第39話「勲績功労」

 王都にある王宮では、悪神討伐の栄えある功労に対して、叙勲式が行われようとしていた。

 その場には、今回の功労者であるSランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』の三人や、警備隊長オルハンの姿もある。


 だが、悪神を滅した最大の功労者であるケインの姿はなかった。

 平民であるケインや冒険者たちにもそれぞれ報奨は与えられるであろうが、王宮の叙勲式には呼ばれなかったのだ。


 当然ながら、剣姫アナストレアはブチ切れる。


「なんでケインの叙勲が認められないのよ。呼びなさいって言ったでしょ!」

「そうおっしゃられても、平民を叙勲するなどは前例がないことでして」


 剣姫に首根っこを掴まれて責められているのは、王国の人事を司る紋章院の長官を務めているモンド伯爵だった。

 絶大な権力を持つ王国官僚のモンド伯爵だが、剣姫にかかれば赤子も同然である。


「下っ端のあんたじゃ話にならないわね。宰相!」


 次に剣姫の矛先が向かったのは、王国宰相マゼランである。

 アウストリア王国を繁栄へと導いた『大宰相』とも呼び習わされる傑物である。


 威厳のある焦げ茶色の口ひげのマザラン宰相は、コホンと咳払いするとにこやかに答えた。


「姫様、勲績功労くんせきこうろうは、モンド伯爵に一任しておりますゆえ」

「宰相閣下ァァ!」


 なんてことを言ってくれるんだと、モンド伯爵が悲鳴に近い叫びを上げるが、マゼラン宰相は用事がありますゆえと、さっさと退出してしまう。

 さすがは、切れ者の大宰相。


 相手が剣姫では敵わないと悟り、モンド伯爵に任せてさっさと逃げた。


「さあ、宰相の言質は取ったわよ。あとは、モンド伯爵だけね。最低でもケインを子爵にしてもらうわよ」

「し、子爵ですと! 平民を諸侯しょこうに列するなど前例がございません」


 百歩譲って貴族の位を与えるにしても、いきなり子爵はない。

 平民であれば、どれほど勲功を積んでも騎士になるぐらいが精一杯だ。


 騎士となれば、騎士階級のトップである准男爵までは上れる。

 准男爵となれば、貴族の仲間入りができる。


 貴族であれば、領地が与えられる男爵、子爵と上がることもあるが、それにはさらに王国への多大な功績が必要となる。

 それをいっぺんに吹きとばせと言っている剣姫の主張は、無茶苦茶なのだ。


「前例前例うっさいのよ!」

「王国には慣習法による規範がございますれば!」


「それをなんとかするのが、あんたら官僚の役目でしょ」

「なんともなりません。王国にも秩序というものがございますれば!」


 モンド伯爵は必死であった。

 王国の人事権を握るモンド伯爵には、重い責任がある。


 いくら剣姫に首根っこ掴まれて引きずりあげられても、これだけは譲れない。

 平民をいきなり貴族に叙勲するなんて前例ができれば、王国の秩序は崩壊する。


「相変わらずのコチコチ頭のわからず屋ね」


 どっちがだと言いたくなるのをモンド伯爵はこらえた。

 ともかく、この場を生き延びるには誰かに助けてもらうしかないと、モンド伯爵はギョロギョロ目を動かして助けをもとめる。


「あの、アナストレア殿下」

「なによ?」


 声をかけたのは、今回の一緒に叙勲される警備隊長のオルハンである。

 騎士の位を持つオルハン隊長は、今回の功績で准男爵に上がり、王国軍の大隊長に任ぜられる予定であった。


 オルハンの部下である百人の勇士たちも、みな出世する。

 警備隊長や、騎士に任ぜられるものもいるだろう。


「この度の悪神退治で、ケイン殿に多大なる功績があったことはこのオルハンも目にしております」

「うん、あんたは話がわかるわね。それで?」


「まずは、エルンの街の警備隊長に任じられてはいかがでしょうか。ケイン殿の実力であれば、すぐに王国軍で出世すると思いますが」

「それがいい! オルハンよく言ってくれた。アナストレア殿下、警備隊長の口であればなんとでもなりますぞ」


 モンド伯爵にとっては、まさに渡りに船の提案であった。


「却下」


 だが、剣姫は納得しない。


「なんでですか、ギョェェ!」

「王国軍で出世なんて何年かかるのよ。さっさとケインを子爵にしなさいって言ってるでしょ!」


 再び首根っこを掴まれて、吊るし上げられるモンド伯爵。


「アナ姫、いい加減にしときや」


 まさかほんとにくびり殺すまではやらないだろうが。

 さすがに剣姫はやりすぎなので、魔女マヤと聖女セフィリアも止める。


「なんでよ! 悪神はケインが倒したのよ! 子爵どころか王様になったっておかしくないぐらいの功績でしょ!」

「わかったから、ちょっと落ち着きなや」


