましょう」


 寡黙な聖女は、こういうときだけは率先して動く。

 善神アルテナは、ケインを助けて悪神を倒してくれたので、剣姫たちもお祈りするのに否やはない。


「なあ、アナ姫。もうおっさんと知り合いになったんやし、わざわざ追いかけんでも、街で普通に声かければええやろ」

「だって、前あんなことがあったから……」


 真っ赤になってもじもじする剣姫。


「ああ、無様な土下座姿を晒したからやな」

「違うわよ! そうじゃなくて、理不尽にも酷い目に遭わされた私を、ケインは優しく抱きしめてくれたじゃない……」


 そっちか。

 理不尽どころか、明らかに剣姫がやらかした自業自得だったのだが、それでケインがかばってくれたと喜んでるんだから、まったく反省が足りていない。


「はぁ、わかった。とにかく恥ずかしくて話せないんやな」


 剣姫は、凶暴なのに意外と乙女なのでめんどくさい。


「だから違うって言ってるでしょ! それに悪神の騒動が一段落したからって、まだ悪神の神殿を探して神像を破壊しなきゃダメでしょう」

「そりゃそうやけど」


 だったら、ケインを追っかけていないで、さっさとシデ山のほうに行こうという話なのだが。


「無事に悪神の像が見つかるようにお祈りしておきましょうか」

「せやな」


 いかにも暇そうに見えるかもしれないが、Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』もケインと遊んでいるばかりではないのだ。

 シデ山のダンジョンの最奥まで捜索して、神殿らしき跡まで見つけたのだが、神像は見つからなかった。


 広大な地下迷宮のあるシデ山を虱潰しらみつぶしにしていなかなければならないのだから、早く見つかるように神頼みもしたくなる。


「あ、いまビビッと神様のお告げが来たわ!」

「なんや?」


 また剣姫がろくでもないことを言い出すつもりかと、魔女マヤは身構える。


「もう子爵にするなんてやめて、ケインを王様にしちゃったほうが早いんじゃないかしら」

「アナ姫、突然何を言い出すんや!」


 予想を遥かに超えるとんでもないことを言い出したと、マヤは心底震え上がった。

 大公爵の息女である剣姫アナストレアが、アウストリア王国からの分離独立なんてことを口にすれば、それだけで重大な政治問題に発展する。


「だって、王国の官僚どもときたら、前例とかしきたりとかつまんないことばっかり言うし付き合ってらんないわ。うちの家はやたら領地が余ってるから、ちょっとぐらいもらって新しい王国を作っても誰も困らないでしょ」


 アルミリオン大公爵家の家令かれいが聞いたら、ギャーと絶叫して卒倒しそうなことを言い出した。

 もっと恐ろしいのは、王位継承権八位の剣姫アナストレアが本気で独立王国を建国しようとすれば可能なことだ。


 なにせ剣姫アナストレアは王家の神剣を振るい、その力は単体で一騎当千どころか一万の軍勢に勝る、神がかり的な大英雄である。

 王国軍の騎士や若い貴族の間には、剣姫アナストレアの強さとカリスマに熱狂するあまり、王位につけて大陸制覇に乗り出そうと主張する強硬派閥すら存在する。


 剣姫アナストレアがケイン王国の建国を宣言すれば、王国軍でも意見が割れ、賛同する地方領主がぞろぞろ出てきてもおかしくない。

 行き着く先は、王国を真っ二つに割る内戦である。


「そうや、アナ姫! おっさんを英雄、いや大英雄にしようや。そうしようやないか!」

「なに? やけに乗り気じゃない。でも、いい響きよね。大英雄ケイン……」


 なんとか話をごまかせた。

 ふーと、額の冷や汗をハンカチで拭く魔女マヤ。


 分離独立運動を起こされて、王国の内紛に発展することに比べたら、ケインと戯れてくれるほうが一万倍マシだ。


「せやろ。冒険者ギルドも、頑なにケインのおっさんをDランクから上げようとせえへんしどうなってるんやろうな」


 マヤは、それはケインの実力を考えると当然の処置だと知っているのだが、ここは剣姫に必死に話を合わせる。


「マヤの言うとおりよ! 悪神を倒したケインなら、SSSランクぐらいになって当然でしょ」

「せ、せやな」


 また頭の悪い単位を口にするアホ姫。

 Sランク以上は存在しないのだが、もうなんとでも言ってくれという感じだ。


「こうしてられないわ。わからずやどもに、ケインの実力を見せつけてやらなきゃいけないわね!」

「善は急げや、ほなシデ山におっさんに倒させるモンスターでも捕獲しにいこか」


 喜び勇んで、悠々と歩き出す剣姫。

 なんとか誘導に成功したと、マヤはホッとする。


 マヤとしては、剣姫にいちいち付き合うのもめんどくさいのだが、王国のためには一番いい選択だと諦める。

 剣姫が、たとえケインを大英雄にしようとするついででも、シデ山で悪神の神像捜索に乗り気になってくれればいいわけだ。


 いちいち剣姫にモンスターの死体を投げつけられるケインにも迷惑かけて心苦しいのだが、これも平和のために堪忍やでと、マヤは心中で拝むのだった。

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