第40話「善行の報い」

 ケインは、街の大地主であるロナルド老に呼ばれて、教会へとやってきた。

 いや、正確には、教会の裏に建てられた一軒家だ。


 ここは確か、今にも朽ちかけそうな古い屋敷だったのだが、なんとも立派な一軒家として綺麗に建て直されている。


「おー、ロナルドさんとケインさんがやってきたか!」


 家の庭で待っていたのは、クコ村の木こりのヨルクたちだった。


「みんなで集まって、どうしたんですか?」


 白い髭を手でしごくロナルド老が嬉しそうに笑う。


「ついにできたんじゃよ。ケインの家が」

「ええ、俺の家ですか?」


「うむ。聞けば、街を救ったのはケインなのに、王国政府からの報奨金を断ったというじゃないか!」

「断ったんじゃなくて、今回の被害に遭われた人たちのために使ってくださいと聖女様にお願いしたんですけどね。それにほら、これはもらいましたよ」


 勲章をポケットから取り出すケイン。

 金銀財宝を持ってこられても、置いていく場所もないので困ってしまうのだが、勲章一つならいいだろうともらっておいたのだ。


 ピカピカ光る緋光勲章スカーレット・エンブレムを見せると子供たちが喜ぶので、体のいいオモチャとして重宝している。


「王国も王国じゃ。国を救った英雄に、こんなちっぽけな勲章たった一つか! 貴族とは言わんが、騎士か警備隊長ぐらいにはしてくれてもいいのにのう」

「いや、ロナルドさん。俺はそもそも何もやってないんですよ」


 ケインは、街を救ったのは剣姫たちや冒険者たちの勇気と、ケインの身に宿った善神アルテナの力であったのだと説明する。

 そんな風に遠慮すると思っていたと、ロナルド老は笑う。


「ふん、何を言っとるんじゃ。それもすべては、お前さんから始まったことじゃろう」

「それはそうかもですが」


「国のことばかり言えんわい。十分な礼ができとらんのはワシらも同じじゃった。何かできることはないかと考えておったら、ケインが家を欲しがっとるとクコ村の連中に聞いての。こうして、ワシが持っとる一軒家を提供することにしたのじゃ」

「いや、でもロナルドさん! 家をもらうなんて悪いですよ」


「ケインよ、度の過ぎた遠慮はいかんぞ。胸を張って、自分のなした善行の報いを受けるんじゃ。街が滅びておれば、ワシの財産なぞ何もかもなくなっとるんじゃから、家一つぐらいなんてことはない」


 ヨルクも言う。


「そうだ、ワシらだって村の恩人であるケインのために精魂込めて建て直したんだ。住んでもらわなきゃ無駄になっちまうぞ」


 そうだそうだと、気のいいクコ村の職人たちは囃し立てる。


「みんな、ありがとう。この御礼は必ずするよ」


 少しジンときたケインが、感慨深げにそう言うのを聞いて、みんなはドッと笑った。


「ハハハッ、ケインさんにこれ以上なんかしてもらったらバチがあたっちまうわ」

「さっさ、そんなことより早く中に入ってくれよ。中の家具は俺が作ったんだから、ケインさんに見てもらいてえ!」


 クコ村には、腕のいい木工職人が揃っている。

 木こりのヨルクは、自分のしつらえた材木は一流品だと威張るし、大工のダンはこれが自分が作った大柱だと誇らしげに話すし、家具屋のトルフはこの大きなテーブルを作るのには苦労したと自慢する。


 ケインはそれを聞いて、みんな本当にいい人たちばかりだなと幸せな気持ちになる。


「ここが、ケインのお家?」


 玄関からひょこっと、猫耳が特徴的な孤児の少女ミーヤが顔を出した。

 続いて、わーと教会の孤児院の子供が入ってきてケインを囲む。


「コラコラ! みんなお家にお邪魔するときは、挨拶が先でしょう。ケイン、騒がしくしてごめんなさいね」


 子供たちの面倒を見ているハイエルフのシスター・シルヴィアが、後から慌ててやってくる。


「シルヴィアさん」

「みんなが、ケインの新しいお家をどうしても見たいって言うのよ」


「いや、子供たちを叱らないでやってください。嬉しいけど、俺も自分の家だなんて言われても、まだあんまり実感がわかなくって……ここは、みんなの家だと思って来てもいいからね。もちろんシルヴィアさんもですよ」