 涙目になってる剣姫は、力の加減が利かないから恐ろしい。

 ようやく解放されたモンド伯爵は、ヒィヒィ言いながら地を這いずって逃げる。


「だって酷いでしょ! ケインはこの国を救ったのよ。叙勲式にも呼ばれないなんてあんまりよ!」


 その時、剣姫が暴れている控えの間に入ってきた人物を見て、モンド伯爵が叫ぶ。


「ディートリヒ陛下!」


 地べたを這いずっていた、モンド伯爵はそのまま土下座する。

 マヤたちも、慌てて頭を下げた。


 国王陛下を連れてきたのはマゼラン宰相だった。

 さすがに切れ者の大宰相、ただ逃げだしたわけではなかった。


 事態を収めるためには陛下においでいただくしかないと、ご出馬を願ったのだ。

 ディートリヒ・アウストリア・アリオスは、端正な顔立ちの壮年の男で、その堂々たる立ち居振る舞いは、大国の王たる威厳を伴っている。


「やれやれ、アナストレア。随分と荒れているようだね」

「おじさま……」


 さすがの剣姫も、ディートリヒ王の高貴な双眸に見つめられると居心地が悪い。

 ディートリヒ王は、剣姫アナストレアの父親の兄にあたる。


 つまり、おじさんだ。


「アナストレア。怒りはよくわかったが、あまり余の家臣を困らせないでやってくれ」

「でも、みんなケインの功績を認めないのよ」


 さすがの剣姫も、子供の頃から知ってる親戚のおじさんには弱い。


「余はもちろん、ケインくんの功績を認めているよ。報告はしっかりと聞き届けた。余は、彼のために、きちんと勲功に見合った勲章を用意させた」


 ディートリヒ王が懐より取り出したのは、目の覚めるような鮮やかな緋色の大勲章。

 緋光勲章スカーレット・エンブレムと呼ばれる王国最高位の勲章であった。


 王国の秩序を重んじるモンド伯爵は、これはいけないと具申する。


「陛下、恐れながら! 平民に緋光勲章スカーレット・エンブレムを授けるなど、前例が……」

「モンド伯爵、平民に与えた前例ならばあるであろう。大賢者ダナ・リーンの例が」


 そう言われて、モンド伯爵はハッと気がつく。

 王国最高、いや大陸最高の大賢者とも言われ、王の友人でもある大賢者ダナ・リーンであったが、何度言っても貴族の叙勲を受けてくれない。


 その度重なる功績を賞して、かろうじて受け取ってもらえたのが、この緋光勲章スカーレット・エンブレムであった。

 国王は、ケインの扱いを大賢者ダナと同じにせよと言っているのだ。


「どうだアナストレア。これぐらいで許してやってはくれぬか」

「……わかった。今回は、これで勘弁してあげるわ」


 当代でこの大勲章をもらっているのは、大賢者ダナだけ。

 今回の功績でアナストレアも授かることになっているが、ケインとおそろいというのが気に入った様子だ。


「そうか。それは良かった。さあ、マゼラン宰相。わがまま姫の機嫌が曲がらぬうちに、叙勲式を済ませてしまおうか」

「御意に」


 ディートリヒ王は、ハハハと軽快に笑い。

 マゼラン宰相も、クスリと笑みを漏らした。


「ちょっと、おじさま。からかわないでください!」

「アナストレア。笑われるのが嫌なら、少しは淑女レディーらしく振る舞うのだな」


 普段は、笑われたらすぐたたっ斬ると言い出す剣姫も、さすがにディートリヒ王相手では、ムスッとむくれるしかない。

 少しは苦言も言っておかねば、今後のためにならないということだろう。


 賢君と名高い国王陛下は、利かん気の姪っ子の扱いを心得ているのであった。

 こうして無事に叙勲式も終わり、王宮を後にする魔女マヤは、傍らの剣姫に尋ねる。


「しかし、なんでおっさんの警備隊長の話を断ってしまったんや」

「いらないわよ。街の兵士になれなんて、バカにしないでよ。ケインにはそんな仕事ふさわしくないもの」


 そうだろうか。

 街の警備隊長はかなりの安定職だから、平穏な暮らしを望むおっさんなら喜ぶんじゃないかなとマヤは思ったが、これ以上剣姫にへそを曲げられても困るので放っておくことにした。


 ケインへの報奨ならば、金銭的な形で王国からも授けられるはずだ。

 こうして話は丸く収まったのだが、マヤの悪い癖でちょっとからかってやりたくなった。


「だいたい、モンド伯爵を頭が固いって非難しとったけど、アナ姫もたいがい前例にこだわってるやないか」

「私のどこが前例にこだわってるのよ!」


「だって、ケインのおっさんを子爵にしろって騒いでたのは、王族の姫と結婚するには子爵以上の貴族やないとあかんって前例があるからやろ?」

「ち、違うわよ!」


 とたんに頬を林檎のように染めた剣姫アナストレアに、わかりやすいやっちゃなあと、マヤは笑いをこらえきれずに噴き出すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る