 家族と思ってる孤児院のみんなならば、ケインはいつでも歓迎だ。


「ふふ、そんなこと言ったらみんな遠慮なく来ちゃうわよ。まあそれはともかく、引越のお祝いに何が良いかと思ったんだけど、お料理でもしようかなとお野菜を持ってきたの」


 シルヴィアがそういうと、ヨルクたちも喜んだ。


「そいつはいい。新しいキッチンが使えるかどうか、ぜひ試してみてくれ」


 新しく直したキッチンがちゃんと使えるかのチェックも兼ねて、みんなで料理してみることになった。


「良し、ちゃんと炉に火が入ったな」

「このヤマウズラの肉も、美味しいそうですね」


 大人数で食べられる料理をと相談して、鍋をすることになり、クコ村の人達も村から食材を持ち寄って調理を手伝ってくれる。


「鶏肉だけじゃ寂しいと思って、山でタマゴタケも取ってきたから、それも入れてしまおう」


 大鍋にみんなが持ち寄った山の幸をふんだんに盛り込んだ、豪華なシチューが完成した。


「ほれ、食事となれば、これが欲しくなるじゃろう。これもワシからの引越し祝いじゃ」


 ロナルド老は、自分の邸宅のワイン蔵から、取っておきのワインをたくさん持ってきてくれた。

 美味い酒と、豪華な料理を囲みながらの賑やかな食事会となった。


 孤児院の子供たちも久々のご馳走に大喜びで、ケインたち大人もほろ酔い気分で楽しく過ごした。

 そして、やがて夜も更けたのでお開きとなる。


「自分の家か……」


 キッチンで食事会の後片付けをしながら、さっきまで賑やかだったから余計になのか、ケインは不意に一人になった寂しさを覚えた。

 ささやかな一軒家で暮らすことは、昔からのケインの夢だった。


 この家はケインが想像してたよりもずっと立派だし、場所も教会の裏の一等地で、申し分ない広さの庭だってある。

 こんな素敵な家で暮らせるのは、とても嬉しい。


 ただもう一つだけ、決して叶わない夢を言えば、ケインは喜びを分かち合う伴侶はんりょがほしかった。

 もはや今世では、諦めるしかないかもしれない。


 彼女はもうどこにもいないのだから……。


「アルテナ」


 ケインは、死に別れた幼馴染の名を小さく呼ぶ。


「……呼んだ?」

「えっ」


 聞きまちがいや、幻聴ではなかった。

 家の奥から、神々しい光とともにアルテナが姿を現したのだ。


「驚かせてごめんなさい。あんな劇的な別れ方しちゃったから、なんか出づらくって」


 少し恥ずかしそうに笑うアルテナ。


「アルテナ、どうして!」


 思わず抱き寄せると、アルテナの身体に柔らかい感触がある。

 こんな奇跡があっていいのだろうか。


「ケインが私にたくさん善神としての信仰を集めてくれたのと、ケインは悪神を倒さずに浄化したでしょう。そのおかげで、力がほんの少し残って、完全に消えなくて済んだみたい」

「良かったアルテナ! あれ……」


 ケインはアルテナに顔を寄せてキスをしようとしたのだが、スッと手応えが消えてしまう。


「まだ力が弱いから、あんまり出られないの……またね、ケイン」


 遠くなっていく優しいアルテナの声に、ケインもまたねと返事する。


「……そうか、でも本当に良かった」


 奥の寝室のベッドで、ケインは満足して眠りにつく。

 こうして、自宅を持つという昔からの夢を一つ叶えたケインだったが、どうやらもう一つの夢の方もまだ諦めなくてもいいようだった。

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